10話 悪魔
「ふざけるな!ふざけるな!俺が追放?!そんなの許されるわけがない!!」
テュール様(実は王族だったらしい)によって、王様でなくなった元王様は、そのことを受け入れることができないようで、なりふり構わず取り乱している。
そんな中、叫び声とともに何やらネックレスを取り出す王様。
それは、青にも赤にも見える、黄色にも、黒にも見える、不思議な色の石だった。
何だろう、とじっとネックレスを見る間もなく、イヴ様が声をあげる。
「まさか、召喚石か?」
「なに?」
イヴ様の言葉にロディ様が顔をしかめる。召喚石?って何だろう、と首を傾げていると、王様が廊下どころか第一部隊の宿舎全体に響き渡るぐらいの大きな声で叫んだ。
「出でよ、悪魔たち!!」
王様がそう叫ぶと、彼の足元にあった影がぶわりと広がった。
同時にわたしの中で、警鐘が鳴る。何かが来る、警戒しろ、と本能が告げる。
すると、広がった王様の影から、翼の生えた小人、悪魔みたいな形をした影が次々と出てきた。その数、およそ数十匹。
「悪魔たちよ、この城の人間を皆殺しにせよ!」
「行かせるな!!」
テュール様の言葉に呆然としていた近衛兵たちが動き出し、悪魔に向かっていく。
テュール様もまた、剣を抜き、悪魔たちへ斬りかかった。
悪魔一匹一匹はそれなりの強さのようで、騎士たちは数人がかりで一匹を何とか倒している。テュール様や第一部隊の隊長さんは一人で難なく一匹を斬っていた。
「アイは下がっててね。」
「所詮は低級の悪魔、大丈夫だ。」
ロディ様とイヴ様もまた、わたしを背中に庇いながら悪魔を次々と斬っていく。その速度はテュール様や隊長さんと比べるとかなり速い。
まるで大した相手ではないかのように、次から次へと斬りかかっていき、斬られた悪魔は次々消えていった。
「まだまだ、舐めるな……!」
王様がそう叫ぶと、彼の影からまたもや悪魔が出てくる。
さっきと違ってその終わりが見えない。続々と影から出てくる悪魔はあっという間に騎士たちやテュール様、隊長さんを取り囲んだ。
ロディ様とイヴ様も必死に悪魔が宿舎の外へ出ていかないように攻撃しているけど、正直、悪魔の数が多すぎて、突破されるのは時間の問題のように見える。
これってまずい……よね。
「こ、こないで……!!」
ふと見ればハナコちゃんが悪魔に襲われているのが見えて。
何匹かが騎士たちの間をすり抜けて城の奥へ向かおうとしているのが見えて。
わたしは覚悟を決めた。
恩人を助けなければ。
彼らを止めなければ。
そして、わたしは、自分の血で刀を作ると、自分の腕を、焼け焦げていた自分の腕を、斬った。
「「アイ!!」」
ロディ様とイヴ様の悲痛な声が聞こえる。
ごめんなさい、そんな顔をさせたくはなかったのだけれど。本当に、ごめんなさい。でも、わたしにそんな価値はないんだよ。心配する必要なんてこれっぽっちもないんだよ。
斬り落とされた腕が床に落ちる。斬り口から血が滴り落ちる。
けれど、その腕は、その血は、完全に落ちる前に、どろりと、姿を変えた。
王様の影から出てきた悪魔は数が多い。多勢には多勢をぶつけるのが一番でしょ。だからさ。
「から、す……?」
わたしが作ったカラスの姿に、誰かが呆然と呟く。その数は優に五十を超える。これなら悪魔にも対抗できるはず。
カラスに悪魔を止めるよう命令し、すう、と息をゆっくり吐いて、体中の傷を全て治す。もちろん骨折した指も。今しがた斬り落とした腕も。
「な、何なんだおま、え……。」
王様が呆然とわたしを見る。
恐怖、軽蔑、嫌悪。そういった感情が渦巻いた目。その目で見られることには慣れてる。だから大丈夫。
ここまできたら、わたしがするべきことはひとつ。
新しい腕が完全に治るのを待ってから、あらためて王様に目を向ける。
悪魔は全てカラスが止めてくれている今、他の人たちは戦いを止め、わたしと王様を見ているようだった。
わたしと目が合うと、ひ、と悲鳴をこぼす王様。
「ば、ばけもの……。」
そう罵られることにも慣れてる。
でも不思議なことに、どうしても後ろ、ロディ様とイヴ様の方は振り向けなかった。二人がどんな表情をしているのか見るのが怖かった。
ううん、今はそんなことを考えてる暇はない。
足に力を入れ、王様との距離を縮め、わたしは刀を彼の首に当てた。
「悪いけど、この城の人たちのことは気に入ってるから」
馬番なんて女の子がする職業じゃないってロディ様とイヴ様は言っていたけれど、わたしにとっては大切な仕事だった。
だってこの半年間、確かに痛い思いは少ししたけれど、楽しかった。
誰かが話しかけてくれる。
誰かが必要としてくれる。
それだけで、わたしは充分嬉しかった。楽しかった。
だから。
「皆殺しは困るんだ。悪魔たちを止めて。」
