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住所不定無職

 風が吹く。冬の冷たさを残した空気は、視界の上に垂れる前髪をそよがせた。同時に体が震える。

 石積みの家や石畳の道は、街灯と月明かりに照らされて石のひとつひとつがくっきりと闇から浮き出ていた。

 周りを木々に囲まれた公園の長椅子から街の様子を見ていた。そばには、羽虫をたからせ点滅する街灯が一本立っている。


「クソ」


 寒さに悪態を吐く。ともに白い息も漏れた。冷え込むのならダンボールや新聞紙を集めておくべきだっただろう。公園には公衆便所が設置されているが、臭く汚く夜を越えるだけの時間を過ごせるような環境ではない。


 この寒さをしのぐ物を探すために街を回ろう。この公園を拠点としているからあまり遠くに出ないようにしないとな。

 さっそく腕を抱きながら立ち上がる。この公園から出るのははじめてだ。すこし緊張はするがなにも起きはしないだろう。通報とかされたらどうしようもないのでなるべく怪しくならないように行動する。


 一年もの時間を自室で過ごしてきた俺の風貌はなかなかのものだ。睡眠をあまり取らずつねにゲーム、アニメ鑑賞、読書をしてきた目の下にはくまがある。髭こそ剃っていたが髪の毛は伸ばしっぱなしで後方で結わえられている。手入れなどしていないのでとても汚い。服は着やすい数枚を使い回しし続けたのでよれていて、綺麗なホームレスのような見た目だ。


 綺麗なホームレスの"ような"というか、実際に綺麗なホームレスだ。すぐ三日前には風呂に入っているし、服も週に一回は洗濯に出していた。だがこれからは風呂は入れないし洗濯もできない。徐々に汚いホームレスになっていくだろう。


 実は俺は二日前まではホームレスではなかった。いや、意識を取り戻したのが二日前というだけだ。本当はもう何日か前からホームレスだった可能性もある。まあ細かいことは置いておこう。

 俺はつい最近までホームレスではなかった。世間では口汚く罵られる勝ち組の職業、いわゆるニートだったのだ。


 なぜニートの俺がホームレスになったのかというと、普通に捨てられた。ごみはちゃんと捨てなきゃね。

 親に捨てられたわけだが、この行為はもちろん犯罪に当たる。そのへんを俺の親はどう考えているのか疑問だ。

 父親はいわゆる冒険者であるし、職に就いて長いので刑をまぬがれるコネを持っているかもしれない。そうだとしたら、悪害でしかなかった俺の存在が消えた家はさぞかし明るくなっているだろう。母は俺のことでしばらく気を病んでいたし、邪魔な俺がいなくなって心から喜んでいるはずだ。

 笑顔で目の端に涙を溜めた両親が抱き合っている様を想像し、吐き気がした。




 店名の記された透明な板が内側の灯りで光っている。スーパーの看板だ。店名が読める。公園にこもっていた間、話し声などを聞いて言語圏が変わっていないことを確かめていた。文字を見てさらに安心した。

 現状、捨て先など伝えられておらず場所がわからない。もしも言葉の通じない国に捨てられていたら、生きていくのにひどく苦労しただろう。これは最後の慈悲ってことなのか? 慈悲を与えるなら地名も教えろよって感じだ。


 スーパーの入り口がある場所とは反対に周り裏口を目指す。たどり着くとそこにはダンボールがたたんでたてに並べられた場所があった。前腕がほどの長さの仕切りがあり、ダンボールが倒れないようにされている。あんがい時間を取らずに探していたものが見つかり気がゆるむ。

 さっさと公園に持ち帰ろうとダンボールに手を伸ばした。


「おぅっ!!」


「!?」


 大きな声に手が止まった。獣のような濁った声に驚いて体がびくんと跳ねた。声のした方に振り向くと夜の闇の一部が動きながら接近していた。なんだあれ。

 目をこらすと闇に溶け込んだ人間だった。服や肌が黒ずんでいるため暗闇の中で捉えにくくなってるのだ。こいつもホームレスに違いない。すえた臭いが漂ってくる。くせえ。


「なんでしょうか」


 相手は俺の先輩になるかもしれないホームレスだ。なので下手に出るために丁寧な言葉を選ぶ。


「あぁうっ!」


 ふたたび発せられた獣のような声にたじろぐ。この声は喉が長い間会話をしなかったために、喉が言葉を発するのに適さなくなってしまったとかだろう。本当に犬などに吠えられているようで怖い。


