29話 休日のお誘い
2日で風邪も抜け、金曜日からは普通通りに保育園へと登園することができた。
恵美と手を繋ぎ、園の入り口へと入ったところで声が掛けられる。
「おい、颯太!」
俺は声のする方へ目を向けるや否や、目の前で大河が母親らしき人物に軽く頭をはたかれた。
「こら! お友達だからって呼び捨てにしないの! 颯太くんでしょ!?」
痛くはなかったようだが、人前で叱られたのが嫌だったのか大河は不満そうに母親を見遣る。そんな大河には目もくれず、女性は慌てたように俺に向かって頭を下げた。
「ごめんなさいね、颯太くん」
「あ、いえ」
俺が返答に困っていると恵美が頭を上げてくださいと間に入ってきた。
「はじめまして、颯太の母です。そんなに気にしないでください」
「はじめまして、大河の母です! もうこの子ったら生意気で……颯太くんにも迷惑かけてないかと」
「そんなそんな。この間はクイズ大会を一緒にやってくれたって颯太が話してました。まだ保育園に入ったばかりなので、大河くんには仲良くしてもらって助かってるんです」
「そ、そうなんですか? それなら良いんですけど」
よく見ると大河の母親はスーツをびしっと着こなし、見た目はとても厳しそう。長めの髪もひとつ纏めにさせ、どこからどう見ても真面目な公務員というような印象だった。警察官と言われればすぐ納得してしまうだろう。
「最近、大河から颯太くんの名前をよく聞くもので、タイミングが合えば挨拶したいと思っていたんです」
「そうだったんですか! それなら今後もよろしくお願いします」
「いえいえ、こちらこそです」
そんな母親同士の挨拶が始まり、その場で連絡先交換をやりだす。その隙に大河がこっそりと俺に近付いてきた。
「颯太……くん。風邪、なおったのか?」
一応母親の言うことを聞いてるところはまだまだ幼いと俺は思わず笑みを漏らす。
「別に颯太のままでいいよ。熱も下がったし、もう平気だよ」
「ならさならさ、こんどいっしょにあそぼうぜ!」
いきなり大河の目がキラキラと期待したように輝く。
「今度と言わず、保育園で今から遊べるよ」
「ちがうよ! おやすみのひにあそぼうぜ!」
ーーああ、そういうことか。
大河の言いたいことが分かり、俺は少し悩んだ。
休みの日に遊ぶのは構わないのだが、今週は直子の家にも行きたいと考えていたし、なるべく恵美を休ませてやりたいとも思っていた。俺が風邪を引いたことで看病疲れも出ているだろうし、遊ぶ約束をするにしてももう少し先の方が良いだろうと考えをまとめたところで恵美が会話に入ってくる。
「それなら今度うちに遊びにおいで……大河くんなら大歓迎だよ」
どうやらこの数分で大河の母親と親しくなれたようだ。
「遊びに来たい時はお母さんに言ってね」
「うん!!」
大河が嬉しそうに頷く。
「良かったら、熊山さんもうちでお茶しませんか?」
「ええ、いいんですか? なら今日の夕方にでもまた連絡しますね」
などと、俺の意思や意見はフル無視で話は進んでいった。
(まだ友達かどうかも分からない状態なのに……いや、子供はそういうものなのか? 遊んでいくうちに友達になっていくのが自然な流れなんだろうか?)
子供時代の記憶を呼び起こしたいのは山々だが、50年以上も経っていると簡単には思い出せない。
(しょうがない。颯太のためだ……休日も友達作りのために励もうじゃないか)
恵美を見送った矢先、また大河が近付いてきた。
「颯太の家にあそびにいったら、いっしょに奇怪レンジャーごっこしようぜ!!」
ーーふたりで奇怪レンジャーごっこ?
考えなくても疲れそうだと、俺の笑顔はわずかに攣きつる。
「ねぇねぇ。もしかして颯太くんの家にあそびに行くの?」
大河だけが大盛り上がりの会話に、今ほど登園してきた未来が話しかけてきた。
「そ、そうだよ。颯太のおかあさんがいいっていってくれたんだ……よ」
俺の前に言ったことがやはり大河には響いてくれていたようで、慣れないながらも口調に気遣いが感じられる。そのせいか、いつも大河とはあまりお喋りはしない未来が進んで大河に話しかけ始めた。
「大河くん、もう颯太くんのママと仲良くなったの? いいな~、未来ももう少しはやくくればよかった。そしたら未来もいっしょにあそんでいいですかってきけたのに」
「なら、今日ぼくのおかあさんに未来ちゃんも一緒に遊べないか、颯太のおかあさんにきいてもらうよ!」
「ええっ!! やったーーー!! ありがとう、大河くん」
「えっ、ちょっと」
「おれのうちと未来ちゃんのうちは近いから、いくときはむかえにいくよ」
「きょうの大河くんやさしい!! ありがとう!!」
ーーいやいや、待てコラ。何を勝手に話を進めてるんだ! なぜ、家主の息子が目の前にいるのに大河の母親経由で勝手に決めようとしてるんだ!!
喉まで出掛けた言葉を我慢と唱えながら飲み込む。
「未来ちゃんもいっしょに奇怪レンジャーごっこしてあそぼう、ね」
「いいよ!! 颯太くん、よろしくね!」
(颯太のため……颯太のため)
孫のためと何度も頭で唱えながら俺はぎこちない笑顔をふたりに向ける。
「こ、こちらこそ……あそべるの、たのしみにしてるよ」
「うん! じゃあ、またあとでねー」
未来はスキップで嬉しさを表現しながら、別の友達のもとへと去っていった。
すると、またしても大河が俺に近寄る。なんだかやけに嬉しそうな顔をしながら、俺の耳元に口を寄せた。
「こんなかんじなら、じゅくねんりこん?ってやつにはならないんだよな!」
熟年離婚になるかどうかは大河が結婚したあとの問題なのだが、人に優しくなろうという努力は目で見ただけでも伝わってくる。彼は彼なりに成長しようと心掛けているのだから、それを無下にしてはならない。
「そうだな。その調子で他の子にも優しくしたらいいよ」
大河は俺の返事を聞いた途端、今度は両手を力いっぱい握ってきた。
「これからもよろしくたのむな! 颯太はきょうからおれのしんゆうだ!!」
俺は絶句する。
(どの時点からお前と友達だったんだ!?)
俺の我慢は無駄だったのかと、一瞬頭が真っ白になった。




