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人を騙すということ

「お願いしますもう帰してください……」


「頼みます次が最後ですから!」


「……お、お願い」


「最後に一回だけ! いーっしょ……?」


 かれこれ数時間も、オタク眼鏡、オタク前髪、ビッチに付き合わされた。地面には俺が折るか曲げるかした槍と槍斧とが散乱していた。ほかに、俺が破いた皮鎧があちらこちらに散っている。被害総額どのくらいいくんだこれ……。


「ラウスさん……でしたか? さすがにもう帰っても大丈夫ですよ。お連れの方も暇しているようですし」


 俺の隣でそう告げたのは、黄色い縁の眼鏡と黒髪が印象的な女性だ。後方支援が専門らしく、俺と手合わせはしていない。


「そうですよ。さすがに何時間も拘束するのはいい大人のすることじゃないでしょ」


 黒髪眼鏡の言葉を強めるように同じ旨を伝えたのはワーリスだ。こいつは魔法が得意で近接戦闘は不得手としている。黒髪眼鏡と同じくこいつともやりあっていない。


「というわけで……はい、また機会があればお手合わせ願いします」


「そっかー……んじゃまたねー」


「……わかりました。次お会いするときまでには腕を上げておきます。それでは」


「…………ま、また」


 ビッチ、オタク眼鏡、オタク前髪のそれぞれの礼を受ける。手慣らしにもならなかったけど悪い人たちじゃなかったな。


「はい。また。……あの、武器とか皮鎧とかめちゃくちゃにしちゃったんですけど……」


「いいよいいよ気にしないで。うちが弁償するって言ったじゃん」


「はい……お願いします」


 ビッチってばチョーイイヤツじゃん! まあ数時間に渡り俺とリミスタの時間を奪った張本人なんだけども。

 リミスタと共に年上の方たちに頭を下げた。不思議と感じる名残惜しさ。後ろ髪を引かれながらも部屋から出て地上に戻る。


「……ゲーム屋に行こうか」


 ぐぐぐぐとリミスタの腹の虫が鳴る。


「へへ……。その前にどこかで食事しない? 僕お腹空いちゃった……」


 恥ずかしそうに赤面するリミスタ。可愛いなおい。なんで男なんだよ……。


「俺も腹減ったわ。どっか行こ」


 宿屋のサービスでは朝食は出るか、昼と夕に食事の提供はない。もとより外食をする予定だったので、飲食店はいくつか見つくろってある。現在位置がわからずどうしようかと思案していると、俺を呼ぶ声があった。


「ラウス!」


 リミスタと同時に振り向く。やたら大きく凝ったデザインの競技場。そこからひとり駆けてくる影が見える。


「なんだよ」


「これ」


 俺に近づいたワーリスは紙切れを差し出す。受け取り、書かれている文字と数字の羅列を目で追った。それらの意味するところは、ワーリスの携帯の連絡先と彼の実家の番号だった。一番下にはリグレの連絡先も記されていた。


「何かあったら連絡入れてくれ」


「……何かあればな。何もなければ連絡しないぞ」


「わかってるよ。たまには生存報告とかしてくれよ?」


「おう」


「あとリグレには何も言ってない。お前から連絡しろ」


「いやだよ……。お前が連絡して」


「なんでだよ……」


 俺が嫌がり断ると、ワーリスも嫌そうな顔をした。お互いにいとわしいオーラを放ちながら見つめ合う。


「……はいはい。俺から連絡しとくよ」


 折れたのはワーリスだった。昔からこういう役回りだしなこいつは。


「頼む。……またな」


「…………ああ」


 ワーリスが一瞬だけ何か言いたそうな表情になるが、さっといつも形相にもどる。そして片手を上げると、ひかえめに微笑んだ。


 なんだか切なくなった気持ちを抱えながら競技場を後にする。よくわかんないがリミスタも切なそうな顔をしていた。内心お腹空いた……とか思ってんだろうな。それはそれで可愛い。




