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胸の大きいキャラはだいたいヒロイン

「テメェら……」


 側頭部を踏みつけられる。うめき声が漏れた。だが頭に乗った足はどけられない。罵詈雑言を吐きながら他の男たちは俺を蹴り続ける。後方には笑いながら見物しているのが三人。


「足どけろ……」


「ああ?」


 顔が見えないが、俺の顔を踏んでいるのはおそらくリーダー格のあのダサ男であろう。俺のことばを嘲りながらぐりぐりを踏みつける力を強める。そろそろ俺もキレそうだ。


「最後だ……足どけろ……」


「わーったよ!」


 視界が明るくなる。頭を押さえつけていた圧力も消えた。まだ夜ではあるが障害物がなくなり降り注ぐ月明かりと街灯の光が顔に届いた。頭を空に向けてずらす。振り上げられた足と一回りおおきい体の男。男の顔には、弱者をいたぶってよろこぶ人間の笑みが張り付いていた。その間も他のやつらは思い思いに無抵抗の俺の体を蹴りつけている。


 足が俺の頭へ向けて落ちる。我慢ならない。豚箱上等だ。

 足首を掴む。体重が乗せられていてなかなか重たいが、所詮は一年ニートをしていた男に止められてしまうていど。


「なっ……この!」


 握りつぶす。皮がちぎれて骨が砕けた。吹き出した血が月明かりを反射して白い発光する点を浮かべ、四方へ散っていく。顔にいくらか付着した。


「あああっ!!」


 俺の手から逃れようと足を引くが離さない。握力を弱めずに上にひねった。血がもっと溢れ出て顔におちる。手をついて上体を起こすのと同時にさっと頭の方へ体を引き、膝立ちの体勢をとる。

 すぐ近くにいるのは俺の背中あたりを蹴っていた男。低い体勢のまま男の膝を前から蹴り、本来の向きとは逆に折る。起き上がりながら男の背後にまわって肩甲骨を殴りつけて粉砕させた。

 呻く男の背中を蹴って、その正面にいた別の男にぶつける。突然仲間が倒れてきた男は、自分の胸あたりに飛び込んできた仲間に押され後方へ倒れようとしている。二歩でその男の横に並び、肘鉄で顎を砕いた。声にならない声と血が口から出た。

 残りのふたりはそれぞれ片足を折り、ひとりは腕を折ってもうひとりはあばらを砕いた。


「さっさと帰れ。俺に関わるな」


 どうせここまでやったって治る。今の医療技術じゃ一ヶ月も安静にしていれば完治する怪我だ。少し過剰にやりすぎた気もするが、先に手を出したこいつらが悪い。

 魔力を消費するとひどく眠たくなった。だるい体を緩慢な動きで長椅子の上に運ぶ。そのまま横になると泥のように眠った。




 ◇




 昨夜とは打って変わって穏やかな春の風が吹く。空はまだ暗い紺で、東はかすかに白んでいる。

 意識が覚醒し始めた。公園の地面には茶色くなった血痕が見られ、血の乾いた臭いもした。地面に滴った血は公園の入り口へ向かって続いている。夢かと思ったがどうやら現実に起きたことらしい。警察が来る前にさっさと逃げるべきか。やましいことはないし俺は被害者なわけだからどうにでもなりそうだが。めんどくさいことになったな。憂鬱だ。


 俺は公園に残ることにした。逃げたら逃げたで厄介なことになりそうだからだ。数日この公園にいたからわかるのだが、ここは人が寄り付かない。たぶん幽霊が出るとかそういう噂があるのだと思う。なにせ俺が寝具代わりにしている長椅子は汚いし、遊具は錆びつき剥がれた赤の塗装が血に見えなくもない。雰囲気がめちゃくちゃ出ている。たけど俺はとくに気にならない。俺にとってはけっこういい環境なのだ。


 血の付いた服を洗う。この公園はまだ水道が通っているので水には困らない。公衆便所にある足を洗う水道で衣服の血と土を流す。ズボンと下着はどうしたものか。先に下着を洗ってその間にズボンを履き、下着が乾けば取り替えるとしよう。


