あの子との再会
――
「おき……起きろ……起きろよ蓮!」
いつの間に寝たんだろう。そして、この俺を呼ぶ声の主は?えらく聞き覚えのある声だと思い目を開ける。
「あ……ここは?」
「やっと起きたか、次の授業別教室だぞ!」
「教室?ってか……明か?なんか顔若くないか?」
見慣れた親友の顔。つい昨日結婚式を挙げたばかりの立派な大人……なはずの……
「寝ぼけてるのか?ほら、早く準備して行くぞ!」
「……わかった」
とりあえず返事をしながら頭の中を整理する。そういえばさっきまで死んだはずのじーちゃんと話してて、過去のトラウマを解消して来いとかなんとか……
「は?ここはホントに俺の過去なのか?」
「なにブツブツ言ってるんだよ!遅れるぞ!」
ようやく状況が理解できてきた。しかし、理解することと受け入れることは違う。
「なぁ明、俺ら今歳いくつだっけ?」
「はぁ?なんで今そんなこと聞くんだよ、俺ら今年で17だろ」
たしかに過去だ。あの頃毎日見ていた教室の風景、休み時間のやや騒がしい校内の雰囲気、間違いなく学生時代に来たんだ。
「ホントにやるんだな……」
「なんか言ったか?」
「いや、なんでもない行こーぜ」
実際にこの景色を目の当たりにしては、妙に覚悟が決まってしまうものだ。
制服……服装からして季節は夏。つまり、例の事象が起きるまでそんなに時間のない時期だ。
「教室移動がある授業ってことは……あの子と同じ授業ってことか」
「あの子?なんだよ蓮、気になる女の子でもできたのか?」
色々考えすぎてついつい思ったことが口から出ていた。
「そんなんじゃねーよ」
「ホントかー?俺には隠し事しないでちゃーんと言うんだぞー」
コイツのいいところは昔から変わらない。変に詮索してくることも、ズケズケと突っ込んでくることもない。
「はーい、授業始めますよー」
大人の頭なら、当時はちんぷんかんぷんだった授業の内容も少しは理解できるのだろうか。
そんなことを考えながらも、目では例の子を探していた。
「あっ」
――見つけた
おっとりとした雰囲気、大きくも優しそうな目元、飾り気のないショートヘア。
俺がこのとき、密かに意識し見つけては目で追っていた懐かしい顔、『時田茜』の姿がそこにあった。
見つけてしまっては大人の頭であることなど関係なく、授業など頭に入ってくるはずもなく。ノートはほぼ真っ白のまま、約1時間の授業を終えた。
「一宮君♪なーんか今日ぼーっとしてなかったー?」
高く透き通るような、それでいて落ち着いた声が耳に届く。
「と、時田さん、えーっと、今日なんか眠くてさ……」
とっさに応える俺。当時の俺は相手が気になる女の子でも特に臆することなく話しをしていた。
それだけに、少しオドオドしたように返答する俺の様子に茜は不思議そうな顔をした。
「なーに?びっくりさせたかな?変なのー」
「ごめん!まだ眠気があるのかな、ちょっと驚いちゃって」
必死に取り繕い会話を続ける。思えばこんなにもふんわりした雰囲気の茜を普段から見ていたからこそ、男子を振る様子にこちらも動揺してしまったのだろう。
「眠いと私に驚いちゃうの?へー面白い」
からかうような笑顔、やっぱり可愛い人だ。たった数秒のやり取りだが、当時の自分の気持ちを再認識するには十分だった。
「じゃあ、自分の教室戻るね」
「はーい、次の授業寝ちゃだめだよー」
もう少し話したい気持ちもあったが、今のトラウマに囚われた俺ではこの程度の会話が精一杯。半分逃げるように俺は戻った。
久しぶりの茜との会話。せっかくの接触なのに上手く話せないもどかしさで、俺は過去に来てもなお気落ちする感覚を味わった。
「ただいまー」
一日を終え普段より少し外壁が綺麗な実家に帰ってきた。学生服で帰宅を告げるのもやはり少し変な感覚だ。
「あら、おかえり。洗濯物出しておいてよね」
母さんも少し若い、そんなことを考えながら自室に戻る。
「はぁ……」
「おい!1日目を無駄にしおったな!」
「わぁ!びっくりした……じーちゃんこっちにも出れるんだな」
そこには再び祖父の姿、今度は不覚にも驚いてしまった。
「そんなことより、なぜ例の彼女やその周辺を探ったりせんかったんじゃ!」
「なんか過去に戻った感覚になれなくて……」
「言っとる場合か?あの日がいつなのか、忘れたわけではあるまい?」
あの日、つまり俺のトラウマの原因となった出来事は一学期の終業式でのこと。そしてそれは俺が戻った今日という日の3日後に迫っていた。
「でも、あの子や告白してた男子の気持ちが変わったりするようなことはできないんだろ?」
「そうじゃ、感情が変化するような行動はNG」
「ならどうやって探れば……」
「まずはなぜお前が彼女が男を振る姿に恐れを抱いたのか、整理せねばならん」
「どういうことだ?」
「例えばじゃが、彼女がいつも通りの雰囲気のまま申し出を断ったのなら、お前はそこまでトラウマに感じたか?」
じーちゃんの問に一瞬考え込む。たしかに、断ったという事実ではなく、強い口調や態度を見せたことに俺はある種の違和感を抱いたんだ。
「いや……、普段通りならただ見てるだけだったと思う」
「じゃろ?だとすれば、なぜ彼女が強い姿勢を見せたのかがわかれば、その恐れも和らぐのではないか?」
「たしかに……」
思いの外合点がいく理屈だ、漠然と探るより明確な目的があったほうがよほどいい。
「となるとまずは相手、男子生徒の素性を探ってみるか」
「そうじゃの、相手方に拒絶の理由があるかも知れんし」
「じゃあ明日から……」
「バカもん!時間がないと言っとろう!」
「わかったよ……たしか部活やってるヤツだったな」
一喝され俺はもう一度制服に袖を通す。学生時代にはほとんど見たことのない部活動時間の学校、それを大人になってから見ることになるとは……
「じーちゃんも行くか?」
「ん?わしはこの部屋以外は出られん」
「そうなのか、じゃあ待っててくれよ」
ひとまず目的はハッキリした、あと3日と時間はないが、できる限り動いてみよう。
夏の夕刻、まだまだ日は高く暑さの和らぐ気配もない時間。俺は再び学校への道を歩き始めた。




