聖魔殿堂 3(衝撃)
小屋の中央で、囲炉裏の炎が揺れている。
細い枝が何本もくべられ、ぱちぱちと音をたてている。
ぱきん、と枝が弾け、空気を震わせる。
囲炉裏を前にして、干からびた子供が坐していた。
炎の明かりが、半眼の右眼に映っている。
子供の眼のように澄んだ眼であった。星々を散りばめた宇宙のようにも見える。
星の光と、宇宙の深淵が、重なり合っているような眼だ。
ぎぃと屋根が軋んだ。
ふいに小屋が揺れた。
がたがたと壁が鳴る。
風が通ったらしい。通り過ぎて行った風が、遠くで樹々を揺らす。
その音が遠ざかっていく。
やがて静寂が訪れる。何の音もしない。本来なら鳴くであろう虫も声を潜めている。
ナム・ヤーマぁぁぁ――
小屋の外で声が響く。
残響か何かのように。
それきり何も聴こえない。
干からびた子供は、神々よりも深い眼を天井に向けた。
いやおそらくは、天井よりも遥か高みに視線を向けた。
宇宙の深淵よりも深い眼を細め、口を開く。
「殿堂が動いたか」
闇の中に黄金の光が迸る。
無数の石の礫と石のナイフが腕輪の光に弾かれて進路を変える。
横殴りから鋭角に上昇し、次の瞬間、雹のように垂直に落下する。
ヴォルドルーンは平然と貌を上げた。両腕は身体の横に垂らしている。
石の礫と石のナイフが光の壁に当たって砕け散った。
渦を巻く粉塵の中で、腕輪が黄金の光を放っている。
その姿を、水晶玉のような眼でチャナが見ている。
胸と腹を地面につけ、首だけを長く伸ばしている。
その首が、ふい、と動いた。
巨大な岩の塊が宙に浮いていた。
ヴォルドルーンの頭上。岩の上には男が立っている。
チャナの腰が浮いた。
「動くな」
ヴォルドルーンの眼が、強烈な光を放っている。
チャナは動きを止めた。
その瞬間、岩の塊が落ちた。衝撃で、周囲の地面が天に向かって盛り上がった。石畳が弾け飛び、地中深くにあった岩が壁のように突き出してくる。
口を開けて、チャナは腰を上げた。
岩の壁に駆け寄る。中は見えない。四本爪の前肢で岩を叩いた。
パニックになった獣のようだ。
チャナは気づいていない。
地中深くの岩を地上に突き上げるほどの衝撃波が、外側には一切洩れなかったことを。
すぐ近くで見ていたチャナに、微風すら届かせなかったことを。
その意味するところを。
「『封印』の力か――」
落下地点に立ち、男は口許を歪めた。
岩に囲まれた空間に、金色の光が満ちている。
その光が、爆発的に広がるはずの衝撃波を、壁の内側に封じ込めた。
そこに、どれほどの力が作用したか――導師である男だけは理解する。
これが、最高導師の『封印』の力か――と思う。
しかし、『封印』はあくまでも『封印』でしかない。その力を引き出し、利用しているのは、ヴォルドルーンだ。
まさか、こんなことができるとは。
「だが。攻撃には使えないはず」
ああ。『封印』は使わない。
ヴォルドルーンの声が響いた。その姿は光に同化してよく見えない。
男は蟷螂のような眼を見開いた。光の中からヴォルドルーンの手が伸びてくる。
「馬鹿が。場所がわかれば――」
ふ、と光が消えた。
完全な闇だ。眼が反応しきれない。衝撃が顎に炸裂した。意識が朦朧とする。左手にざらりとした感触。地面だった。倒されたことさえ気づかなかった。
ヴォルドルーンの貌が近づく。両眼が強烈な光を放っている。ずっと閉じていた左眼が開いている。この時のために闇に慣らしていたのだ――と悟ったが、脳を揺らされた身体はまともに動こうとしない。単純な手だが、単純な手だけに有効だった。
回復するまで数瞬足らず。だが、止めを刺すには充分な時間だ。
右腕を引いたヴォルドルーンが迫る。
その頬が、ぴく、と動いた。
ヴォルドルーンの動きが止まった。ほんの一瞬の停止だったが。
男は右腕を振った。
ヴォルドルーンが弾け飛ぶ。突き出していた岩に背中から激突し、その岩を砕いて、さらに飛ばされ、地面に叩きつけられた。
「が、は――」
ヴォルドルーンの口から鮮血が吐き出された。
「何に気を取られたか知らんが――」
男の周囲で、石のナイフが宙に浮かんだ。
「千載一遇の機会を逸したな」
男が手を上げる。
ぃぃぃぃん、と空気が震えた。
ヴォルドルーンは貌を上げた。
ご、と空気が鳴った。




