配信者と一般人Kとサメ 下
キュウダイちゃん視点
その少女の全身から溢れる血色の「炎」。
人並みにビビりな私がそんな物を見れば真っ先に縮まり返っていただろうに……どうしてだろう。
こんなにもあの炎に、少女に目を奪われてしまうのは、どうしてだろう。
私はキュウダイ。
本名は後藤……ああ、どうせ誰も求めてないので割愛する。
そこら辺を見渡せば五人くらいいる極々平凡な女子中学生だということだけは伝えておきたい。
『なんかアクチェってゲームが流行ってるらしいよ。グラも綺麗だし一緒にしない?』
と、友達に誘われて私ははアスチェというゲームを始めた。
世間様から神ゲーだと持て囃されてるだけあってアスチェは作り込みが半端じゃなく、まさしく現実世界にアスチェの世界観を付け足したような現実感がある。
おかげで雑魚との戦闘も意外と飽きない。
とはいえ、そろそろレベルも上がってきたし森を抜けようかな。
そう思っていた矢先だった。
「――――!!」
鼓膜が破れそうなほどの方向が轟く。
私の視線の先に少女を睥睨するその巨体は凄まじい威圧感を放っており、正直私なんて立っているのがやっとだ。
ゲーマーとして、いや生物としての勘が叫ぶ。
あいつには勝てない。
だがその魔物と対峙する少女もまた、常軌を逸した存在だった。
「はは、急かさないでよ。そんなに催促しなくたって言われずとも刺身にしてあげるからさ」
そう啖呵を切る少女の頭上には「アズサ LV12」と表示されている。
私のレベルも12。
レベルが同じならステータスもほぼ同等なはずだ。
なのに私の魂があの少女との隔絶した差に打ちひしがれる。
ステータス的な話じゃない。
生き物としてこの少女と私は、何かが決定的に違う。
それが何なのかを確かめるために私は目の前の戦いを凝視した。
「そっちから来る? 私、グイグイくる男はタイプじゃないんだよねー」
どういう理屈かは分からないがそれまで宙を泳いでいた「鮫」は再び地面に沈み込み、小刻みに地面が揺れる。
次の瞬間、アズサ目掛けて地面から大口を開けて出てくる「鮫」。
しかしアズサはいとも容易く「鮫」の強襲を回避し、ついでとばかりに大鉈で硬質な「鮫」の尾ひれを切り裂く。
苦痛に「鮫」は悶絶し、ぱらぱらと砕ける大鉈。
「あーあ。やっぱりこんなナマクラじゃすぐ壊れちゃうかー。どうせ大したダメージにもなってないんだろうね。なら……」
アズサは先程までの鈍重な動きとはかけ離れた移動速度で「鮫」に肉薄する。
そして、アズサの斬撃で内部が露出している尾ひれをおおむろに掴み……いとも容易く引き千切った。
アズサはそれだけに留まらず、尾ひれの断裂面を素手で抉る。
「~~~~!!!」
「まだまだ、こんなもんじゃないよ!」
反撃に転ずることもできない「鮫」に追撃を加えるアズサの顔には陰惨な笑みが張り付いていて背筋がひりつく。
でもただ怖いだけじゃない。
どうしてか頭のネジが数個飛んだ彼女の形相に視線が釘付けになる。
人は自分の理解できないものを恐れ、魅了され崇拝するらしい。
災害や神様なんかがまさしくそれだ。
ならば私にとってあの少女は災害か神様か。
「――っ! ちょっと無理し過ぎたかな……」
突然、アズサは何の前触れもなく大量に吐血した。
察するにアズサは何らかのスキル……かなりリスクの高いスキルを使って、本来格上であるあの「鮫」と渡り合うステータスを得たのだろう。
当然その代償は生半可なものではない。
もはやアズサの命は風前の灯であった。
「関係ないね! 私が死ぬ前に、お前をぶっ殺す!」
しかしアズサの攻撃の手は緩むどころかより激しさを増していく。
次第に「鮫」の傷も深く、酷くなっていき、アズサが死ぬか「鮫」が死ぬかの二つに一つになっていた。
このままでは押し切られるのは時間の問題。
そう判断した「鮫」はすぐさま宙に飛び上がり、どんどん高度を上げていく。
傍目から見てアズサの限界が近いのは火を見るより明らか。
なら「鮫」にわざわざアズサと正面から戦う必要はない。
あのまま安全圏で浮遊していれば「鮫」の勝ちが確定する。
だがそんな白けた結末を許すアズサではなかった。
「お嬢ちゃん、君の『体』借りるよ」
「うわぁっ!?」
猛烈な勢いで近付き私を持ち上げたアズサは……そのまま私を空高くに放り投げてしまった。
あまりの事態に空中で呆然としてしまう。
いや、どうしたってアズサはこんなことを……?
その疑問は数秒も経たずに解消されることとなる。
私を投げたアズサは間髪入れず自分も飛び上がり、そして空中の私を『足場』にして、更に高く、「鮫」の間合いに潜り込んだ。
「マジですか」
そうくるとは思わず地面に落下した後も起き上がれず放心する。
ははっ、普通さっき出会ったばかりの他人を足場にする?
合理的……というよりただただ貪欲なのだろう。
私は笑っていた。
自分でもかなり気持ち悪いと自覚しているのだが……アズサという私みたいな凡庸な奴とは比べ物にならない存在の役に立てて、私は気持ち良かったんだ。
いつから私は踏まれて悦ぶ変態になったんだか。
でも今はこれでいい。
だって――。
「〈獣気活性〉――【加速】!!」
「鮫」の間合いに入ったアズサは、鉈を大きく振りかぶり、先刻までよりも更に鋭い一閃を「鮫」の首筋にぶち込む。
交通事故じみた轟音が鳴り響き、食い込んだ大鉈は肉を骨を断ちとうとう「鮫」の首を両断した。
「あっはっはっははははははは! 喧嘩を売る相手を間違えるからこうなるんだよ! 来世では気を付けることだね! ……あ、ヤバい。そろそろ死ぬかも」
それとほぼ同時にアズサのHPは0になり、ポリゴン状の粒子となってどこかに消えてしまう。
後に残された地面に大の字で寝っ転がる私と「鮫」のドロップアイテムだけだった。
『経験値が一定値に達しました』
『キュウダイのレベルが14になりました』
『基本ステータスが加算されました』
『CP及びスキルポイントが加算されました』
『条件を達成しました』
『スキル「槍術LV7」が「槍術LV8」に変化しました』
『条件を達成しました』
『スキル「鮫肌LV1」を獲得しました』
どうやら私も戦闘に参加した判定になって経験値を貰えたらしいが、正直今はそんなことはどうでもいい。
「なんですかあの人。……めちゃくちゃカッコいいじゃないですか」
ゲームを楽しむためにアスチェを始めたはずなんだけど……どうやら私は別のものにハマってしまったようだ。
まずはチャンネル登録とアーカイブ全視聴から。
それから、もし私には勿体ないくらいの幸運で次会えたら、この鮫の素材を渡すとしよう。
その瞬間を妄想する私の口元はかつてないくらい緩んでいた。
獣気活性【加速】は初心者のキュウダイちゃん視点だったので特に地の文で解説されませんでしたが、要は一気に自分の命を消費する代わりに強化比率が跳ね上がる技です。アズサはこれで命が尽きるまでのほんの僅かな猶予の中で鮫を倒しました。
今更ですけどブックマークとか評価してくださると作者のモチベーションが上がります。みんなのワンクリックで作者を応援しよう!




