-756話 姫巫女降し ㉞-
「そうですね、四人の将軍がそれぞれに動く場合は、特定の人物に対しての牽制ですね。亡き陛下のことですから、そんなに難しいことを遺言に認めたとは思えませんが、権力にしがみつきたい者や、欲する者には都合よく聞こえたかもしれないでしょうね」
行商人は、自分で並べた宝石をつまみ上げて、眺めている。
「シヴァ殿は心酔されているようだね」
「私だけではありませんよ...国民に良く愛された皇でしたよ」
赤色の石を手元に集めている。
ガーネットや、ルビーなどの宝石だ。
「こんな瞳をした子がいましたねえ...お土産に買って帰りましょうかね」
「土産に、そんな血のような色をか?」
シヴァは、少女のようにころころと微笑みかえしてみせた。
◆
帝都では、やはり苛立ちの中に宰相はあった。
力の差はもうない。
第六皇子から仕掛ける素振りがないのも気がかりだが、用済みとなった男の始末の報せが届かないことがどうにも解せない。遣いを出す――いや、この場合なんの為にと、逆に能天気なラインベルクでも気が付いてしまうから難しい。
陣中見舞い――と、頭を過る。
宰相は自らの頬を叩いて吹き飛ばす。
《俺がアホになってどうする...今、ここで陣中見舞いなど出したら、この後、奴に何かあれば必ず俺が疑われる。奴が窮地に追い込まれるように仕向けなくては...》
剣の腕は人並み。
機転が利く、魔法は行使しているのを見たことがない。
また、軍師だと名乗った少女は、ラインベルクの妻子らと共にある――これは、好条件だと宰相は思い、実行しているのだ。
残念ながら、早いうちに妻子を手元に置くのは難しいことも自覚している。
エセクターは200年も生きる王宮魔術師のひとりであり、恐らく悪魔の類であると推測している。
また、軍師と名乗った少女は、エセクターを師匠と呼んでいたからだ。
《奴がいないうちに手元に置きたい、掌握したい...今、まさに絶好のチャンスがここに...》
――じれったいと呟いた。
「閣下?」
かつて、皇帝がその大きな手で、盤上を鷲掴みにした跡が残る“王の間”に宰相がある。
あの時の皇帝と同じ立ち位置で、盤上を鷲掴みにして卓上の領土に目を向ける――これは俺のものだと叫んでいた。
◆
「ほう、ようやく宰相が動いたか」
第六皇子は、猛烈に地を叩きつける豪雨の中にあった。
「痺れを切らしたのでしょうか。今まで慎重だった男にしては――」
「いや、そういう事だよ。結局のところ、あれも簒奪したいのさ、父の玉座はそれだけ魅力的...世界の富を人々の羨望を集める王...ようやく人らしい本性を見せてくれた。さて、あれの駒には末皇子があったなあ...」
少し寂しげな瞳を帝都側に向ける。
帝国の外と内で再び、激しい炎が立ち上がりそうな状況だ。
「では、戴冠の都“ネムルト・テンプル”で...あると?」
「この状況では、力の拮抗が優先されたと考える方がいいだろう。で、妹の思い人が次の一手に大きく影響する。あれのことだ、用意周到に戦地に送り込んだようだが...切れの無い詰めほど穴が多いと気が付ぬはずもないのだがな」
ラインベルクのことは何となく直観で買っている。
《聡明な妹が四六時中付きまとう男だ、それにアレの粘り強さときたら、兄弟の誰もが降参させられたものだが、あいつは良くも捌き切ってくれている...感心しない方が可笑しいというものだ》
「さて、ネムルトの次は我が領土だろう、支度をする」
背後にあった部下らは、片膝を突いて『御意』と叫んでいた。
とうとう、第六皇子もその重い腰を上げる時が来た。
ラインベルクとオウル将軍の後を追うように、ゆっくり進軍していた1万の軍勢は、その日を境に行方不明となる。
◇
宰相が第六皇子軍を見失って7日は経過していた。
帝都を発した宰相軍は総勢6万もの群衆も含む大軍である。
帝国国内の規模であれば、予備兵力であろうことは容易に察することができる。
その中に、ラインベルク=ドメル子爵家もあった。
いや、すべての貴族、士族の家族が同行を命じられているから、数だけで見れば相当なものだ。
新しい皇帝が立てられるという点では明るい情報であるし、事情をしならない貴族や士族にとっても顔の表情は晴れやかに見えた。
ドメル子爵家は、それとは真逆である。
ちなみに、お子様スライム3人姉妹は、熊手亭で給仕のアルバイト中で行軍していない。
子爵家の子という勘定に入っていない。
「これは、アレだよね?」
娘の手を引くエセクターが、マルの耳打ちに声と息を吹きかけた。
変な声で鳴いたマルに視線が集まる。
「や、やめてください!」
エセクターと同じ顔に見える娘の微笑みがいやらしい。
これは、アレだ。
将来、母親と同じ路線で両刀使いになるに違いない。
「ええ、人質ですよ...拒めば、即座に反逆者とみなしたでしょうし...新しく皇帝が立てられると言っても、未だ子供...いや、赤子ですよね」
「いや、もう2、3才だろ? あとは、どれだけ甘やかしているかに拠る」
リフルの方は静かだ。
黙って、双子を背負っている。
一応、子供達にはふたりのメイドが子育てのサポートについていた。
そのメイドも「代わります、奥様」という具合に声を掛けているようだが――何を考えているのかまでは推測の域を出ない。
しばらくすると、行軍の足が止まる。
先頭から回ってきた、兵士がそれぞれの家長らしき者に『ここで休憩する』と告げて回った。
大行列もいい状態なので、目的の都までようやく3分の1を攻略したような状態だ。
「マル、帰りましょう」
唐突にリフルが口を開いた。
しかもローブをかぶっている少女の頭頂部にチョップをかましてだ。
「にゃい!」
「スライムからいい音が?!」
かぼちゃを叩いた音のようなアレだ。
エセクターの不意打ちといえば、胸を揉む、お尻を触る、抱き着くだが――リフルの不意打ちは暴力である。
大抵は、叩かれる。
平手とかグーとか、手刀なあたりだろうか。
「帰るって?!」
「そ、帰る。もちろん、故郷に...えっと、実家、かしらね」




