-777話 姫巫女降し 53-
マルは半べそかいていた。
妙技をもつ7歳の女の子に堕とされたからだ。
冷たい床板に座り込んで4時間、ずっと微動だにしない。
できないのだ。
視線の先に壁まで伸びた黒っぽいシミがある。
横に倒され、起き上がり人形のごとく座り直したら、屁をひねった瞬間に勢いよく潮を吹いたのである。誰も見ていないから大事に至っていないが、どうにもこのシミがなかなか乾いてくれない。
恐らく、森の中のせいもあろう。
部屋にほのかに香る、磯の雰囲気。
海かな? と思わせるようなスライム臭だ。
◇
その頃、エリアスはコバルド族の村を散策してた。
組み手の相手をしていた、マルが放心状態であるのを他所に、新しい木々で組まれた村を見て回る。
まだ、組みあがっていない区画もあって、大人のコバルド人が彼女を見つけると、そっと他所へ行くように促された。
「何を作ってるんですか?」
「祭壇だよ...“さいしょの人々”を使役した神様の神殿を建立して、そこに宴と供物を奉納する祭壇を作る予定なんだよ」
工事の責任者めいた者が、言葉を紡ぐ。
その祭壇で奉納舞を踊るのはたぶん、ババさまに違いない。
神様もそんなしわくちゃを見せられては、気分を害さなければいいがと――思ってその場を離れる。
その足で、村の広場へ。
旅の商人が珍しく逗留していた――エリアスの姿にその商人が気が付いた。
「珍しい、人間の女の子ですか」
珍しがっているのは、コボルトの上位妖精であるコバルド族もだ。
恐らく世界広しと言えども、この地にしか彼らは存在しないだろうという。
「あなたのような子は、何が好みでしょうか?」
と、手のひらに広げた皮の布からアクセサリーが覗く。
「いえ、私...お金ないですし」
「いえ、お近づきにの印に無料で」
「待ちな!」
魔法具屋の女主人が飛び出した。
彼女はエリアスに、採集の心得を叩き込んでいる金策の師匠だ。そのうちに自分で加工ができ利用な腕前になれば、金策はもっと楽になるだろうと言い渡してあった。
「な、何か?」
「その品の鑑定をタダでしてやろうか? 確か...お近づきの印ってやつだったか」
調べられると聊かまずいことになる。
と、安易に知らしめるように商人はその包みをそっと、握りしめてポーチの中に仕舞い込んでいる。やはり、絶対に悟らせたくないのだ――魔法具屋の女店主はその道では有名な鑑定士であるというのだ。
師となったのは、宝石魔術のマエストロ“隻腕の賢者”という人物だ。
彼は未だ健在で、宝石魔法の研究をしているという噂だ。
「さあ、私の弟子に譲るというのなら、まずはどんな曰くつきかを鑑定てみないとね」
慌てた、商人は荷物をまとめると素早く、村の外へ出ていった。
「何があったんですか?」
「なあに疾しいものだったってそれだけの事さ。7歳のぷにっとした少女に欲情する人間は多い。こういうやつらを相手に泣き言も言わず淡々と奉仕するメイドは需要があるというわけさ。――孕むまで少なくとも、5年は係ると考えれば、奴らの趣向で調教できるチョーカーを与える、そのつもりだったのだろう...お前は少しは疑うことを覚えるんだ。ここでね」
「はい! 師匠!!」
「で、マルさまは?」
稽古場を指さしている。
灯りもついていない様子だ。
「大丈夫かな?」
「もうそろそろ、あきらめると思います。ま、お腹がすく頃ですし」
「そんなに単純な」
単純なところがあるから、マルらしいのだ。
座り込んでで、乾いたのはパンツだけだ。
その後、座り込んでたところから立ち上がると、お尻の形がしみになっていた。
「......」
◆
摂政の葬儀は国葬で行われた。
これがせめてもの慰めといわんばかりだが、これで暢気なのは幼帝の方だ。
彼の頭を押さえるのが別の者へと変わっただけなのに、だいぶ楽観的な性格をしていた――いや、むしろそういう事に無頓着な時代の人間という事なのだろう。
この世界は封建社会のど真ん中である。
国王や皇帝が神の化身というような、神代を引きずっていない分、それにかけ離れた行動をとっても咎める者は少ないが、決して後ろ指をさされないとはいいがたい。このブルーメル・イス王朝の王家というのは、ドラゴンスレイヤーの血統であるから、成人すれば必ず諸兵の先頭に立ち、剣や槍を振るって先陣を切るような武威を発することを強要される。
だから、今から――4歳から、そのための英才教育が必須とされていた。
「――と、まあ。なんだ...摂政殿はそういう意味ではとても優しい方だったって事だ」
幼帝の前にあるのは3人の大将軍と、新任の4人目となった将軍である。
その将軍は教会からの推薦枠で推挙された、神殿騎士団長を務めた者だ。
後に、マルと腐れ縁で星回る運命にある“パプリカ”と名乗っていた。
「はあ?」
気のない返事を返すのが、遊び惚けてやろうと目論んでいた、イングヴルムであった。
自由にはなった。
行動の端々に監視の目もないし、怖い思いをしないで済む。
そもそも、侍女たちの沐浴をのぞき見しても、咎めるような者もいなくなった。
好き勝手できると思わないものは居ない。
ただ、それはエセクター伯をはじめとした4人の将軍たちが、この幼帝の人となりを観察するための充電期間だっただけにすぎない。口うるさく言わないでおくと、どんな行動をするのかというものだ――彼らは、この幼帝の中身が転生者であることを知っている。
しっているからこそ、どんな人物なのか観察していたのだ。
ラインベルクの方は、自領に戻る際――。
「あれは、ろくな奴じゃないですよ」
と、いう言葉を残していた。
その意味が何となく露見したことになる。




