-749話 姫巫女降し ㉘-
「で、決戦地は...」
「いやあ、当初はもう少し、衛星国の頑張りなどがあると思っていました。頑張った暁で決戦地は“ノグラード”古王城になる予定でした。周辺の小国家群もその地に集まり、北方戦線の大将軍がまとめてくれるのとばかり...これは誤算でした」
誤算というのは、大将軍が戦死したことだ。
そして、ハイエルフに対して人は無力だということである。
「まあ、確かに高次元の霊的存在で、高位の精霊にも匹敵する魔法生物。それがハイエルフだけど、そうであったのはついぞ、500年も前のことだ。世界の頂点であった竜種のエンシェント・ドラゴンをはじめとるす生物系の頂点たちが、みな次の世界に旅立ったのを鑑みれば――」
「はい、師匠の考えている通りだと思います。高次元の存在が世界の秩序を人間種に託したのだと思われます。大厄災によって一度は、住めない星となった台地を浄化し、再び生命の循環に貢献した彼らが道を譲るとした...それに異を唱えた彼らにはもう...命を育む力は残されていない、だと思います」
エセクターは目の前の子を慈しむ目でみる。
「子が産めないとは...悲しい話だな」
「まあ、増え難いと言い換えた方が正解かもしれませんね」
マルも言葉を選びなおした。
「でも、なんで激オコ?」
リフルも混ざる。
「まあ、そこは聞いてみないとわかりませんが、何となくどーでもいい気がします。その答え」
「私も、そう思うよ」
◆
激オコの理由。
ハイエルフたちは、自ら変に高い自尊心というのを持っている。
竜種族の長老曰く――困ったちゃん――だと表現したことがある。弄ると怒るし、また無視すると怒る。適度に構ってやると喉を鳴らした猫のように人懐っこく接してきて、甘えた声で殴り倒したくなるような要求を突きつける、無頼の甘えん坊だというのだ。
最早、相手にするだけ時間の無駄と、思えるほどつけあがる。
これで距離を置かれたのが、竜種族とハイエルフ族の関係性だ。
高次元の零体の役目は、砕け散った星のエネルギーをかき集め、浄化してもう一度住める環境に戻すことだ。それ以前の世界名“ハイファンタジー”は文字通り“廃ファンタジー”な世界で、神人族と竜種族、ハイエルフ族、神獣族などが大地、枯れた海、汚染された空で生き抜いてきた。
その辺鄙な岩場に、小さなスライムも一匹いた。
ほとんどの妖精種と呼ばれる者たちも、それぞれがその身に宿す宿命の砂時計という時間を持っている。世界が神代を拒んだように、妖精種を拒む時期も近づいているということだ。
その時間を拒めば、転生の機会は訪れない。
そして種族の繁栄さえも、祝福から切り離される運命だ。
エルフたちの激オコの理由は、功労者への仕打ちに納得がいってないという、最も人間らしい憤りである。世界を救った自負、文明の礎を齎した自負、土地と富を与えた自負、これらに対する対価に人間は“何もしてこない”だった。
◆
「子爵さま...」
馬に跨るラサの姿は珍しい。
アサシンという職業と、斥候という特性を生かして、先行していた彼らが戻ってきた。
その表情には焦りににた色が浮かんでいた。
「良くないことか?」
馬を寄せてきたのは、三皇子の若き将軍だ。
名はアレス・オウル公である。
三皇子の“王府”から最上級の爵位、公爵を受勲した者であるが、軍人として建てた功績という意味合いが強い。
帝国からは正式に男爵としての地位も得ている。
所縁と絆を考えれば、帝国男爵よりも三皇子府公爵と名乗った方が、何かと得であった。
「今、物見が届き先発していた者たちから、“ノグラード”は陥落していたとのことです」
報告にはもういくつかあるようだが――
「なるほど、進軍速度が速いだけじゃなく、エルフは各地にある里の連中に召集をかけているんだな?」
「は、な、なぜ?!」
ラサの眉が上がった。
図星というよりも、なぜそこに至ったかを知りたがった。
「帝国は、教会より魔法使いを傭兵の類のように借り受けている。いや、もう買ってるといって過言ではない。毎年レンタル料で泣かされてはいるがね...だが、それだけでこの大帝国が存続しているわけじゃないんだ。各地にはエルフ族があって、彼らとも協力関係を構築して世界有数の版図を築いてきた。ま、敵を懐に買っているって感じかな」
と、わずかに微笑みながら――あれ? という表情を浮かばせた。
「えっと、子爵さまは...」
「そ、それは...帝国軍アカデミーにでも通うと、その...常識化なのか?!」
と、ラインベルクから問う。
頷くはオウル将軍だ。
「子爵さまは、転生者という話は本当だったんですね」
と、確認するのは彼自身、噂程度にしか聞いていなかったからだ。
一応の帝国常識は、オウルにとって叔母にもあたるリフルから、手解きを受けたからだとラインベルクは伝えた。ただし、読み書きが一応できるようになったとは言え、帝国のアカデミーに入るにはそれなりに狭き門だというのだ。
リフルにとっては、続柄としては叔母だが、オウルの半分も生きていない。
からだろうか、ラインベルクとしても実感がわきにくい。
「まいったな、軍の知識では将軍に敵わんということか。ならば、猶更かもしれないが...この軍の司令官は、オウル将軍に任せた方が良いってことになるな」
元々、そのつもりだった。
マルからも指揮権は、彼に譲り神輿に成れと言われた。
が、その神輿はスッカスカの軽さを誇る。
「いえいえ、指揮官はあくまでも帝国宰相代理に...」
「おいおい、宰相との接点が濃いだけで俺は、子爵って身分で――」
◇
「ほう、宰相代理がいるとは聞いてなかったが――ジャスパーの奴め、北方方面軍をどこに向かわせたのだ、まったく」
ラインベルクの背に禍禍しいほどの闇が広がる。
ただし気配の色がやや懐かしさがあった――エセクターと同じ雰囲気のだ。