 陽が天頂まで昇る。その頃にはもうズボンも下着も乾いていた。腹が減った。しかしいま店に訪れれば裏口をうろつく俺のことを客が不審に思い入店をためらう可能性がある。俺のせいで売り上げが落ちたとなれば店は残飯を譲ってくれないだろう。であるなら、狙うべき時間帯は……日暮れの仕事終わりの時間か。売れ残りを廃棄するところもあるだろう。それをもらえたらいいが、もらえなければ勝手にごみを漁るしかないのだろうか。


 店が閉まる時間あたりまでは公園にいておこう。これまでは喪失感でずっと公園に留まっていたわけだが、そろそろ街の様子も気になってきている。まだ俺が綺麗なホームレスである間にまわれるだけまわっておきたい。昨日の件で警察が事情聴取のためにやってくることが考えられるので、今日はお預けだ。




 仰向けになってベンチで寝はじめてからどのくらいの時間が経っただろうか。陽の傾きが大きくなり少しずつ空は赤に染まり始めている。

 またさらに待ったが警察は一向に来なかった。司法の人仕事して。予定通り店に向かう。空は完全に赤くなっていた。


 街に出ると人の往来がけっこうあった。仕事や学舎帰りの者や、夕飯の買い出しをするためか袋を下げた主婦などがいた。学舎帰りであろう男女が手をつないで前を歩いている。気分を害した。しねクソ。

 パン屋に近づく。ちょうど細身のおばさんがシャッターを閉じようとしていたところだった。おばさんは近づく俺の姿に気づき目を留めた。


「あら、お客さん?」


「いえ……」


「わたしになにか用かい?」


「家とお金がなくて食べ物に困っているんです。捨てるもので食べられるものがあったら譲っていただけませんか?」


 おばさんはちらと俺の全身を見まわした。


「宿無しかい?」


「ええ」


「悪いけどうちの店は人気でね、毎日完売だよ」


「そうですか。お時間とりました。失礼します」


 クソ……人気店だったか。確かに、こちらをうかがって残念がっている姿がちらほらみられる。次だ次。

 次に向かうのは飲食店だ。店を夜までま開けていないのなら、いまの時間でも残飯をもらえるだろうか。


 数軒の飲食店を回った。しかし時間帯が悪かったらしく、まだ営業中かもう店を閉めているかのどちらかだった。パン屋は運よくタイミングが合ったが、こちらはそうではなかった。きちんと店先にある開店と閉店時間を覚えておく。あす向かう時間の目安にするためだ。狙うならばちょうど閉店するそのときだ。廃棄物とかは店を閉めるときに処理するからな。


 開いている店にも閉まっている店にも、生ごみの捨てられたごみ箱はあったが、なんだか店のひとに無断で漁るのははばかられたのでやめた。




 次の日、陽光を通さない厚い雲が空を覆っていた。昨日に覚えた閉店時間に合わせて店に足を運ぶ。すべての店に生ごみや残飯を渡すことを拒否された。衛生面や店の印象などの問題があるらしい。ごみを漁るのもやめてくれと言われた。


「はあ……」


 夜の帳が下りはじめる。街灯がひかり、欠けた月が空に浮く。まだどの家の窓からも光が漏れ、街は春の風も合わさって暖かい空気に包まれていた。


 衣食住のうち、食がどうにも手に入らない。そこらの草でも食べようかと考えたが、俺は野草については門外漢なのだ。公園の隅に茂っている背の低い草や、公園の後方に広がる林にの木に実る木の実はどれが食べられるのかなどわかるはずもなかった。




