64話 未練
もしも自分がこんな事になっていなかったら、こんな突拍子もない話は信じられなかっただろう。自分の身に起きたからこそ、こうして耳を傾けることができている。
俺は更に質問を投げかけた。
「麗奈さんの身体の中に入った理由や原因には心当たりはあるかは聞いているのか?」
「そうですね……初めはわたしも信じきれてなくて、原因とか理由は聞けてなかったんです。清子さんの方も自分が死んだことを初めて知って驚いていたようだったので、お互い深く話し合うことを避けていたんです。それから一ヶ月が経って、わたしもこのままじゃいけないって思うようになって、思い切って話し合う事に決めたんです……どうして、麗奈の身体に入ったのか。何か理由があるんですか? って」
「清子さんはなんて?」
原田の問い掛けに桃子は首を振る。
「清子さんも理由が分からないって……けど、死ぬ前に伝えたいことがあったって」
「それは旦那さんに? それとも桃子さんに?」
「内容的には旦那にだったと思いますが……わたしの胸に留めて欲しいと最後に言ったので、今はわたしだけの胸にしまったままにしています」
「内容を聞いてもいいだろうか? 差し支えなければだが」
「ええ。構いません……清子さんはずっとお嫁さん、旦那のお母さんに辛く接していたらしいんです。今で言えば嫁いびりで、昔は当たり前でしたが……ずっとそれを後悔していた、いつか謝ろうと考えていたのに出来なかったと告白したんです。実はわたしもお義母さんから嫁いびりを受けて、それに怒った旦那が実家と縁を切ってしまって……ずっと絶縁状態だったんです。その原因は自分にあったと謝られてしまって、わたしどう答えていいのか分からなくなってしまって」
桃子は今にも泣き出しそうな顔で我が子に目を向けた。
「清子さんの旦那さんはとても厳格な方で、お嫁さんにも手を上げかねない人だったんです。そうならないように敢えて清子さんが悪者になり、お義母さんにきつい態度をとっていたそうなんですが……お義母さんを守りたかったとはいえ、長年の嫁いびりが恨みのように蓄積して、今度はわたしに向けられてしまった。原因は何にしろ、わたしに対して嫁いびりしたのはお義母さんの意思に違いはないので、今更和解しようという気にはなれませんでした」
それもそうだろう。
俺がもしも直子が嫁いびりをされたりしたら、同じように家族と絶縁していたかもしれない。それにどんな理由があったにしても、相手を傷つけた事に変わりはないのだ。その考えは原田も同じなようで、深く頷いていた。
「絶縁してすぐに生まれた麗奈にも会わす気はない、そう考えてはいたんですが……最近になってお義母さんが大病を患って入院する事になって、このまま会わずにいたら旦那も後悔するかもしれないって思うようになったんです。清子さんもその知らせを聞いてから元気がなかったので、それも気になってしまって……それで先日、旦那を説得してお見舞いに行って……そこで初めて麗奈のことをお義母さんに紹介したんです」
桃子の目に涙が滲んだ。
「お義母さん、すごくわたしにした事を後悔してたって謝ってくれました。全てを許せたわけではないですけど、旦那とも仲直りして、初めて家族になれたように感じました……それから間もなくしてお義母さんは息を引き取りました。あと少し遅かったらこんな風にならなかったかもしれません」
「清子さんはどうしてたんだ?」
「ずっと麗奈としてお義母さんと接して、最後まで自分のことを打ち明けませんでした。今自分が言ったところで過去は変えられないと思ったんでしょう。それに清子さんの願いは自分とお義母さんの和解ではなくて、わたし達家族の溝を無くすためだったんだと思うので……」
聞き終え、俺はすぐさま気になっていることを口にした。
「清子さんの抱えていた未練はそれでなくなったという訳だが……その、麗奈さんの身体からもう離れてしまったんだろうか? 今麗奈さんを見るに、ごく普通の子供に見えるのだが」
麗奈は無邪気に遊び、あちこち走り回っている。乗り移られる前の麗奈に戻ってしまったように見えた。
「まだ清子さんは居ると思います。けど、お義母さんを見送った後からは徐々に清子さんの気配が薄くなってきているとは感じていますね……ほとんど麗奈の意識ですが、たまに清子さんが出てくる、みたいな」
「やっぱり未練が消えれば……俺も消えていなくなるんだろうか」
予想通りの結末に俺はつい寂しさを感じる。
「あの!」
黙って聞いていた原田がいきなり声を上げた。
「少しだけ麗奈さんとお話しさせてもらってもいいでしょうか? 同じ現象が怒った同士で話せば、もしかしたら清子さんが出てきてくれるかもしれません」
「俺からもお願いしたい」
「それは全然いいですけど」
「感謝する! 原田、俺だけの方がいいだろうから行ってくる!」
「はい! 頑張ってください!!」
俺は勢いよく麗奈の居る場所まで走った。
子供の身体だと全速力で走っても息切れひとつしないのがとても助かる。楽々と麗奈の元まで辿り着き、一呼吸置いて訪ねた。
「初めまして……俺は斎藤 浩之だ。君は清子さんかな? それとも麗奈さんだろうか?」
ニコニコと乗り物に乗っていた麗奈が怪訝な顔を俺に向ける。
これはまだ麗奈に違いない。子供に対して変な自己紹介をしてしまったから、きっと変な奴だと思われていそうだ。
「えっと俺……ぼくは」
「あなたもわたしと同じ乗り移りか。心配しなくてもいい……わたしは清子だ」
急に麗奈の目つきが変わる。俺はあまりもの変化に思わず声をなくした。




