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攻めの主人公なので

 その後、昼食をご馳走してもらい勉強を教えて帰った。教会の近くを通りたくなかったので、回り込むような道のりで公園に到る。


 忙しくなるだろうとかモノローグで言ったけどホームレスだし全然忙しくならない。そのあとぼーっとして過ごした。


「どうも」


「……ああ」


 来客があった。長耳のアクスだ。手には茶色の袋を持っている。


「学舎でなんかあったのか」


「そういうわけではないです。彼はいつものように空気扱いをされたり笑われたりですよ」


「……やっば日常的なもんなんだよな」


 ドゥーキアのやつは、誰にも話さずによく耐えてきた。頼れる人に心配をかけたくないため背負いこんで、心も体も傷だらけだろう。俺もいじめられた経験がある。だからこそ彼を早く救ってやりたい。


「これどうぞ」


「おお。助かる」


 アクスが手渡した茶袋にはまだ暖かいパンがいくつも詰められていた。日持ちはしないだろう。明日の朝までには食べきろう。袋の中からひとつ手に取り口に運ぶ。


「ラウスさんの顔色ずいぶんと良くなりましたね」


「そうか?」


「自分が初めて見たときには酷い顔をしていましたよ」


「なにそれ長耳ジョーク? 容姿が整ってるからってフツメンとかブサメンのことバカにしてるとそのうち痛い目みるぞ」


「そうじゃないですよ……」


「じゃあなんだよ」


「……あのときはすごく暗い目をしていました。夜だからとかは関係なくです。ほかのホームレスは獣みたいな目でしたけど、ラウスさんのは例えるならブラック企業に務める社員のような目でした」


「首吊る寸前の人間の目だったってこと?」


 確かに絶望とかは感じていた。ただし、明らかに要領を超える仕事量やありえない数のサービス残業、誰よりも早く帰宅する仕事を回すのが下手なクソ上司……とまで酷い環境に囲まれてはいなかった。毎日希望を絶たれた生活を送っている彼らよりも俺は恵まれている。


「そうです。生きてるのか死んでいるのかわからなくて、自分は本当に怖かったです」


「そっか……」


 いまはなんだかんだで充実した生活を送っている。半年前のあのころみたいな、別に死んでもいいやみたいなことは考えなくなった。だって、俺はまだみんなと過ごしていたいんだ。当たり前だろう。

 アクスはしばらくすると帰った。餌付けされたせいかもしれないが……俺あいつのこと嫌いじゃないかも。




 街灯が暗くなった公園の闇をぬぐった。アクスの持ってきたパンを食べていると、公園の入り口あたりに歩く人影を見つける。そのまま公園に入ってきた。


「こんばんは」


 シーンだ。すこし疲れた表情をしている。ローシウム関連だろうか。大丈夫かな。


「お疲れさまです」


「ありがとうございます……。おとなり失礼します」


 前のようにシーンと並んで座ると、甘い香りが漂ってくる。俺が犬だったらこの香りをもっと楽しめたんだろうか。鼻だけ犬になりたい。ファンタジー小説にたまに出てくる獣人とかいいな。人の姿は保ってるし。


 シーンさんから今日の出来事を聞いた。愚痴ではないが、ローシウムから言われたことなどを詳しく言ってくれた。あいつが前に居た教会で起こした問題って女関連じゃないのかな。シーンの話を聞く限りだと、女性を相手にするのに手慣れているみたいだ。


「そういえばシーンさん、時間があるときでいいので古城に連れて行ってくれませんか?」


「喜んで」


 笑顔で快諾してくれた。断られないか少々不安だったが……良かった。


「あ、あの、これっていわゆるデート……というものになるんですかね?」


「そう……ですね。そうなるんですかね」


 シーンは顔に手を当てている。ここからだと顔色がわからない。なんだ? 照れてるのこれ?


