57話 父親としての助言
あれから一週間が経った。
いよいよ直子の退院の日。俺はまた原田とふたりでいる。
恵美が直子を迎えに行く間、原田と退院祝いの準備をしているのだ。これは原田が前もって恵美に申し出てくれていたようで、俺のこともあってか承諾したという流れだった。
恵美が料理を用意してくれていたので、俺と原田はその料理をテーブルにセッティングしていく。
「このちらし寿司美味しそうですね」
酢飯に敷かれた錦糸卵の上を彩る海老にマグロ、サーモン、いくらがなんとも鮮やかな海鮮ちらし寿司。昔からお祝い事があると直子がよく作っていた一品だ。直子のレシピは知らぬ間に恵美にも受け継がれていたのだと俺は改めて知る。ガスコンロに置かれた鍋には、はまぐりのお吸い物も用意されていた。ダイニングキッチンにはいい香りが充満し、朝ごはんを食べてそこまで時間が経っていないのにもかかわらず、今にも腹の虫が音を立てそうになる。
ーーぐううううう
ちらし寿司を覗き込んでいた原田の腹が俺よりも先に鳴った。
「すいません。朝ごはん食べてなくて」
「後少しの我慢だ。恵美が朝早くから張り切ってたから、きっと美味いぞ」
「食べるのが楽しみです」
嬉しそうに返事を返す原田をじっと見つめた。目線に気がついた原田がきょとんと目を見開く。
「なんですか? そんなにまじまじ俺を見つめて……今日の俺、なんか変ですか?」
服装を慌てて確認しだす原田に、俺は気になっていたことを口にする。
「お前、少しは恵美と進展してるのか? 頻繁にスマホでやり取りはしてるみたいだが、まだ交際はしないのか?」
一気に原田の顔が赤く変化した。
「急に何言い出すんですか!? 恵美さんは離婚したばかりですし、今はそれどころじゃないですよ」
その返答に俺は大袈裟ななくらいの大きな溜息をつく。
「お前な、少し悠長じゃないか? 恵美が離婚してもう半年経つし、直子のことは交際になんの関係もないだろう。しかも今日退院してくるんだ。何をそんなに気にしている? やはりバツイチ子持ちは嫌なのか?」
「そんなこと思ってませんって! 恵美さんはとても素晴らしい人ですし、俺には勿体無いぐらいに完璧な女性だと思ってます」
両手を大袈裟に振って否定を表す原田。俺はまたフーッと息を吐き出す。
「それなら俺がいるから遠慮してるのか? どちらかと言えば、俺がお前と恵美の交際を認めてるんだから、何も気にしなくていいと思うんだが」
「いや、確かに部長の娘さんだから多少は遠慮しますけど……根本的な問題は別といいますか」
「別?」と、俺は怪訝な顔で首を傾げた。
「恵美さんの気持ちがって話しですよ。俺や部長が前向きに考えても恵美さんは違うかもしれないじゃないですか……前の旦那さんのこともありますから、交際に前向きじゃないかもしれないですよ?」
原田は真剣な目で訴えたが、俺は逆に笑ってしまいそうだった。それは要らぬ心配だと断言できたからだ。しかし、どうも原田は恋愛に対して鈍感のように見える。過去の女性とどんな風に恋愛してきたかは知らないが、歴代の彼女の愚痴を聞かされた側の俺にも少しだけ想像はつく。優しい原田の人柄に漬け込み、貢がせ、良いように利用し、最後はバッサリと捨てる。それが今までの原田の恋愛だ。正直、それが恋愛だったのかも怪しいところだが、本人には言わないでおこう。案外繊細で傷付きやすいから、あまり言ってしまうとメンタルを病んでしまいそうで不安になってしまう。そんな原田が離婚し、シングルマザーとして頑張る恵美と恋愛すると言うのは確かにハードルが高いのかもしれない。
けれど、ここでウジウジしていたら、また恵美にちょっかいを出す馬鹿が出てくる可能性は十分にある。ここは背中を押して置かなければと俺は再度気合を入れ直した。
「だったら原田、いつまでお前は待つつもりなんだ? どうやって恵美が恋愛に前向きなのか確かめるんだ? 確かめようのない事をただ待って、別の誰かに持っていかれるのを見守るつもりなのか? お前が優しい奴だというのは俺は十分分かってる。恵美のことを考えて慎重に行動してくれていることも理解できる……けどな、相手を思いやるばかりで自分の気持ちを相手に伝えないのは優しさじゃないんだ。お前も男なんだ。少しでも気持ちがあるなら当たって砕けろだ!」
ビシッと人差し指を原田に向ける。原田は口を半開きにしてこちらを瞬きしながら見つめていた。
「何を呆けている?」
「いや、部長……いい事言ってましたけど、最後は砕けちゃうんですか?」
確かにと、納得してまった。
「そうだな。砕けるのは俺も困る」
となると、もう少し慎重になった方がいいのだろうか。さっきまでの自分の考えは少し焦り過ぎなのかと思った矢先、目の前で大きな笑い声が響いた。
「今度はどうした!?」
「いや、部長って働いてる時は上司の鏡って感じで頼り甲斐がありますけど、家族のことになると急に父親になりますよね」
「あ、当たり前だろ。父親なんだ」
「そうなんですけど、俺は知らなかったから……働いてる時の部長しか俺は知らなかったんで、こうして父親としての顔も知れて、なんでか分かんないですけど嬉しいって思ったんです」
「原田にならお義父さんって言われても嫌な気分にはならなかっただろうな」
「俺も呼びたかったです」
原田の返事がじんわりと心を温かくする。
できることなら、この身体に居られるうちにお義父さんと呼ばれたい。けれど、それは俺の勝手な願いなのだ。
「原田、恵美はお前が思ってる以上にお前を好意的に見ていると思う。だから、これからどうなるかは原田、お前次第だ。俺はお前を全力で応援している……それだけは肝に銘じていてほしい」
「分かりました」




