第三十二話 月曜の歌
それは、完成した瞬間から“記憶”として存在し始めた。
音ではない。
旋律でもない。
ただ、世界のどこかに最初からあったはずの「基準」だった。
悠真が名付けた瞬間、その“最初の音”は歌へと変わった。
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空間がひび割れる。
ポン、という単音の繰り返しは消え、代わりに流れ始めたのは――
月曜の歌。
どこか懐かしく、しかし誰も聞いたことがない旋律。
朝の光のようでいて、夜の底のようでもある。
その矛盾が、現実そのものを揺らしていた。
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真琴は膝をつく。
「これが……歌……?」
しかしそれは質問ではなく、崩れ落ちるような確認だった。
音は耳ではなく、思考に直接入り込んでくる。
意味を持つ前の感情だけを呼び起こす。
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美紗はその場に座り込んでいた。
身体はもう半分以上、透明になっている。
それでも目はまっすぐ悠真を見ていた。
「……間に合わなかった。」
「でも、間違いじゃない。」
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悠真はその言葉を聞いても理解できない。
「俺は何をした。」
美紗はゆっくり首を振る。
「名前を与えた。」
「それは、世界に“入口”を作ること。」
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その瞬間、遠くで御歌殿が大きく震えた。
ドン……。
ドン……。
今度は叩く音ではない。
内側から“呼吸する音”だった。
封印は壊れていない。
しかし、繋がってしまった。
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真琴が叫ぶ。
「繋げたんですか……地下と、ここを!」
悠真は答えられない。
その代わり、視界の端で異変が起きる。
黒い空間の裂け目が、光の中に現れ始めていた。
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そこから、音が流れ込んでくる。
地下坑道の歌。
声の墓の悲鳴。
御歌殿の鈴の音。
すべてが“月曜の歌”に混ざり始める。
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美紗が小さく呟く。
「これで……繋がった。」
「もう、分けられない。」
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悠真は初めて気づく。
これは封印の解除ではない。
解放でもない。
統合だ。
すべての“音”が一つに戻ろうとしている。
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そのときだった。
歌の中に、別の声が混じる。
聞き覚えのある声。
榊 恒一。
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> 「……やっと、聞こえたな。」
真琴が顔を上げる。
「兄さん……?」
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声は続く。
> 「月曜の歌は、完成すると世界を開く。」
> 「封印じゃない。扉でもない。」
> 「“戻すための再起動”だ。」
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悠真の背筋が冷える。
「戻す……?」
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美紗が静かに言う。
「最初に、戻す。」
「音がまだ意味を持っていなかった頃へ。」
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その瞬間、歌が一段階深くなる。
世界がゆっくりと“薄く”なり始める。
境界が消える。
現実と音の区別が曖昧になる。
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真琴が震える声で言う。
「じゃあ……私たちは?」
美紗は答えない。
ただ、微笑む。
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悠真は気づく。
“名前を与えた”ということは、
この歌の中に自分が組み込まれたということだ。
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御歌殿の震えが止まる。
代わりに、すべての空間から同じ歌が響き始める。
月曜の歌。
それはもう“場所”ではない。
世界そのものだった。
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美紗の姿が完全に消えかける直前、最後に一言だけ残す。
「ありがとう。」
「これで、やっと終われる。」
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そして――
すべての音が一つになった瞬間。
世界は“月曜”に塗り替えられた。
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――第三十三話「再生」へ続く。