「わ、わかりました……予定を調べてみます。明日は遠出をしますので、後日お知らせします」


 シーンは手をどけて、心なしか早口でまくしたてる。その顔は火照っているように見えた。これは脈アリ……なんだろうか。おじさん経験ないからわかんないんだけど……。クソ。友人にめちゃくちゃモテる男が居たが、そいつならわかったんだろうか。


「すみません、ありがとうございます」


 ローシウムザマァである。今日の街の案内はデートとしてみてもらえなかったらしいぞ。ほんと面白いわ。


「そうだ。ラウスさんこれを受け取ってもらえませんか」


 心の中でローシウムを指差しで笑っているとシーンがなにやら渡そうとしている。

 親指ほどの幅の平たい組紐だ。光の当たり方では金に見える灰色の細い糸を、いくえにも重ねて編まれている。長さは俺の手のひらぐらいあって、両端のあたりのすこしの長さだけ細くなっている。手首に巻くやつか。端の細い部分は縛る部分かな。


「これは」


「お守りです。魔を退けてくれます」


「へえ」


 魔を退けるとは魔法や魔術への耐性が上がるということだろう。ローシウムの魔術対策のためにわざわざ用意してくれたのか。シーンの持つそれを手に取る。さりげなくシーンの指に、ちょむっと触った。シーンの手がぴくっとなる。やらなきゃよかった……キモがられてませんように。

 その紐を手に持つと、手のひらの接触している部分ががひりひりとしだす。この紐から放たれる魔力のせいだ。露店で売ってるような安っぽい商品とはわけが違う。これは嘘偽りのない本物だ。


「これもらって大丈夫なんですか? 入手経路は?」


「ぜひもらってください。これはご先祖様からの物ですよ。決して法に触れるようなものでは……」


 ご先祖様って。代々受け継いできたものだったりしないのか。そんなもの俺に渡すってどういう……。さすがに婚約的な意味を含んだ贈り物ではないだろう。かといって誰にでも渡すような物でもない。半年の時間をかけて俺はシーンと親しくなったつもりだ。その成果あって今このイベントがあるのだと信じたい。


「ありがとうございます。大切に使います」


 そう言ってすぐさま手首に巻こうとすると、シーンが「よろしいですか」と俺を止めた。言われるまま動きを止めた。彼女は右手に紐を乗せ、俺の右手首の下から押し付ける。彼女の温かい手の温度が感じられた。紐の両端が彼女の指先と手首に垂れる。結びづらいので代わりにやってもらえるものかと思ったが、違うようだ。

 ちらとシーンの顔に視線を飛ばすと目が合う。シーンはすぐに下を見た。その顔は心なしか赤いように見える。ああ……誰かを好きになるとこういう「俺のこと好きなんじゃね?」補正が入っちゃうんだよ……。まあでも気にしなければ心地のいいものだ。しばらく優しい幻想に浸っておこう。


 シーンの顔を眺めていると、右手首を襲った激しいむずがゆさに視線を剥がされた。見ると、俺の右手首の上にシーンの左手がかざされている。俺の右手首の下に敷かれていた紐がほのかに白く発光していた。


「ええっ? ちょっちょっちょっ」


「大丈夫です」


 紐の両端が持ち上がる。そしてつぼみが萌えるように編まれた糸がほどけて開く。


「これなんて魔術ですか? 糸を操る魔術なんて聞いたことが……」


「これは髪の毛ですからね。偉大なご先祖様の」


 筋肉ではなく魔力で体を動かす魔術があったっけな。〈魔功〉もそんなものだし派生の魔術だろう。


「かっ髪……。そのご先祖様って女性ですか?」


「……は、はい。そうです」


 男だったら全然嬉しくないが、シーンのご先祖で女性なら美人で間違いないだろう。希望的観測? 知るか。美人だ。絶対。それで胸も大きい。絶対。


「うおっ」


 ほどけた糸は、向かい合った端同士でからまり合い結われていく。光が収まりシーンが手をどけた。右手を持ち上げて腕の紐を色々な角度から見る。継ぎ目や結び目のない腕輪だ。すごい。触っても確かめるが、ずっと同じすべすべの感触で、ほつれや段差がまったくない。

 この紐を渡されたとき、両端が細かった。今思えば、こうやって合わさったときに糸の量が均一になるようにだったのだとわかる。糸じゃなくて髪の毛か。


「これって切れると願いが叶ったりしますか?」


 ぱっと見た感じ飾り気のないミサンガみたいだしなあ。命を込めて本気で祈る。シーンのおっぱいが揉めますように!!


