聖魔殿堂 2(封印)
聖魔殿堂――
知識の求道者達である。その知識欲は光と闇にこだわらない。神の真理も、魔の叡智も等しく求道する。ゆえに、聖と魔の名が冠されたが、自らは殿堂と名乗る。
知識を広めず、秘密主義を貫くが、時に人道と称して、わずかばかりの知識を開示する。
そのわずかばかりの、おそらくは、殿堂が集めたであろう知識の、塵にも等しいひとかけらでもって、彼らは導師と呼ばれる。
ヴォルドルーンでさえ、敬語を使った。
何の真似です?――と。
「ズァイン――」
ぞわり、とするような声で男が言った。
ヴォルドルーンは無言で男を見据えた。
「貌色ひとつ変えないか。大した自制心だが。きさまが『それ』であるのは、その『封印』を見れば明らかだぞ」
男は黄金の腕輪を指差した。
「十八年前、ナム・ヤーマが連れてきた赤子にも、同じような腕輪が嵌められていた」
額に傷のある赤子であったな、と男が言う。
ヴォルドルーンは何も言わなかった。
「――この腕輪はズァインを封じる『封印』なり」
ナム・ヤーマの言葉だ――と男が続ける。
「――これがある限り、この赤子は人としての生を全うする。だから殺す必要は無い、と言っていたが、逆に滅却を命じられ、ナム・ヤーマはその場で赤子を殺害した」
「……」
ヴォルドルーンは眉ひとつ動かさなかった。
「だが、それは虚構であった。全ての導師に赤子の死体を見せながら、崩れていく肉片を見せつけながら、その実、その腕に、赤子を抱いていたのだ」
男の眼がヴォルドルーンを見る。
「結果、きさまはそこまで成長した。ズァインの血肉をそこまで肥大化させた。何の真似だ、と問うたな。殿堂は危険因子の存在を認めない。虚構は解かれ、きさまの存在はあばかれた。細胞の、かけらひとつ残さず滅却するのが殿堂の意志と知れ」
「ならば訊こう」
ヴォルドルーンは言った。
その声に、動揺の響きはかけらも無い。
「何だ?」
「なぜチャナを狙った」
最初の攻撃は、チャナに対してされたのだ。ヴォルドルーンにではなく。
それこそ、何の真似だ――だ。
「女は種を宿すのでな」
口を、笑いの形に開けて男は言った。
「可能性は潰しておいた方がよいであろう?」
「チャナ。下がっていろ」
左腕でチャナの背中を抱いていたが、軽く身体から離した。
「……穴があいた」
チャナが口を開いた。
「――あな?」
チャナがスカートを持ち上げる。そこに石礫が貫通した痕があった。
「穴があいた。穴があいた。穴があいた――」
三つ編みが揺れた。
「待て。変身するな――」
布の裂ける音が響いた。
細長い首を鳥のように曲げて、チャナが背中を見やる。
背中から尾の付け根まで、それまで着ていた服が裂けていた。
頭に生えた幾つもの角が激しく動いた。水晶玉のような眼が男に向く。
四肢が地面を蹴った。しなやかに伸びる白い身体。
男の前で、チャナは身体をひねった。男に背中を向ける。遠心力を得た長い尾が鞭のように男を襲う。男の身体を水平に薙いだ。音はしない。残像だった。
水晶玉のような眼に男の手が映る。
ぱあん、と破裂するような音が響いた。ぶつかり合った力が弾け、無数の鎌鼬を生んだ。空気が裂け、地面に小さな亀裂が幾つも走る。
チャナが閉じていた眼を開いた。その眼の前で、男の手を受け止めたのは、ヴォルドルーンの手だった。黄金の腕輪が光を放っている。
「狙いはおれのはずだ」
右眼を細め、ヴォルドルーンは言った。左眼は閉じたままだ。
男が、口だけで笑う。
「女も、と言ったであろう。――が、これは女か?」
男の眼がチャナを見下ろす。
「これなら、あの女の方が可能性が高いか」
「あの女?」
「子供の母親に執心していたであろう?」
「……下衆の勘繰りだな」
「そうか? 初めて表情が動いたぞ。念のためあれも始末しておく――」
ひゅ、と腕を振ると、男の身体が離れた。
ムササビのように舞い、着地すると同時に、男の周囲で石畳が宙に浮いた。
蟷螂のような眼が、剃刀のように尖った光を放っている。
石畳が砕け、鋭利な石のナイフと化した。
ぃぃぃぃぃん――と音をたて、ヴォルドルーンに迫る。
黄金の腕輪が光を放ち、光に触れたナイフが弾かれたように跳ね返った。
ヴォルドルーンの身体にはひとつとして到達しない。
だが、男は嘲笑した。
「なるほど。防御にしか使えんと見える。ならば――」
細長い指でヴォルドルーンを指した。
「その『封印』ごと滅却してくれよう」
ヴォルドルーンは右腕を前に差し出した。
光を帯びた腕輪が、細い稲妻を吐き出している。
「聖魔殿堂最高導師の『封印』――」
黄金の髪が揺れる。金色の眼を光らせて、ヴォルドルーンは口を開いた。
破れるものなら破ってみるがいい。




