65話 清子
幼い子供がこんなテーマパークに来れば、好奇心を掻き立てられ、我も忘れるほど全力で楽しむ習性がある。俺はもうそんな好奇心など薄れてしまった大人だから、麗奈の違和感に気付けなかった。
あれだけ母親が知らない人と喋っていても周りに馴染むように遊ぶ麗奈はひどく冷静で、ある意味子供らしくない。しかも、ひとりで長々と同じ場所で遊ぶのにも限界はあるものだ。また別の場所で別の遊びをしたくなるのが子供、なのに麗奈は母親が俺たちと話し終えるのを待つかのように、駄々も言わずに遊んでいた。
それは清子が桃子を気遣い、麗奈を演じていたのかもしれない。
「申し訳ありません。少し驚いてしまい……てっきり今は麗奈さんだと思っていました。俺は斎藤 浩之と申します……この身体は孫の颯太です」
丁寧に挨拶すると相手はにっこりと子供らしい笑顔を浮かべ、俺の腕を掴んだ。
「颯太くん! あっちの乗り物一緒に乗ろうよ!!」
いきなりの事で返事も出来ないまま、俺は麗奈に引っ張られ、人気キャラクターの形をした乗り物がゆっくりと回る子供用メリーゴーランドに同乗する。乗り物が動き出すことを職員が優しく言うと同時に、可愛らしい音楽と共にゆっくりとメリーゴーランドが回り始めた。
「あの……清子さん」
戸惑いながら隣で笑顔を浮かべる麗奈の中にいるであろう清子に話し掛ける。
「ここは人も多いから、お互い子供らしく話しましょう」
そう諭され、俺ははっとし頷いた。
それはそうだ。周りにはたくさんの人がいるのだから、大人の口調で話しているのを聞かれれば不信感を抱かれてしまう。だから清子は子供らしく接し、話しても聞かれる心配のない乗り物へと誘導したのだ。
「わかったよ。麗奈ちゃんと呼べばいい?」
「うん」
「あのさ……自分が死んだ日の記憶はあるの?」
その質問に麗奈は小さく頷いた。
「わたしの息子のお嫁さん、里絵さんが亡くなった日に曖昧だった記憶が全部蘇ったわ。旦那を亡くした後は施設で余生をひとりで過ごして、肺炎を起こしてそのまま誰にも看取られることなく……里江さんにはひどい仕打ちをしてしまったから、孤独な最後を迎えることは覚悟してたの。そのまま地獄へ行っても文句はなかった。なのにひ孫の身体に入ってしまって、初めは混乱したけれど……今は神様に感謝してるわ」
どこか切なさを残しながらも、麗奈は吹っ切れたような笑みを溢す。
「絶縁してしまった息子とお嫁さんが最期に会いにきてくれたのは、里絵さんにとっては本当に幸せな瞬間だったと思うわ。あんな辛い目に遭わせた元凶はわたし……だから、最後だけでも家族に看取られて逝けたのだから、僅かだろうけど罪滅ぼしになったと思う」
「そういう時代だったんだ……あなたも被害者だった。罪なんてない」
「確かにそうだね。旦那の言うことを聞くのが妻として当たり前だった時代……うちの旦那はすごく短気だったから、怖い存在だった。だから旦那よりもわたしが厳しくすれば、里絵さんが受ける傷は少ないと思っていたの。でも間違いだったわ……時代だからとか関係なく、わたしの意思で旦那と向き合い、お嫁さんと支え合える関係を築くべきだった。そうすれば里絵さんがあんな風にならずに済んだのかもしれないわ」
「里絵さんの旦那さんは何もしなかったのか?」
「息子も父親の存在が絶対で、逆らった時の恐怖が身に染みていたからね……里絵さんの肩を持つ選択肢がなかったんだ。だけど、そんな夫婦の姿を反面教師にして孫は自分のお嫁さんにを懸命に守る選択をした。とても立派だと思う……わたしの息子もそうしていればまた違った未来が待っていたかもしれないね」
メリーゴーラウンドが徐々に動きが遅くなり、数秒後には停車した。
「今度はあっちに行こう!!」
また子供口調に戻った麗奈が俺の腕を強引に引っ張っていく。そこは休憩場のようで、小さな椅子が並べられている。周りの子供達は遊ぶことに夢中で、都合よく誰も居なかった。
「浩之だったね。あなたも自分の死んだ日の記憶はないの?」
「今もまだ思い出せてない……事故で死んだらしいんだけど思い出せないんだ」
「なら、自分の未練と向き合いなさい。自分の未練が何かが明確に分かれば、自ずと記憶も戻ると思うよ……そして、記憶が戻れば少しずつあの世へ行く日が近づく」
「分かるのか?」
「ああ、記憶が戻ってからは少しずつ自分の意識が身体から離れていくような感覚を感じるんだ。最近はたまに麗奈の意識が戻るのか、記憶が途切れたりする……後少しで桃子さんともお別れだ」
麗奈の顔が僅かに寂しげに歪む。
「桃子さんには大変な思いをさせたから、今はなるべく麗奈として接しているんだ……自分の子供の身体の中に別の人格がいるなんて不気味だっただろうからね。けど、それでもわたしの話を聞いてくれて有り難かった。後は心配かけないように麗奈を演じながら、黙って身体から離れる日を待つよ」
「お孫さんには打ち明けないのか?」
「そんなの余計なことだ。意地悪ババアになんて会いたくもないだろう……孫夫婦の仲を壊すようなことはしちゃいけない。だから、このままでいいんだ」
「そうか」
すくっと麗奈は立ち上がると、桃子の方に視線を向ける。
「これは神様がくれたチャンスだ。自分の未練と向き合い、ほんの少しだけ改善できる小さな贈り物。受け取ったからには頑張りなさい」
「はい」
そう返事をすると、麗奈の顔付きが変わる。
「あれ? ママは?」
麗奈の意識が戻ったんだと俺は理解し、優しく指で示す。
「あっちにいるよ」
母親の姿を見つけたことで不安の色に染まりつつあった瞳がぱあっと明るくなった。
「ママーー!!」
麗奈は俺に目を向けることなくそのまま駆け出し、母親の胸へと飛び込む。
原田が桃子にお辞儀をして、俺がいる方へと歩いてきた。
「話せました?」
「ああ。なんとなくだが俺のやるべきことが分かった気がするよ」
桃子と麗奈が仲良く手を繋ぎ歩く姿を俺はいつまでも見つめた。




