審判の時の詩 中編
ジェスクとリュアルを伴い、リュースは誂られた部屋に入った。
急遽作られた部屋には、女性らしい、可愛らしい家具が揃っていた。薄緑で統一されたと思われる部屋の中は、揺らめく小さな灯の為、色が不確かであった。
リュースが寝台に横になったのを確認し、半月の光が竪琴に掛る様、ジェスクは窓辺に座った。
彼の持つ竪琴は、正真正銘、光の竪琴。その力は月明かりも、音に纏わせる事が出来る。
昼間は太陽の光を纏い、夜は月の光を纏う音…それをジェスクは、奏で出した。詠うのは、闇の女神の詩。安らぎと安息を与える、眠りの詩だった。
闇よ 静かなる闇よ
その腕に我等を 誘い
その腕で我等に 一時の安らぎを与えん
闇の腕は 我等の安らぎ
傷付き 疲れ 嘆き 苦しみ 悲しみ
其の全てを その腕で包み 癒しておくれ
生きとし生ける者よ
我の腕で 其の身を休め
我の腕は 安らぎのもの
全ての苦しみ 悲しみを 癒すもの
だから 我の腕で安息を
生きとし生ける者に 安息あれ
闇の竪琴であれば、絶対的な力を持つ詩だったが、如何せん、ジェスクの持つ竪琴は、光の竪琴。だからこそ、月の光の力が必用だった。
月の光を纏い、奏でられる音は、ジェスクの声を一層、優しい物にする。心に染み入る様な、優しい響きの声…闇の女神には敵わないが、それなりの効果を持つ声。
この詩が神の眠りをも誘える事は、空の神で実証済みだった。
只、実験の後、かの神・クリフラールから、最長の説教を喰らったのは、言うまでもなかったが……。
詠い終り、暫くすると、リュースの寝息が聞こえて来た。それを確認し、リュアルと無言の挨拶を交わしたジェスクは、部屋から出て行く。
そして、月明かりに照らされた、廊下を外へと移動する。リュースの様に、力を消耗し切っていないジェスクは、眠りを必要としない。
故に、誰もいない外で頭を冷やし、整理したかったのだ。自分に芽生えた想い、アークリダやクリフラール、フェーニスに対する想いとは、全く別の物。
リュースへの恋愛感情を持て余し、ゆっくりと一人で、考える時間が欲しかったのだ。
風に靡く草叢に腰を下ろし、自らの腕の中に頭を埋めた。声が漏れないよう、小結界を張り、そこで考えを巡らせて行く。
だが、脳裏に浮かぶのは、リュースの姿だった。微笑み、怒り、涙を流す彼女の面影が、浮かんでは消え、ジェスクの考えを纏めさせなかった。
駄目だ…と思った瞬間、見知った気配がした。光の気配…光の精霊の気配が、ジェスクに近付いて来る。
その気配は結界を抜け、ジェスクの前で止まり、跪いた。
「御迎えに参りました。…ジェスク様。」
精霊の纏う服は、白地の騎士服…外套と服の裾には、太陽と月の装飾があり、その腰には、白地で金糸と銀糸に飾られた精霊剣がある。
決して華美ではない、その剣には、金色の輝石が填まっていた。銀色の長い髪を、後ろで一つに纏めた頭を下げ、蛍の光の様な色の瞳は、閉じられ、ジェスクの言葉を待っている。
「ルシェか…早かったな。御苦労だった。」
掛けられた声に顔を上げ、精霊は自分の主を見た。纏う気は人間その物、だが、その手にある竪琴と、腰にある剣は主の物。
良くぞ、ここまで化けたと感心した精霊は、主に向かって、悪態を吐き始める。
「全く、貴方って御方は、無茶をするにも程があります。
人間の気を纏って、偽物まで用意して此処に降り、人間の世界を見て回るとは…アークリダ様も呆れていましたよ。然も、重大な事が起こっている時に何を遣っているのかと、クリフラール様にも叱られました。
御蔭で此方は、総動員で、探す羽目になりましたよ。」
「済まなかった、皆にもそう伝えてくれ。」
神として向き合い、対応するジェスクと光の精霊騎士。
主の言葉に、溜息を吐き、
「ジェスク様。それは御自分で、御伝え下さい。
それより…、周りが騒がしいようですね。何か、御遣りになりましたか?」
「…王宮の騎士達を相手に少し…。
それと、大地を育みし者を攫い、罪なき吟遊詩人を虐殺した王を、葬った。」
「成程、そういう事ですか…
リュース様をかどわかし、我が神の命を狙った者を葬ったのですか…。
その報復とは、愚かですね…。」
結界の中で語り合う二人に、近寄る者がいた。その気配に気が付き、精霊騎士とジェスクは振り向いた。
そこには、リュースに仕える精霊騎士・リュナンがいた。彼等を同じく、周りの騒がしさに気付き、警戒をしていた処だった。
ジェスクの傍に見知らぬ人影を見つけ、彼等の会話を聞こうとしていた様だったが、音を消す結界を張られていた為、更に近寄ったらしい。
