十一、回収前夜
三人を見送り門内に入った佐助の前に権蔵が歩み寄ってきた。
左手に折れた佐助の太刀が、右手にはそれと同じ長さの太刀を持っている。
「こいつを貸してやる」
権蔵は右手の太刀を佐助の胸元へ押し付けた。
呆気にとられ太刀を受け取ろうとしない佐助に権蔵の口調が強くなる。
「こんなボロボロの太刀で護衛に行くつもりなのか?」
権蔵はそう言って左手に持っていた太刀の柄で佐助の額をコンコンと二回叩いた。
「あ、ああ、いや借りる。 いえお借りします」
佐助は胸元に押し当てられた太刀を両手でしっかりと握り受け取った。
渡された太刀は今まで使っていたものに比べ少し重く感じた。
鞘から刀身を三分の一ほど引き出す。
落ち着いた直刃の刃紋の中に小杢目がはっきりと見え、光の加減できらりと表情を変えるその様は、地鉄がよく鍛えられていることを静かに物語っていた。
「ぶっつけ本番にならんように、出る前に少しでも振っておけよ」
刀身を見つめたままの佐助に権蔵が言った。
「ああ」
心ここにあらずと言った返事をする佐助に権蔵は小さく嘆息をもらす。
「こいつはここで預かっておいてやるから、帰りにでも取りに来て、しっかり供養してやれ」
「ああ」
相変わらず気の無い返事をする佐助を横目に、折れた太刀を倉庫に仕舞っておくように指示した権蔵は西の空を見上げ「縁起でもない…… 茜に黒靄がかかっておる」と言って厨屋へ向かって行った。
◇◇◇
「先ずはお湯にでも浸かって下さい」
成介にそう言われ丁稚に案内されたのは窯場の横にある井戸東屋であった。
二人が引取処の奉公人達に嫌われ意地悪をされている訳ではない。
引取処では三日に一回奉公人達の為に湯舟に、湯を張っている。
この湯を張っているときに引取処に来た、総事屋は希望すれば浸かっていくことが出来る。
しかし総事屋は依頼の内容、衣服等の汚れの有無に関係なく井戸東屋で身を清めてから湯屋に入らなくてはいけない決まりがあった。
また湯を張る日ではなくとも、人足が来る予定があったり、回収から戻る予定日であったりすると労を労う意味を込めて湯を張っている。
佐助と武尊は身に着けていた具足を外すと、無造作に地面へ置き井戸東屋の中に置かれた長椅子に腰掛けた。
「お具足、大分汚れていますね」
徐に自らの具足袖を拾い上げた武尊に手拭いを持った丁稚が話かけた。
「おっ、気が利くな、ありがとうな」
手入れ用に手拭を用意してくれたと思った武尊が礼を言って受け取ろうとするが丁稚は期待に目を輝かせ渡そうとしない。
困惑する武尊に別の丁稚が油壷を抱え歯切れ悪く声をかける。
「あ、あの……」
「油か、ますます気が利くな」
そう言って武尊が手を伸ばすが丁稚は油壷を抱えたまま離そうとしない。
「うん?」と訝しむ武尊の顔を見上げ丁稚の一人は満面の笑みを作っている。
「あの、その……」
もう一人の丁稚は油壷を抱えたまま、おどおどし武尊達の脱ぎ捨てた具足を見つめている。
「ああ、そう言う事か」
得心した声をあげた武尊が膝を折り二人の丁稚になるべく視線を合わせようとしたが、それでも丁稚達は身の丈のある武尊を見上げる姿勢になってしまう。
「具足の手入れしてくれるのか?」
「はいっ!」
二人の丁稚は声を合わせ勢いのある返事をした。
「引取処の仕事は大丈夫なのか?」
「はい、僕の今日の当番はお湯の番なので、お湯を見ながらやらせていただきます」
顔をほころばせ、武尊の顔を見上げた丁稚が答えた。
「ぼ、僕は、みんなと厨屋で人足さん達のお世話ですが、ぼくの仕事はみんなで分担するから行ってきてと、一朗太くんに言われました」
油壷を抱えた丁稚が消え入りそうな声で話すと、もう一人の丁稚が言葉を続ける。
「だから厨屋の方が落ち着いたら手伝いにくる人数も増えますから、明日までには綺麗にします」
「そうか、では頼むかな」
武尊がそう言うと二人の丁稚は顔を緩めた。
「じゃあ、俺のも頼めるか?」
そう言って佐助が自らの具足を親指で差した。
佐助の具足には戦闘時に浴びた鬼の体液が、べっとりと付着していて大仕事になることは明白だった。
丁稚達はゴクリと唾を飲み込んだが、次の瞬間「はいっ! やります」と再び声を合わせ勢いのある返事をした。
「汚れがひどいが、水は使わないでくれ、先ずは……」
「先ずは乾いた布で汚れを落とします」
佐助の言葉を丁稚が遮った。
「そ、それでも落ちない…… よ、汚れは布に油を染みこませて…… よ、よく擦って落とします」
もう一人の丁稚が言葉を繋げた。
「そ、それから、それから」
「綺麗な布で念入りに拭き上げてから、風通しの良いところに置いて…… その後は……」
「えっと…… えっと……」
「そこまでやってもらえれば十分だ」
そう言って虚空に視線を送り工程を思い出そうとする丁稚二人の頭を佐助がグシャグシャっと撫でた。
「それとコイツの洗濯も頼んで良いか?」
佐助は自らが着ている洋風の羽織の襟元を掴んで尋ねた。
具足と同様に鬼の体液がべっとりと付着した羽織の洗濯も大仕事になることは明白だったが、丁稚達は「はいっ! やります」と声を合わせ勢いのある返事をした。
佐助は懐から銭袋を取り出し中から金と銀で出来た貨幣を抜き出し袋の中身を銅銭のみにして武尊の方へ差し出した。
武尊は自らの銭袋から銅銭のみを抜き出し差し出された佐助の銭袋へ銅銭を入れた。
「駄賃はこれな」
そう言って佐助は自分と武尊の銅銭が入った銭袋を丁稚に渡した。
渡された銭袋の中身を覗きこみ二人の丁稚は唾を飲み込んだ。
袋はずっしりと重く中には一文銭と四文銭が混ざって入っており少なくみても五百文は入っていそうだった。
「こ、こんなに」
奉公人に手当が出るのは手代からで丁稚は基本的には無給である。 そのため丁稚の収入と言えば、たまに上役や先輩奉公人から貰えるお小遣いと、こうやってたまに来る総事屋や人足の手伝いをして貰える駄賃のみであった。
その駄賃にしても十文、二十文程度で、吝嗇な人間になると一文のみなどと言う事もざらにあった。
渡された銭袋には五百文は入っている、丁稚全員で分けても一人百文近くにはなる。
「こんなに、宜しいんでしょうか?」
「こんだけ汚れてんだ、これくらいが妥当だろ」
佐助が丁稚の疑問に答えた。
「張り切りすぎて、寝る時間削ったりはするなよ」
武尊が釘を刺した。
「はい」
二人の丁稚が勢いのある返事をした。
「よし、 だったら先ずはそいつを仕舞ってきな」
そう言って武尊は丁稚が抱えた銭袋を指さした。
「はい」
勢いよく返事をした丁稚の一人が銭袋を抱え走り出した。
お読み頂きありがとうございます。
一月ぶりの更新になってしまいました。
タイトルは仮で付けさせていただいております。




