正義の味方の勘違い
ネリウがいたのは大人数を収容できる大きな部屋だった。
床には巨大な魔法陣が描かれており、その空中には地図を巨大化したようなものが3D映像のように浮かんでいる。
複数のローブに身を包んだ人間たちが意味不明の言葉を呟き続ける異常な部屋。
そこにネリウともう一人、綺麗な女性が立っていた。
金髪の綺麗な人だ。
年齢から言って二十、いや十代後半か?
結構綺麗な顔をしていて優しそうなお姉さんといった雰囲気がある。
「どうしたの?」
俺と手塚がやってきた事に気付き、ネリウが声を掛けてくる。
手塚が声をだそうとするのを制止して、俺が代わりに説明する。
手塚の焦った言葉では上手く伝わるまで時間がかかりそうだったからだ。
「大井手が消えたらしい。手塚が城中探したらしいからさ、たぶん外に出たんだと思う。全兵士に魔法で連絡取って行方を調べて欲しい。最悪、俺が探しに出る」
「大井手さんが? 無謀な事をする子に見えなかったけど……いえ、それなら説明がつくわ」
説明がつく?
俺と手塚が疑問に首を捻っていると、ネリウは横の女性を振り向く。
「お母様、地図を縦に」
言われた通りに女性が3D地図を動かしこちらに見やすくしてくれる。
つーか、お母様!? 母親かよっ!?
髪金色だし、全然似てないな。
「ん? ああ、私、黒に染めたから」
何も言ってないのになぜか心の声が伝わっていた。
顔に出やすかったのだろうか?
「見て、この赤い光点」
立体映像の地図には、赤い光点と青い光点が幾つも出現していた。
しかも、たえず移動を行っている。
「ここが現在地。光点は一つだけど、これが私たち。それから、ここ」
さっき説明を受けていたここから二日はかかる場所。
そこに赤い点と青い点が交わり始めている。
そして、その二つの点に急速に接近する赤い点が一つ。
「これ……」
「少し前、この点はこの城にあったわ。どういうことか、分かる?」
「まさか、この点がマッキーだとか言う気か!?」
たとえ大井手だろうが別のクラスメイトだろうが、移動速度が速すぎる。
馬を使っても一日以上の距離を半日以下で移動できるはずがない。
「これ、本当に大井手なのか?」
「確証はない。でも、大井手さんだとしたら……」
言葉を切ったネリウは手塚を見る。
「な、何だよ? マッキーだったら何だってのよっ!?」
しかし、ネリウは困った顔で俺を見る。
あー、はいはい。説明は任せるってことですか。
「多分、大井手も戦隊ヒーローの類だ」
「な、何だよそれっ!? 意味わかンねーぞっ!?」
「俺が知る限り、俺達の世界でこの距離を移動するには新幹線より早い乗り物がなきゃどうにもならない。ネリウ、この世界にそんな速度の乗り物はあるか?」
「ないわ。そればかりか、飛行魔法や魔法道具を使ってもこの移動は異常よ? テレポートでも使えれば別だけど、光点は一瞬で移動する。こんな移動反応じゃないわ」
「つまり、そういった移動手段を使える。普通の女子高生にできることじゃないだろ」
「で、でも……今まで、そんなこと一言も……」
無二の親友にも黙っていたのか。
でも、行先は判明した。
理由は、おそらくクラスメイトを守るためだ。それが済めば戻ってくるだろう。
無事に相手を倒せれば。だけどな。
弾丸を弾く戦闘員の眉間に矢が突き立った時点で気付くべきだった。
彼女はただのクラスメイトじゃなかったんだ。
俺や、河上、そしてネリウのように少し違う力を持った亜人間。
「ふむ、じゃあ問題はなさそうね。彼女は無事に帰ってくると思うわ」
「で、でも……」
「どの道私たちが捜索に出向いても、その前に帰ってくる。それなら私たちはやってくる敵を倒して、帰ってくる場所を守るべき。違う手塚さん?」
「そ、それはそうかもだけど……」
「それに、そろそろ敵が……嘘っ!?」
城に向って近づいていた青い点が二つに分かれた。
しかも、一つは城の城門へ、もう一つは裏へと回り込み始める。
相手の点も何人いても重なって見えるのか。