「ん〜……」


「……!」


 扇状に広げられた五枚のトランプ。両手でそれを持つのはリミスタだ。

 俺は四枚のトランプを左手に持っている。次は俺がカードを引く番。リミスタが広げたカードの上を、空いた右手で焦らすようにうろうろする。


 俺たちは昼食後、灰色の剣士の第四弾のソフト、対応したハードの携帯ゲーム機の中古をそれぞれ購入。さっそく宿屋に戻ってプレイし、夕は外へ食べに向かった。再び宿屋に戻りゲームを再開。そして先ほど、長時間の連続プレイは目に悪いのでゲームは中断した。代わりに今日買ったトランプでババ抜きをして遊んでいる。


「これかなあ……」


「……」


「これかあ……?」


「……」


「これな気がする」


「……!」


 リミスタは、俺の手があるカードの上を通るたびに口がふにゃふにゃと動く。わかりやすすぎるだろ。ラブア◻︎ーとかシュートしそう。

 五、六回ほどリミスタの口元をふにゃふにゃとさせてやり、ババ以外を抜き取る。二人だけで手札も少ないのでカードはどんどんそろい捨てられる。最終的にはリミスタを勝たせトランプを終えた。


「もう一回やろ!」


「……わかった」


 せがまれるままあと2回ババ抜きをし、どちらも勝たせてやる。


「えへへ、ラウスは運がないなあ〜」


 君は残り手札二枚で片方がババの時の自分の表情知らないからね……。ありゃ誰でも負けるよ。彼に、自分の勝敗は運の有無じゃなく、相手の情の有無で変わると知る日は来るのだろうか。


 機嫌の良いリミスタをおだててさらに気分を良くさせた。そして、数時間前に一時終了した携帯ゲーム機を持ってくる。もう夜の帳は下りていて、窓から見下ろせる街は夜の闇に沈んでいた。子どもがゲームをしていると怒られる時間帯。俺はこの時間にやっておきたいことがあった。


 寝具の端に並んで座る。リミスタがプレイし、俺は右隣に座って画面を覗く。画面の中心やや下に主人公が固定され、主人公の歩く向きに合わせ背景が動く。リミスタの操作する主人公は、いつもクエストをくれる村長に話しかけた。村長はクエスト内容を話し出す。


『メイユが昨日から家に帰らないそうだ。森に向かう姿を見たという話もある。もしかすると森で遭難してしまったのか……』


「うーん、森ってあの霧がかかってたところだよね」


「それ。街の左端にあるやつ」


 村長の話をボタンを押して進める。すると主人公のセリフが選択肢として画面に表示された。


▶︎へえ

 馴れ馴れしいな

 私が探しましょう

 遠回しに探しに行けって言ってんの?


「いつも変な選択肢あるよね……」


「これが第四弾の醍醐味でもあったりするんだよ」


 灰色の剣士第四弾は、ネタ枠の選択肢が多くある。普通のロールプレーイングゲームならば、ネタセリフを選択しても流されるか、また同じ質問をされることになる。しかしこのゲームは……分岐する……。ふざけて選んだセリフで、後戻りできない事態が起きてしまう事もしばしば。

 そういう趣旨のゲームじゃないのにめちゃくちゃ分岐する。やや美麗なグラフィックの三次元アクションゲームで分岐要素あり。そのためデータ容量が馬鹿デカい。そういったこだわりもあって値段お高めである。

 けれど、発売はけっこう前。今回買ったのは中古品。お手頃とは言えないが新品よりだいぶ安い。


「これは……どのセリフ選ぶの?」


「一番上の『へえ』だ。後にも色々選択肢あるから全部『へえ』選んで」


「印象悪すぎるよ……」


「こうしないとある情報を提示してこないんだよ」


「ある情報?」


「そう」


『……。君が小さい頃よく遊んでもらっていたが覚えていないか?』


『へえ』


『心配ではないのか……?』


『へえ』


『……実は最近、森に……いや、いい。もし見かけたら私にでも伝えてくれ』


『へえ』


『……』


 村長の沈黙につられ俺とリミスタも口を閉ざして黙った。


「ある情報って『最近森に……』ってところ?」


「そうだよ」


「それより村長さん可哀想……」


「今後はこう言うのしなくて大丈夫だからあんま気にするな」


「うん……」


 よし。これで村でのイベントが四つ減った。その潰えたイベントのひとつに、中盤あたりまで使える有能武器が報酬でもらえるものがある。……まあこれは仕方ない。リミスタには悪いが諦めてもらおう。


