審判の時の詩 後篇
その頃、迫りくる王宮の追手を迎え撃とうと、ファン・ルー達大地の騎士が、住居の周りに待機していた。
そこへ新たな気配が現れ、彼等は驚いた。追手の気配とは違う、精霊の気配…。
後ろを振り向くと、銀髪の剣士が数名、彼等に近付いて来る。
「大地の騎士の方々と、御見受けします。
私達は光の精霊騎士、我が主の命により、加勢致します。」
彼等の服装と持っている精霊剣で、その言葉が嘘で無い事を、ファン・ルーは悟った。
「有難く、承ります。…処で、我が主と申されましたが、如何して、その御方…光の神が、この事態を御知りで?」
「その質問は奴らを制した後で、我が主に御聞き下さい。
私の名は、ジェリリアムです。」
「ジェリリアム殿、私はファン・ルーです。」
簡単に挨拶を交わした騎士達は、追手を迎え撃つ為、敵が来る方向へと向き直った。
「動けなくさせるだけで良い、命を奪う事は、リュース様が望まない。」
「我が主も望みません。彼等の罪の制裁は、七神直々にされます。
殺さず、生きた状態で捕えなさい!四肢が欠けても、構いません。」
命を奪うなと言う両名に、周りの騎士は頷く。…だが、何となく光の精霊騎士の言い草が、辛辣で容赦無い様に感じた。
まあ、自分達の主の命を狙った者に、慈悲や容赦が無くなるのは当然だった。
様々な場所で、同じ様な合流が行われ、王宮からの追手を迎え撃って行く。
その様子をジェスクは、陣営の中心で、リュナンとルシナリスと共に見つめている。
この騒動に、眠っていられなかったのだろう、ラムゼ神官が、彼等の前に現れた。そして、ジェスクの傍らにいるリュナンへ、声を掛けた。
「リュナン様…奴等が来たのですか?」
「はい、今、光の精霊騎士達と共に、迎え撃っている所です。
神官殿、我等は、必ずリュース様を護ってみます。」
リュナンの言葉に、ラムゼ神官はジェスクを見た。吟遊詩人とは違う、表情…剣を扱う者のそれが、彼の顔に浮かんでいる。
戦場を厳しく見つめる彼へラムゼは、両膝を折り、両手を胸で交差し、一礼をした。唯一の神に仕える神官が、他の神へ対する敬礼をしながら、話し掛けたのだ。
「誠、御手を煩わせて、申し訳ありません。あの愚か者達の所業…御怒りでしょうが、如何か、都の者には御慈悲を…。…ジェスク様、如何か…。」
「判っている。リューシリア・ルシアラム・ラムゼ、そなたの願い、聞き届けた。
都の者達は、王宮に上がる我の心配をし、忠告をしてくれた。
無力で、何も行動出来無かった彼等に、罪は無い。罪を購う者は、今、追手として戦っている者と、未だ王に執着している者のみ。」
リュースの神官に向き直り、その言葉に慈悲の微笑を添えて、返答をするジェスク…。ラムゼは、その微笑で安心をし、立ち上がった。
辺りは戦の状況を伝えていたが、大地の騎士が押されている様子は無かった。
光の精霊騎士という、戦の手練れであり、大地の力を無効にする力に、対抗出来る者達であった為だ。
この時間に攻めてくるという事は、闇の力が何かしら関係している。それに対抗出来る力は、炎と光のみ。
その光が加勢をしている事が、以前と違う戦いになっていた。リュース神を攫われた戦いと、異なる戦況…それは、相手方に大いなる動揺を齎していた。
次々と怪我を負っては、動きを封じられ、地に伏す追手の騎士達に対し、相手の騎士は無傷、然も力は依然として衰えない。
人間と精霊では、剣の腕前が違い過ぎる為、彼等はある力を借り、その力を削いでいた。だが、今はそれも出来無い。
その力は光の精霊の力で消され、これを上回る力で、彼等を蹂躙していた。
これに加えて、大地の騎士は光の精霊から、光の精霊は月明かりと自らの主から、その戦う力を受け取っていて、更に勢いを増している。
粗方片付き、後は将たる者を捕えるのみとなったが、その将たる者が尋常で無かった。
体格はリュナンと同じ位で、短髪の黒い髪に、黒く鋭い光を持つ瞳、肌は日焼けしたような色で、厳つい顔を黒い髭が覆っていた。
上品とは言い難い男だったが、威厳に満ちている。
然も黒い鎧姿で纏う気は、人間の物と闇の物。欲望に塗れたその気は、禍々しい程に悪質な物だった。
