-759話 姫巫女降し ㊲-
隊列の後方に衛士10名と、腰帯で腹が閉まると藻掻きながら苦しむ少女がある。
少女は手荷物のように担がれながら、懸命に追いすがる帝国兵を罠で撃退していた。
例えば、深い水たまりを作る。
天候操作でちょっと気温を下げる、などで罠に嵌った連中が寒がるよう仕向けた。
これだけなら可愛い悪戯だ。
だが、そもそもの前提が良くないことから始まったのだ。
リフルが“帰りたい”と駄々を捏ねて、見張りを張り倒したから追われている。
やったもん勝ちで得意げに走るリフルを先頭に、また妙な隊列ができた。
山の方へ走っているのだが、どこへ行くかも当てはない。
◇
いや、行くべきところはある。
帝国史上最も難攻不落なドメル子爵領の山城だ。
高山地形特有の険しく環境も厳しい場はここ以外に、北域鎮台府しか存在しない。
同じような高さにあり、同じ山脈にある子爵領。
平地が少なく、傾斜の厳しい土地に棚田みたいなのを作って、作物を育てている。
これは、カルスの発案ではじめられた新しい農法だ。
まだ、実験段階に等しい。
山城の規模は子爵の城というより、王侯に匹敵する。
常備する兵は100未満だが、常駐できる兵力は万に対応できた。
発注者は先の皇帝で、帝国が金を払っている。
恐らくは、彼の避暑地も兼ねていたのだろう。
山城へと通じる道はひとつ。
脱出路は地下坑道を抜けさえすれれば、ふもとの里まで行くことができる。
リフルはこの脱出路を、街まで買い物へ行くために日常的に使用していた。
いや、その母親も同じことをしていたのだ。
彼女は、家に帰りたがっている。
「はい。っ分かりました。何とかしましょう、もう...」
マルは締め付けていた腰帯を直し、お腹を摩りながら――缶バッジを皆に配る。
みなの“ナニコレ”な表情が見なくても分かってしまう。
「それがボクのマーキングだから」
告げると、転移門の構築に取り掛かる。
追ってきた兵士たちの執念はあっぱれだ。
が、その頑張りも虚しく終わる。
彼らの目の前には、今、不透明で絶望的な高さを誇る、氷の壁が聳えていた。
ラインベルク一家をぐるりと囲むように、それは築かれたものだ。
「もう、よい...行く先は分かっているのだ。これ以上追い詰める必要もない」
と、見張りの兵を諫めたのは、宰相付きの騎士だ。
兵士たちは、舌打ちや唾を吐きながらその場を後にする。
◆
ガラハット卿の仕事は、西に向かう事ではなく、帝国に敵対した国々への対処へと変容していた。
先のサラトフ公国のような、勧告に応じない小国を、片端から叩き潰して回った。
と、同時に将軍の名で敵味方を識別しているような、行動でもあった。
その頃のラインベルクは、西ドニエプル王国の王都へ招かれていた。
ハイランド王国の撃退での功労者という位置づけのようだ。
西ドニエプル王とエセクター伯の間で、数十分ほど会話が行われているころ、ラインベルクとオウルは、城のバルコニーで体を夜風に当てていた。
召喚されたのに何となく手持ち無沙汰なのだ。
確かに豪勢な宴を開いてくれている。
嵐の前の静けさのような、雰囲気ではある。
生きた心地がしないというのもあった。
「まるっと置いてかれましたな...」
オウル将軍も同じ気分だった。
伯爵からは、『宰相がついに動いた』という怪文みたいな言伝をもらっていた。
帝国の顔として今までも、文官のそれらしく動いていた――とは、何か違う動きなのだとしたら、ラインベルクの名代だとして名乗った、かわいらしい少女軍師の懸念のことだろうと気が付くに至る。
ただ、至ったところで彼には、何かができほどの力がないのだ。
「待たせたかな?」
バルコニーから内向き、部屋との境にエセクター伯が立っていた。
何となくだが、外向きの顔とも思えなくもない品性のある大貴族のそれがあった。
「なにか、いつもと違うような...」
「煩い、黙ってろ」
微笑みながら怒るとは器用なことができる人だと、ラインベルクは苦笑してみせた。
オウルから見ても、本当に怒っているようには見えなかった。
口端、口角をややひきつらせながら。
「国王に謁見させてやるから、ふたりとも付いてこい」
◆
マルは、エルフ特有のショートカット転移をやってのける。
まず、缶バッチを遠巻きで見守っていた、コバルド族の30名へ渡しに跳躍んだ。
そして、彼らをそっくりドメル子爵領へ送り飛ばす。
再び、同じ場所、三皇子家の人質さん御一行の下に顕現する。
前もって、現当主の御母堂さまに『肌身離さずお持ちください』と、言伝おいたマーキングのお陰で見つけることも、跳躍させることも案外容易だった。
しかも、宰相の目の前で、悠々と転移してみせた。
子爵領の山城に到着した頃、御母堂さまから――「先ほどの中指のみを突き立て、宰相に見せたのは何の挨拶なのじゃ?」――と、問われマルは『な、なんでしょうね』なんて返答していた。
少なくとも、意味の問題ではなく、相手を挑発する類のとは察している。
だから、マルが説明に苦慮している様子を見て、優しく微笑んでいた。
「さて、と。これであたしらは、帝国の敵認定は間違いないよな」
エセクターが一息ついたところで口火を切った。
リフルの方も双子を背負ったままで腕を組んでいる。
《元気な人たちだなあ》
これが、マルの印象である。