「どうなんでしょう……。物理的に切れないでしょうから」


「ふぬぬぬぬ……!」


 本気で引っ張る。ちぎれない。


「〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!!!」


〈魔功〉も〈噴放〉も使い、今出せる限界の力で紐を引く。ちぎれる以前に伸びすらしない。汗が頬を伝って顎から落ちる。肩が上下するのにしたがって、熱い息が出た。ふいごかよ。


「おっぱいが……」


「え」


「あ、いえ……、胸筋が痛いなって……」


 ……ハハ。焦るな童貞。ミサンガじゃないって言ってたしそんな本気にするなって。


「……あの、これ外すときってどうすればいいんですか?」


「そうですね。わたくしがまた魔術を使えば外せますよ」


 カンストした耐久度と耐性強化、そして着脱条件が極めて限定的。なんだこの装備は。


「シーンさん以外にこれを外せる人って居ますかね」


「……居ないですね」


 シーンは寂しそうに笑う。……亡くなったということだろうな。悪気がなかったとはいえ注意の足りてなかった。どう返そうかと苦い顔をしている俺に、シーンが明るく声をかけた。


「あっ、申し訳ありません。お気になさらないでください」


「わかりました……」


 気にするなと言われても気になる。詮索する気はないが。


「おい」


 ふたり同時に声の主の方へ顔を向ける。リピがこちらに向かって歩いて来ていた。


「リピさんどうも。どうかしました?」


「私はどうしねぇけどローシウムの牧師がなぁ……」


「牧師が? もしかして『シーンたんまだぁ〜?』とか騒ぎ立てているんですか?」


 リピが呆れ気味に俺を睨む。股間がシュンとなる。本気じゃないのはわかっているが怖い。


「あんまり聖職者をバカにした言葉を口にするなよ。痛い目を見るのはお前だからな」


「わかってますよ」


 聖職者をバカにしてるんじゃない。ローシウムを下に見てるだけだ。……我ながら傲慢な考えだな。


「それで、ローシウム牧師が何か言いだしたのでシーンさんを迎えに来たってことでいいですか?」


「ああ」


 マジなんだよあいつ……。早くどっかに左遷されないかな。


「送りますよ」


「悪い」


「ありがとうございます」


 シーンとリピのふたりを連れて教会までの道を行く。そこまで夜も深くないので、通行人はまちまちだが見られる。半年この街に居座りここ一帯から出ないので、すれ違うほとんどの人を覚えた。相手は俺のこと覚えてくれてるのかな。ニートだし、そのレアリティで印象付いてけっこう覚えてもらってるかもしれない。

 道中、数人に挨拶をされたのできっちり返した。俺の後ろを歩くふたりは俺の五倍以上は挨拶をされている。シーンはきちんと返すが、リピは「おう」の一言のみ。相変わらずヤンキー臭がなぁ……。


 両脇に街灯が立っていて明るい礼拝堂の入り口前。礼拝堂の扉はしまっている。ここでふたりとはお別れだ。


「それじゃ」


「明日孤児院に来るか?」


 リピが尋ねる。


「はい」


「そうか。じゃあな。シーンも早く戻れよ」


 リピは立ち去りながら手を挙げて、礼拝堂の傍を通って夜の闇の奥に消えた。俺たちを残していくとはわかってるぜ……。そういえば少し前に知ったが、礼拝堂にくっついてる彼女らの部屋がある建物は、教会の敷地の奥の方に玄関がある。礼拝堂から通ると近いらしく、いつも礼拝堂の中を通っているんだとか。礼拝堂って近道に使っていい場所ではないと思うんだけど、とここに来るたびに思う。


「あのっ」


 シーンが急ぐように短く呼びかける。


「はい。……!?!???」


 ギュッと抱きつかれた。混乱する俺に、あの感触とあの匂いが伝わってくる。鎖骨と首にシーンの顔がうずくめられる。髪……近い……はわわわわ。脳がとろけて幸福感に包まれてる……合法薬物だろこれ……。