そのせいで二手に分かれた瞬間こんな感じで青い点が二つに増えるのだ。
予想外ではあるが二体程度ならまだなんとかなる。
「お、おいおい、どうなってンだよ?」
「お母様、兵は?」
首を横に振る母親に、ネリウはため息を吐く。
「薬藻、悪いけど裏のをお願い。正門は私達と門兵で何とかするわ」
「わかった」
わざわざ裏の敵を俺に任せたのは、おそらく変身して倒せということだろう。
裏側なら人に見つかる可能性も低いはずだ。
城門側だと門兵たちに見られる可能性もあるし、これが一番の適材適所という奴だ。
手塚が納得するかどうかは別として。
「ちょ、武藤一人だけとか、無謀だろっ。いくら一人で倒したことあるからって、あれは運が良かっただけなンだろ!?」
「じゃあ、手塚さんが一人で戦える? 無理でしょ」
「それは……」
手塚が口ごもったことで話が終わったと、ネリウは急いで部屋を後にする。
すれ違う瞬間、俺に意味ありげに視線を送る。
それは、後ろは頼んだ。とでもいうような意味合いに取れた。
まぁ、信頼されていると思うとやる気はでるな。
せいぜい期待に応えるとするか。
「手塚さん、付いて来て」
「え? でも……」
引き剥がされるようにネリウに手塚がついて行く。
「……よし。とりあえず裏廻るか」
周囲には誰もいなかった。
城の裏側には、裏門はなく、堀だけが存在する。
ネリウの母親から城の抜け道を教わった俺は、城の裏側から少し先に行った森の中に出た。
一般人に抜け道を教えるのはどうかと思うが、戦闘員に急襲されるよりはマシか。
脱出口を塞いで敵の予想出現ポイントに向う。
「ったく、こういう時にジャスティスセイバーは何やってんだか。ま、とりあえず……flexiоn!」
変身を終えると、感覚器を最大限にして相手の到着を待つ。
しばらく待っていると、右の叢が揺れた。
ようやく来たか。
構えようとした瞬間、男が飛びかかる。
全身タイツの髑髏男。間違いなく戦闘員だ。
「ったく、本来ならお前ら相手とかしたくないんだぞ、勝手に襲って来やがって……」
飛び蹴りを受け止め、そのまま地面に叩きつける。
短くヤッと声が漏れる。
痛みでもソレしか喋れないのはある意味辛いな。
「そらっ」
さらに木に向って投げ飛ばす。
「これで終わりだっ」
大木をなぎ倒し、動きを鈍らせた戦闘員に近づき毒霧を噴射する。
戦闘員程度なら、やはり怪人化すれば楽に倒せる。怪人にとって危険なのは、同じ怪人か、正義の味方。またはそれに類する生物だ。
「よし、これで後は城門の一匹だけだな。早く戻ろ……」
戦闘員が消え去るのを確認して、変身を解こうとした瞬間だった。
殺気を感じて思わず飛び退く。
一瞬遅れて空を切る剣閃。
そこにいたのは、赤いスーツの男だった。
「な、なん……」
「ふっ、戦闘員だけかと思ったが、まさか蛇男以外の怪人までいるとはなっ。覚悟しろキモ怪人、このジャスティスセイバーが叩きのめしてやるぜ」
味方のはずのジャスティスセイバーが、俺に立ち塞がっていた。
「あ、あれー?」
どうしてこうなってんだ?
ツヴァイハンダーを構え、ジャスティスセイバーは俺を一瞥する。
「お前、その醜悪な姿。どこの怪人かしらないが……最後の生を謳歌しろ」
「か、勝手に終わらせんじゃねぇよ」
声でばれるとコトなので、声音を変えておく。
しかし、このバカ、なんてタイミングの悪さで俺の元に現れる?
もうちょっと早く来てればさっきの戦闘員丸投げして表の救護に迎えたのに。
「さぁ、このジャスティスソードの塵となれぃっ」
それ、ツヴァイハンダーだろがっ。
ツッコミ入れようとしたが、フルスイングに慌てて体を沈める。
さすがに当れば俺もヤバい。俺の改造人間形態は耐久値がないんだ。
「クソッ、避けんじゃねェッ」
「ワザと当るほど優しいと思っているのか、ったく」
このままだとこいつと戦う事になるか。
どうする? 逃げるべきか? それともこいつをのしてしまうべきか?