 闇に溶け込むホームレスの男は俺の胸あたりを腕で押しのけてダンボールのもとへ向かう。そこにあったすべてのダンボールを抱えると俺をひと睨みし立ち去ろうとする。


「いや待てよ」


 男は俺の制止を無視してそのまま立ち去る。


「おい」


 またも無視。一瞬で怒りが頂点に達し殴りかかる。が、どうにか男の背中を追う途中で正気に戻った。危ない危ない。俺はすこし怒りっぽく、学舎に通っていたころは色々と問題を起こしてしまった。成人の十七歳はとうに過ぎて今はもう二十歳だ。こんなことでいちいち殴っていてはだめだ。俺はもう大人だからな。こんなことですぐに豚箱行きなんてごめんだ。

 というかさっきの男なんなんだ。ダンボールのひとつやふたつ分けてくれてもいいだろうに。自己中め。


 憤りを鎮めながらダンボール探しを再開する。いくつかの商店やスーパーをあたったがダンボールはなかった。その代わり数件の飲食店やパン屋などの場所を知ることができた。ホームレスとして生きていく知識はほとんどないが、ホームレスが店裏のごみ箱をあさって食べ物を得ているというのは知っていた。明日かあさってにまたここへ来て残飯をもらうことにしよう。


 ふと考える。ホームレスはどのようにして生活していただろう。テレビなどで時たま目にするが興味がないので耳を傾けることもなかった。大半の番組はホームレスがどうやって生きているのかに視点を置いていない。ホームレスから成り上がった人間たちのストーリーを脚色してお涙を頂戴するようなものばかりだ。俺はそういうのは臭くて受け入れられず、すぐにテレビを消していた。

 社会問題と結びつけてホームレスの過酷な生活を紹介するものもあった気がするが内容を覚えていない。ちゃんと見ておけばよかった。後悔してもどうにもならないが悔やまずにはいられない。


 そういえば配給ってのがあったな。路上生活をするひとの手助けとして、教会や非営利組織がスープなんかを作って配るあれだ。俺の住んでいた地域でそういうのはなかったし、ここらでもそういうのがあるかどうかわからない。配給はあてにできないか。


 あとは物乞いなんてのも記憶にある。助けを求める文字の書かれたダンボールを持ち、桶をそばに置いて道端に座ったりするんだったか。運が良ければ桶にお金を入れてもらえたり、食べ物を分けてもらえたりする。詳しくは覚えていないがそんなに外れてはないはずだ。気の進む行為ではないが試す価値はある。


 ダンボールを諦め公園に戻る。別の道を選んで通った。すこしでも多くの道を覚えたかったからだ。

 ずっと先から数人の足音と話し声が聞こえてきた。男の若い声。夜も更けたこの時間帯に、若い男数人で街を歩くやつらって絶対に善良な市民ではない。うわ。たぶん戦えば勝てるが事件に発展するのは困る。俺はさっと脇の路地裏に進行方向を変えた。


「あ?」


 聞こえていた男たちの会話が中断される。気持ちの悪い潜めた笑い声が聞こえてきた。嫌な予感がする……。

 細い路地をすこし進んで、街灯の光が直接当たらない建物の影に滑り込む。壁に背中をつけて息を殺した。静かに足音だけが近づいく。会話は中断されて以来なくなってしまった。足音は止まらず、俺のいる脇道に最接近した。止まるな。こっち来んな。さっさと行けクソ。


 無情にも足音は俺のいる路地の前で止まった。クソが。でもまだいける。こちらに気づかず奥の方へ行ってしまえば俺は表の道へ全力で走り、そのまま逃げればいい。直線の道で逃げ切る自信はないが、夜の街での鬼ごっことなれば話は変わる。どれだけ路地を曲がってもいいし、建物の中に逃げ込んだり壁を登ったりしてもいいのだ。

 不法進入になるか。どうしよう。いまどうにもならない状況になってないか。いやいけるって。大丈夫大丈夫。


「あっれ。ここに入ってったけどなぁ」


「奥に逃げたんじゃねぇか?」


 路地に入ろうとする影。建物に挟まれた人影の数は……八つ……。全員がいかにも悪さしてますって見た目だ。よく見ると、ひとり耳の長いやつがいる。長耳人種だ。初めて生で見たかもしれない。


