30話 ピンチ
颯太の友達作りは俺の取り越し苦労に終わりはしたが、結果オーライと言える。
保育園が終わり、我が家へ帰宅するとさっそく恵美が大河のお母さんと連絡のやり取りを始めた。
「大河くん、明日のお昼から家へ遊びに来るって……一緒に未来ちゃんって子も来るみたいだけど、その子ともお友達なんだね。颯太、いつの間にかたくさんお友達出来たんだね! ママ張り切って準備しなきゃ」
スマホを手放した途端に、そわそわと部屋をうろつき始める恵美を俺は呆れ顔で眺める。
夕食の準備も忘れ、部屋に掃除機をかけ始めたり、棚の埃をチェックしたり、キッチンでお菓子やティーカップを確認したりとなんとも忙しない。その様子を眺める俺の腹から何回目かの空腹を要求する音が鳴り響いた。
「ママ、友達が来るのは明日の午後なんだから、もうその位にしてご飯にしようよ」
「えっ!? ごめんごめん。そうだよね、こんな時間じゃお腹空いたよね」
今すぐ作るからねと、恵美は慌ただしくキッチンで夕食の準備を開始する。ただやはり、いつもと違って作業効率が悪い。初めて子供のお友達を家に招待するというのが恵美には楽しみで仕方がないのだろう。
(仕方ない……夕飯を食べ終わったら、俺も少し片付けの手伝いをしよう)
夕食後、俺の予想通り恵美は使うであろう食器を洗ったり、明日のおやつのためにクッキーを焼いたりとひとり黙々と作業をしていた。
俺は子供部屋の絨毯をハンドサイズのコロコロクリーナーを使ってお掃除。適当に遊ぶフリをして出していたおもちゃをあった場所へと戻す。玩具箱の一番下には実家から持って来たガラゲーが隠されていた。
(これは別の場所に隠したほうが良さそうだな)
そっとガラゲーを遊びに行く時に持ち歩いているリュックの中に忍ばせる。
(早く充電できる方法があれば良いんだが)
いまだに中身が見れない自分の携帯電話をなんとかしたいとは考えるが、勝手に充電器を買いに行ける状態ではない。お金があったとしても、3歳児が勝手に外を出歩いてたりしたら大変な事態を招いてしまうかもしれないのだ。
颯太の身になにか起こってしまったら、俺はまた大きな後悔を背負うことになる。死んだ身で言うのもおかしいが、死んでも死に切れない。
(とりあえず、携帯電話はいつかチャンスが巡ってくるだろう。それまでは誰にも見つからないところに隠しておくしかない)
携帯電話を入れたリュックを棚の上に戻した時だった。
どさっと何かが床に落ちた音が耳に入る。
(恵美のやつ、慌てすぎてなにか落としたのか?)
少し落ち着けと諭しに行こうとキッチンへと向かう。だが、俺の目に飛び込んできたのは予想外の光景だった。
「ママ?」
恵美がどうしてか床にしゃがみ込み、辛そうに荒い呼吸を繰り返している。
「ママ、どうしたの!?」
俺が駆け寄ると、恵美は笑顔を向けた。
「大丈夫。ちょっとね、めまいがしただけだよ……なんともないから」
そう言っているわりには顔色は悪く、額には汗が滲んでいる。俺はそっと恵美の額に手を当てた。
「熱い」
「心配ないよ。大した熱じゃないから」
「そんな」
「大丈夫だから」
俺の手に伝わる恵美の体温は確かに熱かった。大した熱なんかじゃない。
しかし、恵美は心配かけまいと俺の頭を撫でるとゆっくりと立ち上がる。
「今日はもうここまでにして、お風呂入って休もうか」
恵美は何事もなかったようにお風呂場へと向かおうと歩き出すが、数歩進んだところでまたその場に崩れ座り込んだ。
「ママ!! お風呂なんていいから、そこに横になりなよ!」
俺はなんとか恵美をソファへと誘導した。
「ごめんごめん。ちょっと休めば大丈夫だからね」
「今体温計持ってくる!!」
俺はリビングにある収納棚から救急箱を取り出す。そこから体温計を見つけ出すと、俺はそれを持って恵美の元へと戻った。体温計を取ってくるのにそう時間はかからなかった筈だが、恵美の顔色は見るからに悪化していた。
頬は熱を持ったように赤いが、顔全体はどこか青白い。さっきよりも呼吸が荒く、意識も朦朧としているようだ。
「熱測るよ」
体温を確認すると、38度5分。かなりの高熱だ。
「いつから具合が悪かったんだ! もしかして俺の風邪が移ったのか!?」
焦ってしまったせいか口調が俺のままになってしまったが、それにすら気付かないほど恵美の状態は悪いようだ。まずは身体を冷やさないとと思ったのだが、恵美が寒さを感じているのか小刻みに肩を揺らす。
「待ってろ!! 今なにか掛ける物を持ってくる!!」
子供部屋の押し入れにあるタオルケットを引っ張り出し、それを急いで恵美に掛ける。
「まだ熱が上がるのかもしれない。何か水分を摂らないと!!」
一度冷蔵庫の前まで行くも、颯太の身長では届かないと気が付いた。舌打ちしながら颯太用の踏み台を子供部屋から運んでくる。なんとか冷蔵庫からミネラルウォーターを取り、救急箱から鎮痛剤を出して恵美のところへと走った。
「恵美、水と薬だ!」
しかし、俺の問い掛けに返事をしない。再び熱を測ると40度を超えていた。
「恵美!! しっかりしろ、恵美!!」
寒気は熱が上がりきったせいで治ったようだ。今度は冷やさないといけない。
「待ってろ! 今、氷枕を持ってくるからな!」
冷凍庫から氷枕を取り、お風呂場からフェイスタオルを持ってきて恵美の頭の下へと入れようとする。しかし、子供の力で大人の頭を持ち上げるのは思ったよりも困難だった。
(そうだ。直子に連絡してみよう)
恵美のスマホを手に取る。しかし、時刻は夜の9時を過ぎ。早寝早起きの直子は既に眠りに落ちている可能性があった。
(躊躇っていても仕方がない。颯太の身体じゃ恵美の看病もままならないんだ……誰かの助けを借りなければ恵美が危ない!!)
俺は意を決してアドレスから直子を探し、通話を試みる。
「恵美? どうしたの? こんな夜位電話なんて珍しいじゃない」
耳元で直子の声が響く。
「大変だ!! 恵美がすごい熱なんだ!!」
俺は無我夢中でスマホに叫んでいた。