「正義の鉄槌を、喰らえッ」
何が正義だッ、俺と戦うヒマがあるなら女性陣助けに行けよこんちくしょうッ。
大剣振りまわして襲いかかってくるジャスティスセイバー。
さすがに戦う訳にもいかず剣撃を避けつづける。
大木をなぎ倒し、叢を刈り取り、岩を断つ。
剣術自体はそれなりに上手いらしく、逃げる隙が見当たらない。
しかも接近して投げ飛ばそうとすることすらできないし。
普通に厄介だぞこいつ。
なんで戦闘員なんかにのされたんだ?
「クソ、こうなったら必殺技で蹴りをつけてやる」
必殺ってなんだ!?
へんな怪光線とかカツラを飛ばしたりとかするのか!?
「行くぜ、ジャスティス。砕けセイバー!」
剣が光を発した気がする。
俺の後ろには城があるんだぞ? 正気か!?
チッ、ここは俺が避けるしかないか。
必殺技とやらが完成する前に回り込んで森側を背後に取る。
これで予想外の力だったとしても被害は最小限だ。
とはいえ、こいつの意志力じゃくらっても問題なさそうだけどさ。
「必殺! ギルティーバスター」
刹那、背筋をゾクリと何かが駆け抜ける。
慌てて左に飛び退く。
大上段から打ち下ろされるツヴァイハンダー。
その軌跡から、光の筋が飛んでくる。
俺が少し前にいた場所を通り過ぎ、大木を真っ二つに裂き折ると、そのまま森の奥へと消えていく。
何処まで行く気だ!?
思わず冷や汗が引いた。
この必殺は怪人でもまともに喰らえば死ぬ可能性が高い。
間違いなく必殺だ。
特にジャスティスセイバーの間抜けさというか力の無さで慢心した瞬間、この必殺を放たれたら、並みの改造人間は一撃で葬られるだろう。
伊達に正義の味方を名乗ってはいないというところか。
だからこそ、あえて言いたい。
そんな技あるなら初めから使えよバーカ。
「おい、自然破壊かよっ」
「お前が避けるからだろッ、やられ役ならしっかり喰らえッ」
「自殺するほどバカじゃねェよッ、アホかッ」
毒霧や鞭毛で毒を注入できればどんなに楽だろう?
それこそ一撃で勝利できる。
クラスメイト相手にそんなことできるはずもないのだが……
「仕方あるまい。行くぞジャスティスセイバー!」
「何ッ!? まさか、必殺か!?」
と、都合よく勘違いしたジャスティスセイバーは剣を構えてこちらの動きに注視する。
「来やがれッ、テメーの必殺なんざ真正面から受け切ってやる!」
格好良さそうな事を言っているが、それで死んだら笑えないぞ。
「喰らえ、必殺……」
俺は片手を振り上げ威嚇する。
何が来るかと身構えるジャスティスセイバー。
それを横目に、俺は堀に向って駆け寄った。
「……ん?」
そして、俺が堀へ飛び込んだ瞬間、ようやく騙されたことに気付いたジャスティスセイバー。
「って、コラッ、逃げるなァッ!」
ジャスティスセイバーが堀にやってくる頃には、俺は既に水の中。
鞭毛だけを伸ばしてジャスティスセイバーの動向を探る。
おお、あいつ堀にまで入って追ってくる気はないらしい。
しきりに堀の中を見回し俺が浮かんでくるのを待っているらしい。
しかし、俺は絶対に浮かぶ事はない。
体を遊泳形態に変化させ、たゆたうように水中を移動する。
その姿は一見独楽の様で、外周を管が螺旋を描くように覆っており、右巻きのそれは一周すると下へと伸びる。そんな形態。
一見しただけで同じ怪人とは思えない。
だからだろう。魚影のように俺の姿は見えているはずなのだが、全く気付いてないようだ。
これなら大丈夫そうだと、俺は放置して前門方向へと移動した。
全く、正義の味方とはいえ勘違いで攻撃されてはたまらないぞ。
あいつの近くでは絶対に変身しないようにしないとな。