「なっ……どど、う、しました?」


「……」


 沈黙。返事がない。なんだ。ちょっと。


「あの……シーンさん」


「……はい」


 シーンが顔を上げる。顔が近い。ヤバいヤバいヤバい。顔が熱い。赤くなってるだろうな。よくシーンの顔を見ると、彼女の顔は赤くなっていた。


「……いつでもぎゅーっとして良いと申したのですが、なかなかしてもらえないので」


 ムスッとした表情で、わずかに斜めに背けた顔から目だけで俺を見上げる。脳みそが終わりそうである。かわいすぎんだろ。


「あの時はとても乗り気だったように思うのですが、どうしてなさってくれなかったのでしょうか……」


 まっすぐに俺の方を見る。顔近い……。


「人目がない時がなかったので……いつしようかずっと様子を窺ってたんです……。その、すみません……」


 言い訳じみているが実際にその要因もあったのだ。会うのは大抵の場合孤児院であったし。


「そうでしたか……」


 人目といえば、人通りはまだあり通り過ぎる通行人全員がこっちをガン見している。まずいな……この場所は街灯に近いから目立つんだった。


「シーンさん。見られてます」


「あっ……」


 シーン場所は小さく声を上げて、俺から半歩遠のいた。彼女が離れると、触れ合っていた部分が急に熱を欲し始める。もう一度ギュってして欲しいが難しいか。


「……あの時の言葉は社交辞令などではなかった……のですよね?」


「……ええ。本心です」


「わたくしのことを嫌っているとかそういうことでもないのですか?」


「はい。全然嫌ってなんかないですよ」


 嫌ってないというよりむしろ大好きです。……これを口に出して言えたらなぁ。進展か終幕がすぐに訪れるだろうに。

 ……って、「言えたらなぁ」じゃねぇよ。

 言え。

 いま。

 絶好の機会だってのはわかってんだ。いつまで怠けているつもりだ。怠惰デスね大罪司教にしばかれるぞ。


 攻めの主人公になろうって決めたじゃないか。


「……シーンさん」


 早まっていた鼓動がさらに加速する。

 喉元が詰まるような感覚に襲われ、寒かった胴は熱を帯び始めた。

 視界がぐわんぐわんとしているようなしていないような。頭がクラクラする。


「はい」


 別に想いを受け入れてもらえなくたっていいんだ。最悪首を吊りそうだが、彼女の答えならばどちらでも構わない。

 深い呼吸を数度した。

 シーンの顔を正面から見つめる。

 緊張しないためには自分が緊張しているのを自覚すると良いらしい。俺はいま……緊張している……!

 そして、やるべきことを意識するのも良いそうだ。よし。集中しろ。ただ言葉を発するだけだ。できるだろう。


「俺は……」


 主語は言えた。余裕だ。これからが本題だ。

 心臓がうるさい。

 汗が垂れるほど熱い。

 間近からシーンの匂いがする。

 シーンかわいい。


 拳を強く握った。そういや、こうやって誰かに告白するのは初めてだ。頼れる仲間に心中を吐き出したことはあるが、愛の告白はシミュレーションゲームでしかやったことがない。

 ゲームじゃ○ボタン押すだけで簡単に告ったが、リアルだとこんなにも難しいのか。ギャルゲー主人公の魅力って、ボタンのひと押しで告白できる鋼の心なのかもしれないな。常人には真似できない。

 世界中のギャルゲー主人公の僕くんと俺くん! 俺に力をわけてくれ!!


 言うぞ。

 ひと息吸う。気持ち長めに空気を取り込んだ。一言を発するのにはありあまる量が肺で待機する。


 刹那の時間。シーンが傍に目を遣り俺に突っ込んでくるのがゆっくりと見えた。

 シーンが両腕で俺を突き飛ばす。咄嗟のことに対応できないでそのまま倒れた。〈魔功〉も使えずもろに尻を打った。


 灼熱の白い光の筋が見えた。それがシーンの二の腕から体の反対までつらぬいてしまっている。

 鮮血が煌めきを宿して舞った。

 シーンの体が血の飛ぶ方へ曲がっていく。

 瞳が俺を見ている。その顔が痛みに歪んでいた。

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