-773話 姫巫女降し ㊾-
「ああ、いかにも“シャフティ”だが...こっちはこっちで、依頼を受けてここにいる。んーまあ、冒険者のその辺のと一緒だと思って聞いてくれ!」
こぶしで眉間を押さえながら、返答を待っていた。
「我々も、まあ、そういう事なら」
「ありがてえ、話がこれで進みそうだ」
“シャフティ”族は、やや、おおらかに接してきている。
「まあ、内容というのは依頼主の名を先に伝えておく――」
「それは、ボクから伝えるよ」
と、林立していた人垣の向こうから、少年が這い出てきた。
這い出るくらいしか隙間がなかったからだが、4歳には見えないほど凛とした表情をしていた。
「えっと?」
「ボクは、幼帝イングヴルム...この国の現国家元首だ」
いつの間にか“シャフティ”族は片膝をついて礼を尽くしていた。
とんでもない珍客である。
◇
幼帝と名乗った少年の行動が変だった。
ラインベルクを値踏みするように、腕を組みながら彼の周りを歩いてみている。
落ち着きのない少年というイメージなど微塵も感じられない。
よく言えば、マセガキであろうか。
「なるほど...君は転生者ではなく召喚者ってことか」
ラインベルクをドキッとさせただけでなく、薄ら寒いものを感じさせたのだ。
幼帝と呼ばれた少年の醜い笑い方でだ。
《これは、似た者どおしの既視感》
「ボク...いや、俺は引きこもりニートの“童貞”転生者だ」
自慢するようなものじゃないのに、この手合いのはどっちがマウントを取るかが必至なのだ。ま、ラインベルクも嫌いなことではない。が、今はそれよりも、転生者という単語があることに驚きがあった。
目を白黒させている伯爵も、オウルが置いてかれているのが不憫で仕方ない。
「いや、転生...ってのはね」
「あ、いや、理屈じゃないが知っている。が、幼帝陛下がそう...転生者の方だとは」
オウルの言葉に疑問を持つ。
「え、知ってるの?」
「子爵のケースの方が稀なんだ。転生者というのは、この世界ではわりと多い。かの摂政殿も転生者だしな...なんと言ったか、どこぞの国に仕えていた、国防いや自衛軍とか...いや、仔細は忘れたが...その軍の士官候補生だというのであったというのだ」
ラインベルクは小首を傾げ、
《それは、兵学校の生徒さんっていう設定なんだろうか...いや、召喚の方がレアケースで、転生が多い世界ってことは...魂ってのが不変なものになりやしませんかね? 仮に天国という妄想の類が、実は現実的なもので、精神体の魂はその高次元世界に行き着く...恐らくはその過程で、どこかに流されちゃう? みたいな...わっかんねえ~》
難しいことを考えると、オーバーヒートするラインベルクの脳がある。
案の上、フリーズした体が皆の目の前にあった。
「この者、どうかしたのか?」
転生者だと分かると、4歳の癖に、流暢な言葉を紡ぐ少年を勘繰らなくても済むのだから不思議だ。
「いえ、陛下...これは今、フリーズ中です」
「うむ、そうか...難儀だな、コミュ障を抱えたままの召喚者というのは」
コミュ障ではない。
考えすぎたから冷却期間中のだが、これを伝えるのも伯爵には億劫に思えた。
むしろ、彼を呼び題した真意に興味がある。
「貴殿は、エセクター伯だよな?」
「御意」
貴族の資料、報告の類は目の前にある傭兵、シャフティ族に依頼して集めさせた。
その彼らを見つけてくれたのは、教会である――教会が幼帝を支えるのは、ひとつに“独立”を勝ち得るためだが、摂政とも仲が悪い。表向きは、金銭間で繋がっているように見られているが、教会も一枚岩ではないという理由でしかない。
「招集したのは至極簡単な話だ。余に仕えぬか?!」
◇
すごく単純な話だが、極めて危険な話でもある。
幼帝という人畜無害っぽい者を寄越して見せて、今、戦力をかき集めている摂政サイドとしては、宙ぶらりんな子爵領と三皇子領の中立姿勢、と軍事経済は喉から手が出るほどに、必要な戦力である。
少なくとも、三皇子領には3万という纏まった兵が眠っているのは、調査済みだ。
その背後を支える子爵領の生産力も侮ることはできない。
ちかい将来は、必ず、爵位を上回る経済力を手にするだろう。
そういう未来のある地域だ。
「ボクには、力がない」
どこかで聞いたセリフだ。
「相対する者は強大な実力者で、おおよそだが、この動きも察知されている可能性がある。辺境にて、帝国の拡大路線――事業の遂行に尽力してくれた、四大将軍にも必ず報いたい。だが、目下の敵が強大過ぎてこれもほとんど口約束で終わるだろう...」
幼年王の言葉、これも似たニュアンスをどこかで聞いた。
フリーズから帰ってきたラインベルクは片膝を突いていた。
「もとより、幼年の皇子殿下を守るために召喚されました...」
そんな殊勝なこと言えるようなものじゃなかったはずだ。
いや、そうじゃない。
彼自身が、幼年王に自分を重ねたのだ。
結局のところ、摂政をいや、宰相だった男と対峙するには“力”がない。
力がないと何もできないし、誰も守れないと知っている。
「我は、カルス・ヴァン・ラインベルク=ドメル子爵は、貴族である前に騎士を得た、もののふでございます。武人とは、守るべき矜持と主人を得ておりますれば――」
その肩を伯爵が引く。
「いいのか?! その言葉を吐けばお前の国が興せなくなるぞ?!」
「リフルを守るために国が必要なら、時など待たずに実行して見せます。が、それが夢であることは確かです...ならば、幼年王に賭けるのも同じ事ではないでしょうか? 敵が同じであるというのなら、ここは共闘すべきです」
伯爵は口を閉じる――ラインベルクの意志は固いと悟ったからだ。




