-791話 北天の明日へ ⑤-
北天王国のど真ん中にいきなり、“ドラゴンの保護区”ができる点に皆が驚く。
驚き方には人それぞれがあるように。
単に口をぽか~んとあけるのや、目を大きく開く者、椅子から転がり落ちるなどだ。
で、その誰もから素っ頓狂な声が上がった。
「ま、そういう反応が見れて私も面白いけど...そんなに驚くこと?」
言い出しっぺのメグミさんにとっては、大それた事という認識はない。
もともと、この世界では、ドラゴン種が死に絶えているという伝承がある。
「そう? それでも、アーチボルトは...ドラゴンの幼生体だよ?」
メグミさんに言われて、クロネコを魔王が診断る。
言われて気が付く、鈍感な子だ。
再び魔王ウナ・クールから声が挙がった。
◇
あれから、何十分経っただろう。
メグミさんの苛立ちはMAXに近い。
なにせ、いつも頭の上にのせていたクロネコを引き剝がされて、今は、何週目かのお披露目中である。
彼女の元に戻る、いな、戻す気配さえ感じない。
「ああ、そういう...ことか...」
一同の前からおもむろに立ち上がると。
メグミさんはダッシュで、部屋を出て行った――行先はもちろん、マルが寝かされている部屋である。
マルを嗅ぎたくて仕方なく間に合わせで、クロネコの肉球とお腹を嗅いでいた。
その生物をも取り上げられたなら、もう思い残すことは何もない。
マルを全力で吸えばいいのだ。
今は阻止するものもいないのだし。
◆
南洋王国と敵対する国でいえば、余りいないといった方が良い。
海洋貿易の相手国である以上は、何かしらの恩恵が他の国にあった。
だから敵対行動をして、気分でも害されると大手の取引先を失いかねない大人の事情が生じる。
陰では面白くなくとも、表では笑うほかない面も――。
その禁忌にあえて踏み込んだ国が、南洋の女王の妹が統治する国“東洋王国”である。
チートっぽい国力と、チート以上の規格で栄える島国家。
今まで、ノーマークだったのは、島国家だったからだ。
仮に占領しても国土は狭く、水生生物でない限りは、実のところ本当の国土が、海の中なんて知る者はいない。
地上に生息域がある生物たちの争う世界では、東洋王国は無名中の無名だ。
ただし、同じタイプの南洋では立派なライバル国である。
東洋王国の住民は、半魚人に占められる。
イケメンだと言われても素の顔が魚顔では、どう見繕っても怖いものは怖い。
人魚族のイケメン好きでも『それは無いよ~』と叫びながら、嫁がされた経緯がある。故に、姉である南洋王国の女王には恨みこそあれ、それ以上の感情を向ける事を忘れたわけだ。
東洋王国の女王は、今でも、人間のイケメンと恋愛がしたかったと嘆いているという。
悲しい話である。
◇
「おい、こら、そこ! 悲恋で幕を閉じかけるな!!」
宮廷に置かれた吟遊詩人を指さす、お嬢さんがある。
吟遊詩人は、鼻先まで下がった眼鏡を元の位置に戻すと、
「は、はい?!」
私ですか?という顔をして見せる。
「お前しかおらんではないか!!」
よくよく周りを見れば確かに人影はない。
皆が怖がって、遠巻きへと距離を取っているからだ。
「なぜ、私が夜な夜な涙で枕を濡らすような方向性にするんじゃ! 私は今でもずっと恋焦がれておる、エルフのように幼気な人族との淡い恋にじゃな...」
吟遊詩人がメモを取っている。
「何しとんのじゃ、ワレ?」
「あ、いえ。話に膨らみを持たせるのだと知り」
「まてまて、悲恋で可哀そうな人に膨らませてどうする?!」
「事実を...」
「知るか、そんな事! 事実よりもフィクションでいいから、幸せにしろーっせめて」
言ってて悲しくなりませんか?と、言いかけてやめた。
死亡フラグが見えたからだ。
◇
「そうじゃった、北天がひとつ...じゃったか?!」
「は、はい...蘇という王国にございまして」
挨拶したのはだいぶ前の事だ。
抱えている案件が多いらしく、足繫く通う国家は多い。
その中では初見にも近いのが“蘇”一国である。
もともと、北天としての付き合いは長かったが、七王国の一つしてでは接点がない。仲介国でいくつか股がなければ謁見さえも、満足に取り次ぐくこともできなかったほどだ。ただ、そうなると無名の中の無名でしかない。
数刻前でも忘れられて当然なのかもしれない。
「で、なんじゃ? 北天としてではなく...そちのみで、取引をしたいのか?」
国の規模が小さくなった分、する側にメリットはない。
国交を開き、貿易路は繋がってメリットがあるのは“蘇”だけでしかなく、東洋王国にとっては普段からある交易路が二つになる。北天のように需要が多岐にわたる訳でもなく、新設するだけで赤字さえもちらつく交渉だ。
「却下だ」
答えを聞く前に、女王自らが答えを出す。
「私たちにメリットがない」
「いえ、ございますとも! 我が国は反南洋同盟に入ります!」
女王は目を点にして――
「本気か?!」
「ええ、」
「お主ら...」
「ええ、」
「頭、大丈夫か?! 南洋王国を敵に回しても実害はないと思うが、魔王軍を敵に回して生き残れる自信はあるのか。いやさ、もっと根本的に問いただそう、お主らの王の理性は未だ、残っておるのか?」
呆れられたような表情で、決意表明を突き返された。
先導役の貴族から、耳打ちで情報を得る――反南洋同盟は、外交パフォーマンスであるということだ。東洋王国のチートな国力を動員して魔王軍は押しとどめることが出来る。
そこまでが限界だ。
チートな兵力や装備力をもってしても、魔王軍とは互角なのだ。
この国と、交易を結ぶことのメリットを表現するための絵に描いた餅の話だ。
「と、言いますと?」
「実際にそんな同盟はない。南洋同盟の実態は、魔王軍の橋頭保程度のものだ。できれば、安全な地にて物資と補給ができることが望ましく、そこで白羽の矢が立ったのがかの国だ。私は、姉が憎いだけで、魔王にはこれといった恨みはない...可愛い娘だと聞くので会ってみたい程度だ」
蘇の使者の落胆ぶりは、居合わせた吟遊詩人の唄になった。
それはあまりにも、見る影もない貧相な姿だったという。




