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鬼退治  作者: 黒永竜矢
一章

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20/20

十二、回収当朝

登場人物※新規


清五郎(男)特徴:口入屋の中番頭、丸眼鏡、細い目。 

 具足と着物を丁稚達に預けた佐助と武尊は、井戸東屋で身を清め湯へ向かった。

 湯に浸かった二人は「ああああ……」と魂が抜け出そうな息を吐き出した。


 湯船の縁に背を預け、足を伸ばした二人は、しばしその心地よさに身を委ね、言葉なく湯に浸かっていた。


「あの鬼、早かったな」

 武尊が独り言のように呟いた。

「ああ、早かった。 俺よりでかい奴に速さで負けたのは初めてだ」

 佐助が答えた。


「あいつ硬かったな」

 再び武尊が呟いた。

「ああ、硬かった。 あんなのがいるんだな」

 佐助は湯面から出した右手を見つめたまま、小さく言った。


 天井の溜まった雫が一筋、佐助の右手に落ちた。

 佐助は鬼と戦った時の感触を思い出すように手を握り、開きを繰り返した。


「鬼の首のことだが……」

 武尊は湯面を見つめたまま、屈強な肉体に似つかわしくない小さな声を出した。


「謝ったりなんかするなよ」

 佐助が武尊の言葉を遮った。

「えっ?」

 武尊が驚き佐助の方へ顔を向けた。


「楓にも謝られた」

「そうか」

「ああ、楓にも言ったが俺の腕が未熟だった。 それだけだ」


「じゃあ、俺の腕もまだまだ未熟だったってことだな」

「そうかもな、でもじじいには窘められたが、桜が言ってたように、総事屋が鬼の首を取ることに拘るのが悪い事だとも思わない」

「そう、だな」

「結局のところ、あいつみたいな鬼を相手にして、刀を折らず、刃を毀さず、鬼の首を一撃で切り落とせるくらいになれってことだな」

「だな」



◇◇ ◇


 翌朝、佐助と武尊は母屋にある板敷の大広間で目を覚ました。


 昨晩、成介は空いている番頭部屋の一室を使うよう勧めてくれたが、「わざわざ布団を運ばせるのも申し訳ない」と遠慮して人足達の寝床が用意されていた大広間に二人分の寝床を用意してもらっていた。


 朝夜明けとともに丁稚達に起こされた人足達が無遠慮に床板を踏みつけるので二人共、何事が起こったのかと枕元の太刀と大脇差を握り飛び起きてしまったという顛末だった。


 せっかく起きたのだからと二人は人足達に混じり厨屋で朝餉をとっていた。

 厨屋の開け放たれた縁側から朝の心地よい風が入っている。

 縁側の端では綺麗に拭き上げられた二人の具足が一つ一つ丁寧に並べられて朝日を浴びていた。


 門内では昨日、手代達が用意していた大八車が並べられ出発の時を待っていた。

 更に土蔵の前では新たな大八車が用意され、その横では捲った裾を帯びに挟み露わになった股引に脚絆と言った、出で立ちの成介と、その言を一所懸命に帳面に記す一朗太の姿があった。


「おはようございます」

 成介が厨屋から出て来た佐助と武尊に駆けより挨拶をした。

 二人が挨拶を返すと成介は、朝一番で城下より伝書鳩が飛んで来たことを伝え内容を話した。

 その内容とは、


一、人足の件、口入屋で朝一番で募集かけて最低でも五人は昼までに送る事。

二、人足と言うには心もとないが三人は確保した事。

三、仕切りの番頭を一人送るので成介は進行中の回収に向かう事。

四、護衛の総事屋の手配は試みるが約束は出来ない事。


「そういう訳で、わたくしはこれから北方街道沿いの村に、猪穢れの回収に向かいますので、仕切りの番頭が来るまでお二人は此方で待機していて下さい」


「承知した。 ところで、いよいよ回収初体験かい?」

 そう言った佐助が指さす方には、帳面を見ながら細かく口を動かす一朗太の姿があった。


「本人は早く回収の仕事も覚えたいらしいのですが……」

「連れて行かないのかい?」

「やはり丁稚とはいえ子供ですから回収現場はまだ早いのかなと思いまして」


「ああ、なるほど、場合によっちゃ解体もあるし、鬼や穢れの死体だけって訳でもないからな」

 得心した佐助はこの後、自分達が行く現場には人間の遺体があることを思い出していた。


 そうこう話をしているうちに、出発準備を終えた人足達が門内の大八車の周りに集まり始めた。

「何かあれば(伝書)鳩を飛ばします」

 と一朗太に言いながら成介は大八車の端に置かれた鳥かごを見た。

「はい」

「それでは行って来ます。 代わりの番頭さんが来るまで後のことはお願いしますね」

 そう言って成介は一朗太の肩に軽く手を置いた。

「はい」


 成介を先頭に人足達が操る大八車が、大きく開かれた主門を潜って行くのを丁稚達が「いってらっしゃいませ」と大きい声で見送った。


 

