-758話 姫巫女降し ㊱-
「そ、帰る。もちろん、故郷に...えっと、実家、かしらね」
リフルの目が怖い。
見張りは沢山立っている。
脱走者が出れば、即座に隊列の中心部に届く手はずになっている。
ラインベルクは子爵家でありながら、高い家禄の上級貴族のみなさまと同じような列に組み込まれていた。
その列には宰相の一族もある。
要するに目を光らせているのだ。
「無茶ですよ~」
マルの懇願、エセクターの“どうどう”落ち着け的なフォローが入る。
「帰る!」
駄々をこね始めた。
こうなるリフルには手を焼かされる。
言って聞かないから、ぺしぺし頬をビンタするも、まあ大概は返り討ちに合うのが関の山。
また、屋敷に攻め込まれた時の頼みの綱だった、コバルド族は帝国軍の行列の中にはいない。
まあ当然と言えば、当然だろう。
魔物ではないが、人外が混ざれば目立って仕方ないのだ。
で、結局、彼らは索敵のかからない遠巻きから、マルたちを見守っている状態だ。
「帰るって言ってもこのど真ん中で?!」
子爵家の行軍で必要な人員――衛士10名、給仕係り(男女込みで)40名超、冒険者3名である。
「そ、どこだろうと帰るの!」
「簡単に言うなよ、熊娘!」
エセクターも転移が使える。
宮廷魔法使いという身分だったからだが、それでも実兄のように大規模のは難しい。
しかも、転移後にクールタイムを挟まずに、再び起動させるのには途方もない演算力が必要になる。
穴に飛び込んだ先が、谷底だとか湖面の上では生命の危険があるからだ。
いやそもそも、通過者を見失わずに目的地へ向かわせるのも難しい。
「マルちゃんなら可能だよね?」
「おい、何を喋っている?!」
見張りにコソコソしているのがバレたところだ。
内緒話が怪しいという通報を受けて近寄ってきたようで、リフルの不機嫌そうな視線を受けても、なかなか立ち去ろうとしない。
完全に不審がられている。
「いやいや、夕飯なにかなあって、ねえ」
マルが機転を利かせて、エセクターに振る。
エセクターもメイドたちと作り笑いを浮かべているにとどめた。
「...っ、静かに休憩していろ」
と、立ち去ろうとしていた見張りを張り倒したのはリフルだ。
どうやら癇に障ったらしい。
背中から後頭部を鷲掴みにすると、勢いよく地面にたたきつけたのだ。
まあ、やられた本人は白目をむいたわけだ。
――気絶。
豪快すぎる行為に周りの貴族も開いた口が塞がらない。
そのままリフルは、猛烈ダッシュでをかます。
マルは一瞬、遅れたがどこかで申し合わせていたのだろう、エセクターと、その子を背負う冒険者、給仕たちも一緒に走っている。マルの腰帯をひっつかんで衛士10人が続いた。
「マル殿、目眩ましの何か放っちゃってください!!!」
全力疾走中に何を唱える。
いや、何がある――見れば、見張りの兵士が追ってきている。
「ええっと、えーと...サイレント!」
音が消えた。
走る足音も、誰かが何かを叫んでいるのも聞こえない。
無音のトーキ映画みたいになっているが、解決したわけではない。
《あれ? 間違えた...えっと、フラッシュ!!!!!》
◆
東部方面軍ガラハット卿の軍勢は、サラトフ公国軍と対峙していた。
公王の城下を分断するように大きな川が流れ、大橋で街を繋いでいるつくりの城塞都市である。
その東側を陥落させ、抵抗を続ける公国軍の頼みの綱は、ハイランド王国だった。
が、すでにその軍勢の姿がない状態で、孤立無援と化している。
「降伏すれば、今まで通りに統治できるよう取り計らう故、西の城門を速やかに開けられよ!」
という使者の勧告を、公王軍は弓で返礼する。
帝国に弓を引いたのは紛れもない事実であるし、今までに裏切った国も多い。
一国一城の主となった者の小さな野望が、破綻したのを見てきたものならばわかっている。
そこに待つのは“死”である。
◇
「宰相の行った苛烈な仕打ちがここにきて顕現しましたね」
使者を送っても、ハリネズミのように矢だらけの状態で送り返される。
こうなると、使者に立つものも少なくなる。
「心理戦ではずいぶんな効果を生んでいるようだが、なかなかどうして...ここが一番近く、そしてここまで進出しても王国軍を見なくなった。この情報から推測すると――」
「ハイランドは南下していない...でしょうか?」
副官の言葉に耳を傾ける。
不意に将軍は、
「ブラインドの魔法を!」
と、魔法士たちに告げた。
全軍を覆い隠す目隠しの魔法。
どこからともなく舌打ちが聞こえたような気がする。
「なぜ、ブラインドを?」
「帝国の危機対応能力を調査する目的もあったのではないかと思ってな。念のためだが...エルフたちめ、遠巻きに様子を伺いながら、手を出すこともしなくなっておる。ま、使者を矢達磨にして返すこの国の礼儀にも飽きた、憂いが残らぬよう全力で叩き潰す! よいか?」
この国の出身者も少なからずいる。
そういう兵士には、帰還しても咎めないと申しつけたが、その兵士らは将軍の下を去ることはなかった。逆に自ら名乗り出て、将軍と帝国に忠誠を誓うと言い出したほどだ。
「忠義には、答えてやらんと」
「まあ、そうでしょうが...火炎球で落ちるでしょうか?」
西側の城壁と城をざっと眺め、
「燃やしてから後、考えるかな」
と、火攻めを敢行する。
帝国の城攻めでは最もポピュラーな方法だ。
マルみたいに水属性や氷属性、闇と光属性を操る魔法使いが本当に少ないので、魔法といえばファイヤーボールぐらいしか思いつかない。結局、火属性で燃やしてしまおう、ホトトギス的な思考に行き着いた。
アカデミーでも城に出会ったら、まず燃やしてみよう――だ。