 ◇




 あれから四日、活動範囲を広げながら様々な店をまわった。どの店からも求めていた返答はもらえなかった。


 拠点の公園に戻ってきた。すっかり定位置になった長椅子に腰を下ろす。自分の体から何かが抜け出ていくような感覚がした。

 脱力しながら街の方を見た。家族の楽しそうな会話。友人と楽しそうにはしゃぐ笑い声。これから飲みにいこうと誘うおっさん。


 俺がいくつもの選択を間違ったがために、手にあったものすべては失われ、あらゆる可能性への道は断たれた。

 俺がニートになる数ヶ月前から俺は両親に対してきつくあたり、家に笑顔などなかった。そのころから友人と関わることもなくなり、俺のために必死に手を差し伸べてくれた親友ふたりにも報いることはなかった。そして就職という選択もろとも足蹴にした。


 己の選択と行動が招いた結果が、いまのこの状況に収束している。どこかで立ち止まり、語りかける声を聞き、見つめ直せることができていたら、違ういまが待っていたかもしれない。後から悔やんでもなにも変わらないことは知っている。嘆くだけで変わるのならどんなに楽だったか。そんな簡単な世界だったら樹海のブランコはどれほど減るだろう。


 俺はこの公園に捨てられてからの三日間ずっと思っていた。俺を救い出そうとしている人たちに、いつか応えなくては、と。

 しかし、俺はどうやって彼らに恩を返せばいい。好機は一年もあった。引きこもっていた毎日が、まわりの人たちが俺に与えてくれた温かい好機だったんだ。俺は本当にどうしようもないやつだ。


 頬を滑る熱いものを感じた。いつのまにか鼻水が溜まり、目頭が熱を宿してる。もう十何年も泣いていなかったから、涙を分泌する機能は衰えてしまったものだと思っていたがちゃんと出るんだな。


 その夜は何年かぶりに夢を見た。遠い昔の、何もかもが楽しくて仕方がなかった時代の思い出を追体験した。朝、目尻を拭った指が湿る。胸が詰まった。




 この公園に捨てられてから、ひと月が経とうとしていた。なにも食わずに水を飲むだけでこんなにも生きられるなんて驚きだ。排泄はきちんと便所で済ませた。服も体も毎日洗っている。最期の姿は少しでも麗でいたかったからだ。


 一週間前から子どもが俺のもとに来るようになった。興味本位でやってきたのだろう。とくに危害を加える様子もなく、どちらかというと友好的だったのでいろいろ話したりした。童話だったりアニメだったり、この年代の子どもの好きそうな話を適当に選んで話して暇をつぶした。ここ数日、起きると泣いていたりする。過去の記憶を夢の中でたどったのだと思う。


 陽はおおきく傾いている。じきに空は赤くなるだろう。自分の腕を持ち上げて観察してみた。もともと太いほうではないが、いまは特別細かった。肌からみずみずしさが消えていて、堅く乾いた木にもみえた。顎に触れる。がさがさとしたヒゲが生えている。髭は髪の毛と同じくすんだ朽葉色をしていた。


 体が衰弱している自覚はある。栄養失調で亡くなる日も遠くない。日を追うごとにうらぶれていく自分の姿は、公衆便所の手洗い場にある鏡で見ている。その様は老人のようであった。けれどその姿になにかを感じることはない。


「おじさーん」


 ベンチにぐったり座っている俺に、子供の高い声がかけられた。片手を上げて応える。ひとりの男の子に、ふたりの女の子が俺のもとに駆けてくる。名前は……なんだったかな。彼らがお互いに名前を呼び合っているので名前自体は何度も聞いたが、自分では口にしないから覚えていない。


「ねぇおじさんって魔法使える?」


 髪を肩のあたりで切りそろえた少女が問うた。


「どうした。友だちに使えるやつでもいるのか?」


 俺の質問に、少女が答えた。


「ううん。イラがみせてくれたの!」


 誰だよ。友だちではないと言うし、先生の名前かな。


「風がびゅーって」


 隣の坊主の少年が全身を使って風を表現している。


「おじさんもできる?」


 もうひとりの、髪をツインテールに結わえた少女が聞いてきた。


「木の系統は使えねぇな。……水魔法ならすこしは」


 風の魔法は木の魔法の派生だ。そこらへん彼らが知っているかはわからないが。


「みせて!」


「マジですこししか使えねぇぞ」


 立ち上がると節々が軋み顔が歪む。とろとろと歩きながらちかくの水飲み場につく。蛇口をひねると上に向かって細く水が飛び、ある程度まで上がると玉になって絶え間なく落ちていく。子どもたちは俺のそばに寄ってきて目を輝かせている。


