1.救助隊出動
──ワァァァァ
テレビから聞こえる歓声。
その音を聞きながらこんがりと焼かれた焼き鳥を頬張る。
タレの味と炭の香りが鼻を抜けていく。
「いけ! まくれぇ!」
そのまままくって白い艇がゴールラインを通過した。
「いよっしゃあ!」
歓声を上げ、一気にビールを煽る。
喉が悲鳴を上げる。
「くぅぅぅぅ。これだよなぁ」
平和島競艇場近くのとある居酒屋で休みの日を満喫していた。
他の客も同じようなものだ。
みんなテレビを見ながらビールを飲み、焼き鳥をカッ食らっている。
──ピリリリリリリリ
聞きたくなかった音が店内に響き渡る。店の人も何事かとこちらへ目を向ける。かまっている暇はないので、通信機に応答する。
「はい。こちら異黒」
『救助要請、救助要請。渋谷ダンジョンで救難信号です』
「今日、俺は非番だ」
相手を非難するつもりはないが、俺はこの休みを満喫したかったのだが。探索者は待ってはくれない。待っていては死んでしまうからな。
『他に救助行ける隊がいません! 全員出払ってるんです。お願いしますよぉ! 総隊長!』
「わぁったよ。転移は?」
『現在、座標が不明瞭なんです。ダンジョン全体にノイズが走っていて……』
「わかった。予測生存時間は?」
『一時間もつかどうか……今どこですか?』
こうなれば、単純に行くしかない。
テーブルへ立てかけていた刀を手に取る。
「余裕だな。今は、平和島だ。まぁ。走るからいい」
『はっ?』
通信を切って内ポケットへと入れる。
伝票を会計へ持っていく。
「お会計頼む」
「へ、へい。2630円です」
「HeyHeyで支払いで」
この時代の電子決済アプリでQRコードを読み込んで金額を入れて会計を済ませる。
「また来る」
「あ、ありがとうございましたぁ!」
引き戸を開けて空を見上げると多少雲はあるが、晴れている。何も飛んでいる様子はない。これならいけるかな。
膝を曲げ、前傾姿勢になった瞬間、踏み込む。
──ドンッ
コンクリートがめくれ上がったが、構いはしない。
緊急事態だ。
建物の屋根伝いに駆ける。
◇◆◇
「ここに隠れていれば、しばらくしのげるだろう」
僕たちは五人のパーティだけど、攻撃の中心の剣士が怪我を負ってしまった。もうこれ以上進むことはできない。でも、戻ることもできない。
C級のパーティ五人で入れば、適性のはずのダンジョン。
しかし、思ったより敵は強かった。
オーガ数体を相手にしてしまうと負傷してしまったのだ。
どうしようもなくなった結果。探索者ギルドで配られる救難装置を鳴らしたのだ。今は、救難待ちの状態だ。
『救難要請が受理されました』
『現在、救助隊員一名が急行中』
「一人⁉」
「おい! なめんな! ここがどこかわかってるのか? C級の渋谷ダンジョン19層だぞ⁉」
思わず、傷を負っている剣士が声を上げる。自分が怪我したのを気にしているのだろう。これでパーティが全滅なんかなったらたまったもんじゃないもんな。
「マジかよぉ。これは、死んだかもなぁ。みんなごめんな……」
悔しそうに下を俯いている剣士の男。
怪我をしたのも僕を庇ってのことだ。
どんくさい盾士をしているのが良くないんだ。
足が陥没している。
オーガの一撃でやられたのだ。
この怪我は上級回復魔法じゃないと完治しないだろう。
「ゲゲェ!」
オーガに見つかった。
僕は盾を構えながら行く手を阻む。
棍棒で殴られても、押されてもなんとか身体強化魔法で堪えていた。
ところが、魔力も残り僅かだったのだ。
一気に力が抜けていく。
「力が入らない!」
「頑張って止めてくれ!」
「ダメだぁ! 押し込まれる―!」
部屋の入口で盾を押し付けて耐える。
もう駄目だ。
救助隊なんて間に合わないんだ。
──ドゴォォォォンッッ
何やら上の階から音がする。
音が無くなった。
──バガァァァン
「えっ?」
部屋の壁が粉砕。
目の前のオーガが吹き飛び、更に数体吹き飛んできた。
大量のオーガを引き連れている、一人の冴えないおっさん。
「な、なんだ⁉」
「おぉー。良く生きてたなぁ。待ってろよぉ」
転がっていたオーガを片手で掴むと、後ろから追いかけてきたオーガへ放り投げる。凄まじい速度で迫りくるオーガ数体をなぎ倒した。
◇◆◇
俺が見た時、探索者はオーガに攻められているところだった。
危なかった。
もう少し遅かったら負傷者、もしくは死者が出ていたかもしれない。
要請を受けてから十分ほどで現場へ到着。
これから、殲滅だ。
大量のオーガを前に見据える。
刀を背中へと背負う。
「さてとぉ。やりますか。異黒流 飛鋭斬 ダブル」
柄がブレる。
数瞬あとには、二回振り切っていた。
黒い交差した剣閃がオーガ達へと迫る。
何かできる様子もなく剣閃が通り過ぎていく。
急に訪れた静寂。
「えっ? おっさん、何者? S級探索者?」
「俺は、ただの救助隊の異黒だ」
その言葉に半信半疑といった感じだったようだ。
俺は、それ以外の何物でもない。
探索者として登録もない。
とっくの昔に消し去った。
「怪我人は?」
「あっ、コイツが……」
盾持ちの男性が指した剣士の男を片手で担ぎ上げる。
肩へと乗せると出口へ向かう。
「悪いが、救助もタダじゃないぞ?」
「わかってます。でも、命は大事です」
その言葉を聞いて、眉がピクリと動いた。
なぜなら、探索者時代の先輩がちらついたからだ。
「そうだな。よく持ちこたえてくれた。あとは任せろ」
このまま出口へと向かう。
片手しか使えないが、なんてことはない。
鞘を魔法で収納し、刀を振う。
オーガなんてのは、片手間だ。
切り伏せて行き、そのまま出口へと上っていく。
「あの、そんなに強いのに、なんで探索者をやらないんですか?」
「んー? 俺はなぁ。帰る場所がある人をその場へ帰したいだけだ」
盾持ちは首を傾げてこちらを見つめる。
今、S級だったと言ったところで信用されないだろうからな。
大昔の話だしな。
知らなくていい。
とっくに捨てた称号だ。
出口の明かりが見えてきた。
無事に帰って来られたな。
これで、救助完了だ。