「大地の精霊だけでなく、光の精霊もいるのか…全く、邪魔な者達だ。」
一人ごちて、件の男は、重い腰を上げた。目の前の邪魔者を排除する為に………。
戦況を見ていたジェスクは、相手方の将たる者の異様さに気付いた。
覚えのある、邪な気配……それが自分の配下である精霊を、大地の神に従う者を傷つけようとしている。
「ルシナリス、リュナン、後は任せた。」
「ジェスク様…若しや、相手方の将たる者は…。」
ルシナリスも気付いたらしく、怪訝そうに主に確認をしている。無言で頷くジェスクに、光の精霊騎士は深々と頭を垂れた。
「行ってらっしゃいませ、我が神よ。御武運を。」
そう言って、送り出されたジェスクは、一瞬の内に、敵の将たる者のいる場所へと飛んだ。
ゆっくりと彼等の前に姿を現す、敵の将たる男。邪気を撒き散らしながら、近付く彼等に、大地の騎士は怯んだ。
初めて見る邪悪なるモノに、本能的な恐怖を覚えたのだ。
だが、光の精霊は違った。彼等のとって邪悪に染まった者、操られた者は、敵でしかない。
他の大地の騎士を護る様に、彼等はその男へと、剣を向ける。
「…光の精霊か…無駄な事を…。」
そう言って、彼等に剣を向け、その命を奪おうとした…が、阻まれた。彼等の間に居たのは、あの吟遊詩人だった。
一瞬にして彼等の間に現れ、その手には銀色に輝く刀身の長剣を持ち、精霊達へ向かって振り下ろされた剣を、受け止めている。
ジェスクの姿を見た敵の将軍は、微笑んだ。
「…やっと、お出ましか。我が王を葬り、我が野望を砕こうとする吟遊詩人よ。
…その命も、此処までだがな。」
「それは如何かな?邪悪なる心の闇に落ちし、人間よ。
如何やら、そなたを捕まえる事は、断念した方が良さそうだ。」
交わされた言葉に、敵の将軍は高笑いを始める。人間の、たかが、神殿で育っただけの吟遊詩人に、何が出来ると嘲笑う。
それに対してジェスクは、不敵な笑いを浮かべた。
『愚か為りし者よ。我の剣で、無に帰せ。』
彼の言葉・言霊に応じて、剣の刀身がその光を増す。夜の為、銀色の光が刀身を包み、満月が降り立ったような錯覚を受ける。
大地の騎士はその変化に驚き、光の精霊騎士は、主の粛清の時が来た事を悟る。
相手は、ジェスクの持つ剣の変化に驚いていた。只の剣と思っていた物が、月の輝きを持つ物となった…まさかと、彼は思った。
それが口に出ていたようだ。
「ま…さか…光の…剣…。」
相手の言葉に、ジェスクの微笑が、一層深くなる。人間が自らの心で生み出した、邪悪なる闇に落ちた者を葬れる、神々の剣。
その内の一振りが、光の神が創りし剣…光の剣。ジェスクの持つ剣だった。
驚愕に満ちた顔を引き締めた相手は、無謀にもジェスクに襲い掛かる。
「本物の光の剣だろうと、我の命を奪えはせぬ。
我に勝利、あり!!!」
そう叫んで切り掛るが、剣の腕前は、ジェスクの方が遥かに上だった。流れる様に相手の剣を受け止め、弾き、そして、その胸へと剣を食い込ませる。
血は流れなかった。その代わりに、相手の体が形を失くし、消え去って行く。
敵の将軍の死に方に、倒れている追手も、大地の騎士も声が出なかった。初めて見る、邪悪なる闇に落ちた者が、死ぬ瞬間…。
そして、それを葬れる力を持つ剣と、この剣を扱う目の前の吟遊詩人…いや、剣士に、視線が集まる。
夜目でも判る、金髪で青い目…人間の気配を持ち、精霊騎士を従える…。矛盾する存在に、彼等は何も言えなかった。
視線が集まった事に、気付いたジェスクは、彼等に言葉を掛けた。
「追手は全て、排除した。其処に倒れている者を、運んで手当を。
ルレア、この事を、ラールとリダに報告してくれ。」
「承知しました。我が主。」
サクサクと、指示を出すジェスクに、辺りの大地の騎士も我に返り、慌ただしく動き出す。ジェスクはそれを確認すると、ルシナリスとリュナンがいる場所へと戻った。
翌日、都では、月が神殿跡に降りたと、噂になった。王宮の近衛騎士が怪我をし、王が命を落とした事も噂になっていたが、神々の神罰が下ったと、人々は口々に言っていた。
もう、彼等を咎める者も、虐げる者もいなくなった。
都が、色々な噂で持ち切りになっていた事を、ジェスク達が知るのは、もう少し後の事になる。