「……」


 水がもっとも高く上がる地点のすこし上に右手をかざす。しばらく無言で集中する。すると、飛び上がってきた水は落下せずに、一箇所に溜まり始めた。ふよふよとゆたう水球はそこにとどまり続け、その大きさを増していく。


「わあ」「すげぇ」「きれー」とそれぞれが口にする。水の球がこぶしほど膨れたので蛇口を閉める。そしてさらに集中し、水をなるべく均等になるように三つに分けた。


 そして俺の手元をじっと見る子どもたちの顔に飛ばした。きゃっとか、うわっとか声をあげてあとずさる。


「ほら、お前らも俺に仕返ししていいぞ。ただし俺みたいに魔法使えよ」


「えー」


「わかった!」


「できるかな」


 三人で出しっ放しにした水に手を向けて唸っている。そもそも彼らに水魔法の才がなければ水を空中に止めることなどできないし、才能があったとしてもコツを掴むまではろくに扱えない。


 夕焼けになるまてま彼らは水の魔法に挑んでいたが、誰ひとり魔法が使えた者は居なかった。俺が帰るようにうながすと素直に帰路についてくれた。


「またねー!」


「あしたには水の魔法使えるようになるから!」


「またあした!」


「おう」


 おおきく手を振って去っていく姿に片手を上げて応える。子どもは嫌いじゃない。ただ、今の俺の風体では普通に通報ものなので、彼らと居るときは怪しい行動や言動をしないように細心の注意を払ってる。


 水を飲んで長椅子に戻る。ふと、不快感と体がほんの少し重くなるような感覚に襲われる。視線だ。誰かが俺のことを見ている。場所まではわからない。俺を犯罪者とみなしている主婦の視線かと思ったこともあるが、このように見られることは子どもたちと関わる前からあった。ホームレス狩りなどでなければいいが……。

 まえに非行少年たちにボコられた時にはまだ体力と魔力が余っていたから簡単に追い払えたが、いま寝込みを襲撃されれば抵抗もできずに死ぬ。体感では、よぼよぼのじじい五十人と戦うことになったら、ちょうど引き分けて共倒れするくらいの力しか残っていない。相手が妻や孫を守るために限界を超えたじじいなら十人で俺を殺せるだろう。俺はいまそのくらい弱っている。


「あ」


 唐突に意識が遠ざかっていく。深く暗い湖の底に沈んでいくように、ゆったりと闇が視界をおおった。


 ふっと意識が途切れた。




 ◇




「うっ」


 関節の痛みに声を漏らしながら、目を開いた。そこには、黒い衣服に身を包んだ女性の顔があった。


「─────か?」


 口の動きから、「大丈夫ですか」と聞いていることがわかった。徐々にはっきりしてくる意識。言葉の意味を理解してとりあえず首肯する。

 そして驚愕した。横たわる俺を覗き込んでいる女性の服は修道服。つまり彼女は修道女ということだ。修道女はあたまにベールをかぶっているイメージが強いがそれはない。つむじから生える、すこしの緑が混ざったとてもうすい青色の髪が目の前に垂れる。手入れされていて、濡れたような艶やかな照り返しに目がいく。つられて胸元が見えた。服が黒く認識しづらいが、包んでいるものとそれ以外の部分の高低差が激しく、伸縮性のある素材でできた修道服を内側から押し上げて緩やかに大きな山なりを描いているのが見てとれた。端的に言うとおっぱいが大きい。

 この光景を見ながら死ねるのなら本望だと心から思った。男はみんな巨乳好きなんだ。仕方ないだろう。

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