 閉じられた門の内で佐助は一人、権蔵から借り受けた太刀を振っていた。

 振り続けながらこの新しい太刀に違和感を覚えていた。

 今まで使っていた太刀に比べて長さは全くと言ってよいほど変わらない。

 重量は若干増してはいるが、佐助の筋力で扱いきれない程の重量ではない。

 太刀の重心の位置、柄巻(つかまき)の巻き方も当然違うのだが、そのどれもが違和感の正体ではない。 それを探るようにもう半時も太刀を振り続けていた。

 

 違和感の正体が掴めないまま太刀を鞘にしまい汗を拭う佐助の視界に土蔵の中から荷物を運び出す丁稚達の姿が映った。


 あと三年、四年もすれば一人でも運べるであろう樽や木箱を二人がかり、三人がかりで運び出している姿に思わず口元が緩んでしまう。

 丁稚達が懸命に運び出した荷物や道具を一朗太に指示を受けながら武尊が大八車の上へと並べていっている。


「俺にも手伝わせくれ」

 そう言って丁稚達が運んできた樽を佐助がひょいと持ち上げた。


「佐助さんまでやめて下さい! 総事屋の方に荷物運びなんてして頂いたら僕が番頭さんに叱られてしまいます」


「こいつは何処におく?」

 狼狽する一朗太のことなどお構いなしで佐助が尋ねる。

 

「それは、重いので前の方へお願いします」

「この辺でいいか?」

「はい、そこで大丈夫です…… そうではなくて佐助さんも武尊さんも止めてください」


 せっかく持ち上げた荷物を地面に置いておいてくれと言うのも失礼な気がして、置き場所を指示してしまう一朗太を面白がって丁稚達が土蔵から運び出してきた荷物を次々に佐助と武尊へ手渡した。


 その度に狼狽し、指示しながら謝り、謝りながら指示する姿は実に子供らしい愛嬌があった。

 まだ十代の子供なのだから当然だが、普段は何事も卒なくこなし、誰よりも気が利く一朗太だが、この子供らしい慌てぶりに佐助、武尊をはじめ同僚である丁稚達も安心と喜びを感じていた。


 そうこうしているうちに予定の積み込みは半時程で片付いた。


「すみません、結局最後まで佐助さんと武尊さんに手伝って頂いてしまいました」

 一朗太が申し訳なさそうに深々と頭を下げた。


「良いってことだ、どうせ俺達は昼間まですることもないしな」

 そう言いながら武尊は丁稚がいれてくれたお茶を啜ってから言葉を続ける。

「それにお前たちだけだったら昼までに積み込み終わらなかっただろ、 昨日ここで積み込みをしていた手代達はどうしたんだ?」


「ええと、お兄さん達ならまだ寝ていると思います」

「朝一で番頭さんが出発するって時に手代が高いびきかい?」

 

 首を傾げる武尊に一朗太が気まずそうに話しを続ける。

「実はお兄さん達のうち二人は成介さんと一緒に回収に行く予定でして、朝から何回も起こしに伺ったのですが、起きて頂けなくて成介さんが『もう、起こさなくていいです』と仰って今にいたります」


「その時に成介さん無表情だったかい?」

 二人の会話に佐助が混ざった。

「はい、無表情でした」

「そいつは、おっかねぇな。 成介さんの無表情の『もういいです』はそうとう起こっているときだからな」

「はい……」と 一朗太は苦笑いを浮かべた。


「そう言えば、権蔵さんの姿も見えねぇな」

 武尊が母屋の方へ視線を向けた。


「あの爺さんは予定でもない限りは『朝と梅干は大の苦手じゃ』とか言って絶対起きてこねえよ」

 そう言って佐助が両手の平を上へ向けた。

 武尊が呆れたように笑った。



 ガランガラン。

 門前で引かれた紐が敷地内に吊るされた鈴を大きく鳴らした。

 丁稚の一人が「はーい」と返事をしながら門へ駆け寄り脇戸の覗窓を覗くと丸眼鏡をかけた男が門前に立っていた。


 男は丸眼鏡の奥の細い目を更に細くして「おはよー」と軽い調子で挨拶をしながら『口入屋』と浮彫された木札を掲げた。


「清五郎さん、おはようございます。 少々お待ちください」

 そう言って覗窓を閉めて脇戸を開いた。


 脇戸を潜った清五郎は「ごくろうさん、ごくろうさん」と繰り返した後「はい、飴玉あげる」と言って懐から取り出した紙袋を丁稚に差し出した。


 丁稚が礼を言って、袋から飴玉一つ掴み取ると清五郎は満足そうな笑みを浮かべた後、門前の方へと声をかけた。


「どうぞ、どうぞ、皆さんも入ってください」

 清五郎に促され、如何にも力仕事が得意そうな屈強な男が二人、脇戸を窮屈そうに潜り、その後を力仕事には向いていなさそうな体の線の細い男が三人続いて潜ってきた。


 脇戸を潜った男達は何れも口の中で飴玉を転がしていた。


「清五郎さん、おはようございます」

 一朗太は清五郎に駆け寄り挨拶をしてから、後から門を潜った人足達に「ようこそ、お越しくださいました」と頭を下げた。

 