 メイユを探すイベントが始まったのか消滅したのかわからないまま、リミスタは霧に煙る森に入った。この森のフィールドがなぜかやたら広い。そのため攻略には少なくない時間を要する。俺はそのことを告げずにリミスタのプレイする様子を傍観した。


「広いなあ」


 薄暗く視界の晴れない森。主人公はあっちへこっちへ走る。画面下部に表示される黒で潰されたマップは、一度通った道だけを記憶し表示する。


「メイユさんどこ……」


 不気味な音楽のせいもあるのかリミスタに焦りが見られる。


「そろそろかな」


「本当? えっ……」


 画面の上部を横切る白い影があった。一瞬のことでその全容はわからない。リミスタはいぶかしむ声を上げると、カメラの視点を変えて何かが横切ったという方向を見た。


「どうした」


「今何か通ったよ」


「マジ? 気づかなかったわ」


 リミスタは納得がいかないながらもカメラであたりを見回すのをやめた。通常画面に戻り捜索を再開する。森の全容もそろそろわかってきたところで、リミスタがある物を発見した。


「お家がある……」


 別に建物の前にジムリーダーは立ってないし、敷地内に限ってやたらとゴーストタイプが出現したりはしない。ただ風化してツタだらけになったボロ屋敷だ。森の深層に建つこの屋敷にメイユは居る。メイユ捜索イベントもようやく終盤か。


 リミスタは敷地内をくまなく歩き回る。何もないとわかると屋敷の正面に回った。元は立派な玄関だったとみられる、破壊された両開きの扉。地面に落ちた扉を踏みつけて主人公は建物の内部へ進入した。

 途端に背景で流れる曲が変わる。静かに弾かれる弦楽器の音と、それに合わせた幼い声。ホラゲーかっての。


「……ね、ラウス……。さっきからこのお家の周りを歩き回ってるみたいな足音が聞こえるんだけど……」


「そうか? ちょっとビビりすぎじゃない?」


「確かにビビってるけど……。……ほら、足音ちゃんと聞こえるよ?」


「……わからん」


 リミスタは足音に怯えながら探索を続けた。わかる。わかるぞ。俺も初見プレイの時、このイベント死ぬほど怖かった。

 リミスタは一階を踏破し二階に上がる。一階と同じように端から順に部屋に入る。そろそろか。


「部屋多いよ……。早くメイユさん見つけて村に帰りたい……」


 弱音を吐くリミスタ。眉は寄せられ、体を少し縮こまらせている。素晴らしいコンディションだろう。

 主人公が、元は何の部屋だったかわからない部屋から廊下に出る。廊下の突き当たりには大人ふたり分の高さの窓が設置されている。屋敷の外は雨が降っていた。時折稲光も見られた。不気味な雰囲気。スタッフさん良い仕事するぜ。


 リミスタが隣の部屋に入った。刹那の雷鳴が響き画面が白く染め上げられる。

 光が収まり窓の外の景色が映る。そこには真っ白な女の顔があった。目が見開かれ瞳が点に見える。吊り上げられた口の隙間からは並びの悪い歯が覗く。

 二階にある部屋の内部を外から眺める女の顔。


 リミスタはそれを目すると反射的に絶叫した。


「わあああああああああああああああっ!!」


 画面の中のサディを凝視して叫ぶリミスタはゲーム機を投げ捨てる。

 その動作の予兆を感じていた俺は、リミスタの動きの機微からゲーム機が投げられる方向を予測する。


「のわっ!」


〈噴放〉を使わぬよう意識を押さえつけて手を伸ばす。リミスタが左腕に抱きついてきた。ええええ。混乱するが、どうにか地面に叩きつけられる前に右手がゲーム機を掴む。あっぶねえ……。


