44話 一歩前へ
噴水から出る水飛沫で暑く火照った身体を冷ます。だが、昼近くになると容赦ない日差しのせいで、水飛沫程度ではあまり暑さ凌ぎにはならなくなってきた。足首が浸るくらいの水も最早足湯のような温かさだ。
「そろそろお昼にしませんか? 良かったら原田さんも食べてください」
「えっ!? 俺もいいんですか!」
「少し多めにお弁当作ってたんで大丈夫ですよ。颯太の遊び相手になってくれたんで遠慮せずに食べてください」
「なら、お言葉に甘えてご馳走になります」
恵美はひと足先に噴水から離れて、お弁当の準備へと向かっていく。
「恵美さんってしっかりしてますね。いい娘さんじゃないですか」
原田は恵美の後ろ姿を眺めながら俺に告げる。
「そうだな」
「そういえば、これからどうしましょうか?」
原田の問い掛けに俺は首を傾げた。
「どうとは?」
「いえ、これから部長に協力するとは言いましたが……俺とふたりで会うのは難しいですから、どうやって協力していけばいいのか分からなくて。あまり頻繁に恵美さんに会う口実も思いつかないですから」
確かにその通りだ。母親の目を盗んで3歳の子供と内密で会うというのは無理に等しい。だが、俺はその問題を難なくクリアできる策を立てていた。
「原田、お前今は彼女いないんだよな」
「え? ええっと、いないです」
「今好きな女性もいないってことでいいのか?」
「そうですね。少し前に振られたばっかりなんで今は特に気になる人はいません」
「原田は長男だったか?」
「ああ、長男ですけど……上に姉がふたりいるので実質は末っ子ですかね」
「なるほどな」
「これ、なんの質問ですか?」
立て続けに質問され、原田は不安そうな表情を浮かべる。
「そんな顔をするな。これは確認だ……原田、俺から提案したいことがある」
「はい。なんでしょうか?」
「原田が良ければ、恵美と結婚前提に交際する気はないか?」
「え?」
俺の言ったことを理解するのに時間が掛かったのか、しばし黙り込む。だが、次の瞬間、見る見るうちに顔を真っ赤に染まらせた。
「な、何言い出すんですか!! 恵美さんが絶対嫌がりますって!!」
「そうか? そんなことはないと思うが……まあ、交際はお互いの気持ち次第だから強制ではない。だが、原田にその気があるんなら俺は協力を惜しまないつもりだ。原田になら恵美と颯太を任せてもいいと考えているからな」
「いや、そんな……俺みたいな男ですよ?」
「原田だから俺は安心なんだよ」
笑って返すと原田は悩むように考え込む。俺は軽く原田の背中を叩いた。
「そんなに深刻に考え込まなくてもいい。原田が恵美を好意的に見ているのであれば俺も何かしら協力できることもあるだろうからと勝手に考えただけのことだ……原田にその気がないなら別の方法を考えるまで。ゆっくり考えてから返事をくれ」
「いえ、あの」
原田はなんだか気まずそうに俺を見つめる。その目付きで俺の勘は外れてはいなかったと確信した。
「俺みたいな男を恵美さんが好きになってくれるか自信はないんですけど……もし可能性があるなら、俺は恵美さんと真剣にお付き合いしたいです!!」
ショッピグモールで会った時に原田は僅かにだが恵美を意識していたように見えた。それは恵美にも感じたこと。きっと、俺が何かしなくても自然と交際に発展していくに違いないと予感していた。
「それなら、まずは告白だな」
「いやいや! まだ気持ちの準備できてませんよ」
「颯太! 原田さん! お弁当の準備ができたから戻ってきてください!!」
木陰で恵美が手を振りながら呼ぶ声が届く。
「よし、行くぞ原田!」
俺は戸惑う原田の手を握り、引っ張り走り出した。
「原田さんと颯太ってなんだか昔からの友建みたいに仲良くなるの早いよね」
レジャーシートが敷かれた場所までたどり着くと恵美がおかしそうに微笑んで言った。
「お兄ちゃんといると楽しいもん!!」
俺はわざとらしく大きな声で告げる。
「いや、そんな」
急に大人しくなってしまった原田の様子を気にする素振りもなく、恵美は笑顔を向けた。
「原田さんって凄く優しい人だもんね。お父さんのことも慕ってくれてて、颯太にまで良くしてくれてありがとうございます」
原田は何か言いたそうに口を開いたり閉じたりと落ち着きがない。
(告白とか言ったから変に緊張させてしまったか?)
少し煽りすぎただろうかと不安に思っていると、原田が意を決したように目を見開き恵美に言い放った。
「俺、恵美さんとも仲良くしたいと考えてます! 良かったらこれからも会っていただけないでしょうか!!」
賑わっていた公園にも関わらず原田の声は遠くにまで響き渡る。周りの視線がこちらへと注がれるのを背中に感じた。恵美に視線を向けると、いきなりの出来事で放心状態のようで口を半開きのまま固まってしまっている。
(これは予想外だ)
すると、恵美の口から笑い声が漏れ出す。
「原田さんって面白い人ですね」
どう反応していいのか困っている原田に恵美は落ち着いた口調で言った。
「まだお会いしたばかりでお互いまだまだ知らないことだらけですから、これからゆっくり仲良くなっていきましょうか。颯太も原田さんといると楽しいみたいだし、一緒に遊んでくれるとわたしも嬉しいです」
告白というよりかは、お友達から始めましょうということだろう。だが、俺にとっては悪くない展開だ。
「本当ですか!! ありがとうございます! よろしくお願いします!!」
勢いよく頭を下げる原田に恵美はまた笑い声を上げる。
「こちらこそよろしくお願いします」
微笑ましいその光景を俺は満足しながら眺めた。