 二人の屈強な男は軽く頭を動かした程度だったが、線の細い三人の男達は頭を掻きながら気まずそうに一朗太に向かって手を振った。

 手を振られた事に一朗太は軽く微笑みを浮かべて、再度三人の男達に頭下げた。


「一朗太君、おはよう。 はい飴玉あげる。 成介さんは、もう出たの?」

「はい、朝早くに出発なさいました」

 遠慮して差し出された紙袋に手を入れず一朗太が答える。


「じゃあ、あれは鬼と小鬼回収用の荷車かな?」

 敷地内を見渡した清五郎が紙袋から飴玉を一つ取り出し、一朗太の口に押し込んだ後、土蔵の前に並べられた大八車を指さし尋ねた。


「ふぁい、ほうです」

「おお、準備万端じゃないですか。 準備がまだだったら人足さん達にも手伝って頂こうと思っていたのですが、一朗太君は出来る男ですね。 飴玉もう一個いりますか?」


 慌てて両手で口を押えた一朗太が手の中で言葉を発する。

「申し訳ありません。 総事屋の佐助さんと武尊さんに手伝って頂いてしまいました」


「ああ、『さすたけ』さんですか、かまいませんよ、どうせ刀を振っているぐらいしか、昼まではやる事のない人達なんですから、いくらでも使ってしまって下さい。 減るものでもないですから。 『使えるものはなんでも使う』それが商人の鉄則です」


「そういう言われ方をすると、やる気と言うか、士気と言うか、そう言うものが減ってしまうのだが……」

 清五郎の背後からぬっと顔を出した佐助が恨めしそうにつぶやいた。


「おおっと、佐助さんいらしたのですね」

 振り返った清五郎が大袈裟に驚いて見せた。


「居るのがわかっていて、わざと言ったでしょ? 何かの腹癒せですか?」

 佐助の横の武尊が眉をひそめる。


「腹癒せだなんてとんでもない、我が口入屋に出入りしている総事屋さんの内でも貢献度大の『さすたけ』一党の皆様には、いつも深く感謝しておりますよ」

 細い目をしばたたかせながら、清五郎が話を続ける。

「今日だって調査と状況報告だけで良かった鬼を、退治までしていただいて仕事がお早くて、手前共の大番頭さんも、たいへん感謝しておりました。 おかげで私は朝早くから人足さんと手配やら、引率やらで大忙しですがね……」


「なんだ、それを恨んでのさっきの嫌味かよ、やっぱり腹癒せじゃねえか」

 佐助が吐き捨てた。


「引率と言えば、集まった人足はあれで全部なのかい?」

 武尊が厨屋の縁側で足を濯ぐ(すす)人足達を見ながら訪ねた。


「いえ、あと四人いらっしゃいますよ。 二日、三日出っ放しになってしまいますから、一度家に戻られたり、用事を済まされたりで遅れてますが、昼前までには到着予定になっております」


「全部九人かい?」

「なんか若いうえに線の細いのが混じってるが大丈夫なのか?」

 武尊と佐助が立て続けに問いかけた。


「人足さんは全部で六人です。 あの三人は見習いのようなものでして、それと護衛の総事屋さんは集められなかったので、お二人にご負担をかけることになります」

 そう言うと清五郎は先ほどまでの嫌味な言動を発していたのは別人ではと思わせるほどに深く丁寧に頭を下げた。


「おう任せておきなよ」

 自らの胸を叩く佐助に武尊が言葉を続ける。

「但し万が一の場合は鬼退治より、あんたら全員を無傷で逃がすことを優先させてもらうけどな」


「そうして頂けるとこちらも安心して回収に向えます」

 そう言って清五郎は口角を緩め細い目を更に細めた。



「いってらっしゃいませ」


 並んだ丁稚達に見送られ、清五郎、佐助、武尊を先頭に三台の大八車が『引取処』門を潜り二日前の夜、佐助、武尊、桜、楓、金治の五人と死闘を演じた鬼の死体の回収へと向かった。




またも一月ぶりの更新になってしまいましたが、お読みいただきありがとうございます。

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