「顔顔顔! 嫌だ何あれ!」


 左腕が強く抱かれ、リミスタの胸が押し付けられる。わずかにある皮下脂肪と胸骨の硬い感触。ああ……無慈悲。……でも、明らかな男の胸板なんだけどなんかこう。


「ねえラウス! アレが出るって知ってたでしょ!」


「…………あ、う、うん。知ってた」


「何で言ってくれないの!」


「いや……リミスタの反応を見たかったから」


「まさかそのためにちょっと高かったこの第四弾買ったの?」


「……うん。……ごめん」


「もうっ」


 リミスタはおこな様子で片頰をぷくっと膨らませる。こんな可愛い子が女の子のはずがない。もう男でも良いんじゃない?


 このイベント終了までもうサディは出ないと嘘をつき、プレイの継続をうながした。放心状態のメイユを発見し村に連れ帰る。途中、サディが再び出現しリミスタは絶叫。ゲーム機を放り俺の腕に抱きついた。


「嘘つき! もう出ないって言ったじゃん!」


「ごめんごめん」


 リミスタをなだめてイベントをクリアさせた。セーブをし、今日のゲームは終了。お互い入浴を済ませ寝具に潜る。リミスタから灯りは消さないでと懇願されたので、仕方なく点けっぱなし。


 俺が掛け布団の下でぬくんでいると、布団の中にリミスタが侵入してきた。


「え、ちょ、何?」


「……一緒に寝よ」


「……お、おう」


 布団の中でリミスタが俺の背中にぴったりくっつく。か、可愛すぎる……。うわ年下相手なのに超緊張する。クソ。寝れない。

 ん、待てよ。これから毎日のようにリミスタを怖がらせると、毎日リミスタと同じ寝具で寝られるのでは……? どうしよう。実行しても良いのかな。いや、さすがに嫌われるか……。たまになら良いか。うん。月一くらいなら。




 ◇




「おはよー。……どうしたの?」


「…………いや別に」


 リミスタの寝顔見たりお腹触ったり太もも触ってたら一瞬で朝になっていた。

 ……俺だってわかってる! 寝顔見るのはセーフで体触るのはアウトだって大人だしわかる! けどあんな可愛い顔ですうすう寝息立てられたら……、誰でも触っちゃうって。いやマジで。しかも触られた時「んっ……」とか声出しちゃうしさ。自制とかマジ無理。理性なんてあってないようなもんだ。


 でもほら、目撃者はいないし証拠も残ってないだろうから立件不可! 犯罪はバレなきゃ犯罪じゃないんだぜ……? つまり俺大勝利!!


「悪いお昼まで寝かせて。朝食はいらない」


「わ、わかった……」




 お昼。俺たちは遊園地へと繰り出した。人が多いわ行列が長いわであれだったが、めちゃくちゃ楽しい。

 絶叫マシンは高学以来だったが相変わらず怖くなかった。リミスタも大して怖がらなかったので俺的にポイント低い。

 しかし! 俺は幽霊屋敷という空前絶後の有能アトラクションと出会ってしまった! リミスタはそれ系の手合いが相当苦手らしく絶叫しまくり。何回も抱きすくめられてしまった。その時さりげなく匂い嗅いだりお尻触ったりしちゃった。てへぺろ。

 最高だったがこれはさすがにやりすぎかなって自分でも思うから、今後はやらないようにする。けどリミスタ今日はホットパンツなんだぜ……仕方ないじゃん……。希望を持つから絶望するのと同じく、ホットパンツ履いたら普通触るよ。


 そんな感じで二日は終了。なんとなく気づいてたけど、今の俺って修学旅行の時の学生みたいなテンションだよなあ……。気をつけないと法を犯しそうだ。

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