 長耳人種は北国で見られる人種だ。長耳人種の多くの者が魔法の才能に恵まれている。しかしあまり自分たちの住んでいる地域以外に移り住まないため、彼らを直接見る機会は極めて限られている。それと、彼らの外的特徴はその長い耳だけではない。容姿が極端に整っているのだ。しね。


 美男美女ばかりで気品もあり、彼らの中で人数は少ないがテレビタレントをしている者は他の追随を許さないほどの人気を博す。

 長耳人種の肌色は白と黒ではっきり分かれていて、肌の白い長耳人種はすらりとした体型が多いのに対し、肌の黒い長耳人種は男性は筋肉がつきやすくていかつく、女性は胸やお尻がおおきい傾向にある。ただの傾向で個人差は大きいがまあ褐色貧乳万歳という話だな。うん。


 それにこの種族は比較的新しい人種で、幼形成熟の特徴が見られる。この種族の成人年齢は二十歳とすこし遅いが、その年でも見た目小◯生の者は少なくない。簡単に言うと成長が遅いので合法ロリと合法ショタが多数いるということだ。そのうえ老化がほとんど見られないうちに寿命を迎えるため、いつまでも若々しい。なんなんだよほんと。

 寿命は他の種族よりもすこし長い。見た目の老化はほとんどないが、年齢にともなって生殖機能は低下するそうだ。まあ寿命が長い分出産適齢期もすこし長く子宝に恵まれそうだが、妊娠率は低めだ。


 高等学舎に通っていたときにこれらを学んだが、種族的な劣等感よりもただただ耳長族と結婚したいという願望が湧くだけだったのを覚えている。だってほら……ねえ?


 そんな世界観の説明的なことを考えているうちに目の前まで彼らが来た。耳の長い男はイケメンで他の男たちほど身長が高い。成長が遅くて同じ程度の見た目年齢なのか、それとも普通に彼らよりも歳を食っているのかは判別できない。


「奥まで探すか?」


 笑いながらひとりの男が言った。


「いや」


 その言葉に、リーダー格らしき男が答える。周りよやつらより一回り体が大きい。そして袖がちぎられたダサい服を着ている。「ふっ」と鼻から笑いが漏れた。とても小さな音なので聞こえてはいないと思う。


「そこにいんだろ!?」


 袖のない男がこちらに汚い笑みを浮かべながら腕を振り上げる。俺の鼻息が聞こえたのか。それとも初めから気づいていて油断したところを殴るつもりだったのか。なんとなくだが後者なんじゃないか。


「いねえよバーカ。上だ」


「なに!?」


 全員が上を見る。バカかよ。俺はそのまま路地から抜けるように走った。耳の長い男とすれ違う。背後から斜めに差す灯りに彼の照らされていた。目があう。数秒か、それとも一秒にも満たない時間見つめ合う。俺は視線切って前方へ走った。


「逃げたぞ!」


 後ろで誰かが叫んだ。眠りについている人もおおくいるだろうからすこしは抑えていいんじゃないか。それとも他人を気遣う心なんて持ってないから善良から外れたのか。まあ俺も似たようなもんだ。


「舐めやがって」


 先に舐めてきたのはおまえらの方だろうが。大通りから別の路地へと入る。

 駆けながら靴を脱ぎ靴下になる。足音を出したくないのだ。左手に靴を持ちすこしだけ走りづらくなったが構わず街の闇へと駆け込む。いくつもの辻を折れた。街並みはぐるぐると変わっていく。徐々にだが俺のあとを追う足音が聞こえなくなってきた。俺を見失ったのだと願いたい。


 なんとなく覚えている方角へ全く別の道から行く。彼らと遭遇せず、かつ拠点にしていた公園へ戻れたらいいんだが……難しいか。不安な気持ちを抱えつつ、かなりの時間歩を進めていると見覚えのある看板が見えた。運良く先ほどきたスーパーへ来たらしい。公園からここまで来た道をなぞって戻ろう。物陰に隠れながら慎重に進む。


「やっと帰った……」


 疲れが溜まっている。すぐに寝よう。長椅子の裏にまわってそれに背中を預けるようにしてすわる。運動した後なので足早に眠気が襲ってきた。意識はすぐに沈んでいった。




「えほっ……!」


 思いきり腹を蹴られた。一度や二度ではない。何人もの足が俺の体を襲っている。まいたはずの非行少年たちが俺のねぐらにつどい、眠っていた俺に対し集団暴行に及んでいた。救いようのないクソ共である。

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