第一話 再生数の向こう側
夜の部屋は、パソコンのモニターだけが青白く光っていた。
「……またか。」
相沢悠真は、動画投稿サイトの管理画面を見つめたまま、小さく息をついた。
最新動画の再生数は一万二千回。
半年前なら十万回は当たり前だった数字だ。コメント欄には「最近ネタ切れ?」「昔の方が怖かった」「作り物っぽい」といった言葉が並び、チャンネル登録者数も少しずつ減り続けている。
悠真は二十九歳。
全国の心霊スポットや廃墟を巡るオカルト系配信者として人気を集めていた。しかし心霊ブームは落ち着き、視聴者はより刺激的な動画を求めるようになっていた。
「本物が撮れないなら終わりか……。」
机の上には、使い込まれたビデオカメラとワイヤレスマイクが置かれている。
数年前、この機材で撮影した廃病院の動画は百万回以上再生された。
だが最近は、何を撮っても伸びない。
悠真はコーヒーを飲み干し、スマートフォンを手に取った。
通知は少ない。
その中に、一件だけ見慣れないダイレクトメッセージが届いていた。
送り主の名前は「月曜」。
プロフィール画像は真っ黒。
投稿は一つもない。
「……なんだこれ。」
メッセージを開く。
そこには、たった一文だけ書かれていた。
> 白鳴隧道へ行ってください。日曜の23時です。歌が聞こえます。
悠真は思わず笑った。
「また都市伝説か。」
だが、その下には一枚の写真が添付されていた。
山の中にぽつんと口を開ける、古びたコンクリートのトンネル。
入口には錆びたフェンス。
その奥は、懐中電灯でも照らし切れないほど深い闇だった。
写真を拡大すると、フェンスには赤いスプレーで何か書かれている。
『聞くな』
その二文字だけが、やけに鮮明だった。
悠真は検索窓に「白鳴隧道」と入力する。
検索結果は少ない。
地図にもほとんど情報はなく、古い道路台帳に名前が残る程度だった。
しかしSNSには、最近になって奇妙な投稿が増えていた。
「日曜の夜、歌が聞こえた。」
「録音したのに音が入ってない。」
「聞いた友達と連絡が取れない。」
どれも証拠はない。
動画を開いても、聞こえるのは風の音だけ。
コメント欄は「釣りだろ」「編集ミス」「怖すぎる」と賛否で埋め尽くされていた。
「録音に残らない歌?」
悠真は眉をひそめる。
オカルト界隈では珍しくない話だ。
だからこそ、少しだけ気になった。
その時だった。
スマートフォンが震えた。
また同じ送り主からだった。
> 歌を最後まで聞かないでください。
悠真は返信を打つ。
「誰ですか?」
送信。
しかし画面には、
『このアカウントは存在しません。』
という表示が現れた。
一瞬で送り主のプロフィールが消えていた。
「……なんだよ、それ。」
部屋の中は静まり返っている。
エアコンの送風音だけが、規則正しく響いていた。
悠真は無意識に耳を澄ませる。
――かすかに。
本当に一瞬だけ。
誰かが鼻歌を歌ったような気がした。
振り返る。
誰もいない。
窓の外にも、人影はない。
気のせいだ。
そう自分に言い聞かせると、スマートフォンを机に置いた。
しかし画面は消える直前、黒いガラスに悠真の顔ではなく、長い黒髪の女が一瞬だけ映ったように見えた。
瞬きをした時には、もう何も映っていなかった。
悠真は小さく首を振り、笑い飛ばす。
「……面白いじゃないか。」
再生数を取り戻すには、これくらい話題の怪談がちょうどいい。
その夜、彼はまだ知らなかった。
白鳴隧道の歌は、「聞いた瞬間」ではなく、「気になった瞬間」から、すでにこちらを見つめ始めていることを。