リュナンの姿を確認したジェスクは、即座に結界を解き、声を掛ける。
「リュナン殿、如何かしました?」
あくまでも、吟遊詩人として相手をする主に、光の精霊騎士は立ち上り、無言のまま様子を窺っていた。
急に話し掛けられて、驚いたリュナンは、言葉に詰まりながらジェスクに尋ねる。
「ジェス…あの…えっと、そこにいるのは、光の精霊だよな?」
「そうですよ。私は光の精霊、この方を主としています。
それが何か、問題でもありますか?」
「…あ…いや、特に問題はない…。」
主に合わせて対応する光の精霊騎士は、しれっとして質問を返して来た。精霊剣士が、人間を主とするのは珍しく無い。
神殿育ちの人間なら、尚更、主になる可能性は高い。だが…目の前の精霊剣士は、只者では無いと、リュナンは感じた。
細身であるが、無駄な筋肉が付いていないだけの、剣士らしい体、そして一寸の隙もない様子…どれを取っても手練れとしか、言いようの無い精霊剣士だった。
その剣士に、主と呼ばせる件の吟遊詩人を見つめ、考えを巡らせる。
只の吟遊詩人では無く、剣士を兼ねた者なのかもしれない。何故なら彼の腰には、先程振るっていた剣が、未だ存在を主張しているのだ。
リュナンが彼是と思案をしている内に、騒ぎの元が、こちらへ近付いて来た。その気配を感じたリュナンは、警戒を強め、周りにいる大地の騎士達に指示を出す。
「リュース様が、お休みになっている。
誰一人として、その休息の邪魔をさせるな!」
彼の叫びに、あちこちから同意の声が上がり、士気が一気に膨れ上がる。その様子を、ジェスクと光の精霊騎士は見つめ、辺りの気配を探る。
大地の精霊やここの剣士の気配より、王宮からの人間の気配の方が明らかに多い。…如何に彼等精霊が手練れでも、大地の力に抵抗がある王宮の手の者には、苦戦を強いられる。
この考えに至ったジェスクは、リュナンに声を掛ける。
「この騒ぎの原因は、私です。私を差し出せば、済む事では無いのですか?」
言われた言葉にリュナンは、怒りを含んだ声で、叫んだ。
「ジェスの所為ではない!我等の力不足と、あの王の謀反の結果だ。
神を貶める輩など、あってはならない。王宮の手の者は、神を冒涜している!」
彼の叫びで、ジェスクは動いた。今までの優しい眼差しが厳しい物へと変わり、自分に仕えている精霊騎士へ命を下す。
「ルシナリス、これから大地の騎士達と共に、かの者達を迎え撃つ。
ジェリリアム、ルレア、皆の者、この場所を護る為に、我の許へ集え!」
力強い声がジェスから上がり、控えていた精霊騎士・ルシナリスは跪き、深々と頭を垂れる。
「我が主の命、確と受け賜りました。我等、光の精霊騎士一同、この大地の神の住まう地を、大地の騎士達と共に護る任務へ就きます。」
ルシナリスの言葉を受け、ジェスクに呼ばれて集まった光の精霊騎士達も、その場に跪き、頭を垂れて同意した。
そして、この地を囲む様に迫ってくる敵を、迎え撃つ為に散らばって行った。
この場に残ったのは、ジェスクとルシナリス、リュナンだけだった。
リュナンは、眼の前で起こった事に唖然となっていた。神殿育ちの吟遊詩人…それがとんでもない御仁だと、判ってしまったのだ。
纏う気は人間、だか、それは偽り…光の精霊剣士ならいざ知らず、光の精霊騎士達を従える者等、一人しかいない。
然も持っている物は、剣と竪琴…本物の光の剣と光の竪琴であるのなら、尚更、一人しか浮かばない…。
「本…物の…ジェスク…様?
…あああ、数々の無礼の程、申し訳ありませんでした。」
一際大きな声で謝罪され、ジェスクは苦笑した。ルシナリスは…と言うと、リュナンを叱咤し始める。
「戦の最中に大声とは、何事です。
…リュース様を護る為、我等が張った結界の中だったから良かったものの、敵に聞こえたら、如何する心算だったのですか?」
溜息を吐きながら言われ、リュナンは、大きな体を小さくして済まないと謝った。
まあ、それ程事実が、驚愕の物だったのだ。
そんなリュナンの姿を見たジェスクは、笑いながら話し掛けた。
「リュナン、私は気にしない。現に、私が人間として擬態していたのだし、判らない様に行動もしていたのだからな。だが、あの愚か者達のお蔭で、そうも行かなくなった。神を冒涜している輩には、それ相当の報復が必要。
…人間の吟遊詩人に擬態した我を、葬ろうとした罪と、他の吟遊詩人を葬った罪も、共に購って貰う。」
慈悲の光が無くなり、冷たい制裁者の瞳と口調に変った、ジェスクの言葉に、ルシナリスは元より、リュナンも頷いた。