たとえ追い出されたとしても、この城の人たちを守りたい。
けれど王様は、ぶるぶると震えながらも、きっ、とわたしを睨み付けた。
「だ、誰がお前の言うことなんぞ聞くか!!!」
「アイ!召喚石だ!召喚石を壊せば低級の悪魔は還る!!」
「……しょうかんせき」
さっきイヴ様が話していた単語だ。
確か、王様がネックレスを取り出したときに言っていたはず。
首に刀を当てたまま、ちらりと確認すれば、ネックレスは王様の手に握られていた。
わたしの目線に気づいたのだろう王様が慌てて手の中のものを隠そうと動いたけれども、もう遅い。
王様の手を思いっきり蹴り上げれば、手の中からネックレスが出てくる。王様の手の骨が折れた音がしたけれど、そこは多めに見てほしい。
手の中から宙に放り出された石。その石をわたしは即座に真っ二つに斬った。
ぱきん、と音を立てて割れる石。ゆっくりと地面に落ちていく。
と、同時に悪魔たちもすぅと消えていった。
おお、本当だ、消えた。
よかった、とりあえず何とかなったかな。
ふと、顔を上げれば、床にへたりこんでいるハナコちゃんと目が合って、思わず尋ねる。
「大丈夫?」
「ば、化け物!!!」
けれど、真っ青な顔で怒鳴られてしまった。
まあ、あれだけ(斬り落とした腕がカラスになったり、かと思えば新しい腕が生えてきたり)の姿を見ればそういう反応になるよね。
同時に、気がつけば、これまた顔を真っ青にした騎士たちに囲まれていて、ああ、と少し残念な気持ちになる。
これは本格的にこの城を出ていくことになりそう。ロディ様とイヴ様にも悪いことしたなぁ。きっとわたしが化け物だって知ってがっかりしてるよね。
折角見つけた番がこんな化け物で本当に申し訳ない。
はあ、と小さくため息をつこうとしたその瞬間。
「俺たちの番を化け物呼ばわりとはいい度胸だ。」
「これ以上彼女を貶してみろ、地平線の彼方まで蹴り飛ばしてやるよ。」
ロディ様とイヴ様がわたしの前に立ち塞がった。
まるでわたしを守るかのような言動に混乱する。
なんで。
わたしが化け物なのは本当なのに。
守らなくても良い存在なのに。
「なん、で」
そう二人に尋ねようとした瞬間。
ぐらりと、視界が揺れた。
ああ、腕を斬ったり、カラスを作ったり、傷を回復させたり、一気に能力を使ったからね。体力を消耗しすぎたんだね。
なんて、冷静に考えてみても、瞼はどんどん重くなっていき、意識が保てなくなっていく。
「「アイ!!」」
ロディ様とイヴ様が焦る声が聞こえたけれど、大丈夫だと返事をする前に、わたしは意識を失った。
*
「なんでわたしと、いっしょにいるの。」
そう彼女に尋ねたことがあった。
わたしがいなければ、彼女は村を追い出されなくて済んだはずなのに。
わたしがいなければ、こんな化け物じゃない、本物の家族を作り幸せになれたかもしれないのに。
なのに彼女はわたしを家族と呼び、わたしの傍に寄り添い続けた。
「わたしは化け物なのに。なんで家族だ、なんて言うの。」
わたしにはそれが不思議だった。
血の繋がりなんて一切ない。
偶然流れ着いたわたしを、家族と呼び、娘と呼ぶ彼女。
その真意が分からない。
分からなくて、怖かった。
そんなわたしに、彼女は微笑みを浮かべて、頭を撫でてくれた。
「アイは大事な大事な家族だもの。家族のことを家族だって紹介するのは当たり前でしょう?」
「…………わからないよ。」
分からない。
本当の家族との思い出すらほとんどないわたしは、家族がどういうものか知らない。
でも、傷ついてまで一緒にいるのが家族だとは思えなかった。
「アイは優しいわね。私がアイの家族として彼らに襲われることを心配してくれているのでしょう?」
「…………あの人たち、わたしのけんぞくが人を殺したって怒ってた……。もしかしたら、チヨのことも傷つけるかもしれない……。」
「でもアイは眷属を生み出したことはないのでしょう?アイが優しい子だって、私は知ってるわ。だから、守らせて。」
「だめだよ、わたしなんか守って傷ついたらだめ。傷なんかすぐ治せるし、死なないから良いんだよ、チヨはちゃんと自分を守って。」
「いやよ。」
「え」
「家族を守るのは大人の指名よ、自分だけを守るなんて嫌よ。」
「……なら、わたしがチヨを守る。」
「ふふ、じゃあ尚更一緒にいないとね。」
「……あ。」
そこでようやくわたしは彼女の口車に乗せられたの気づく。
良くも悪くも色々な意味ですごい人だった。
「チヨはずるい……。」
「大人はずるいのよ。」
「わたしの方がチヨより年上なのに……。」
「ふふふ。アイは可愛いわね。」
「それ誉めてない……。」
いつも笑顔で、優しくて、強くて、…………大好きだった人。
チヨ。
わたしの、唯一の、家族。




