-745話 姫巫女降し ㉔-
宰相を見送り、漸く生きた心地を取り戻したラインベルクは、従業員休憩所にあるメイドのマルに飛びついていた。甘酸っぱい香りのお子様スライムというのが、彼女らのステータスに燦然と輝く称号だ。
間違っても、旗付お子様オムライスではない。
音が似ているが、違うし、別物だ。
甲高い声を挙げ、ひんひん泣きながら、ラインベルクにされるがままにある。
彼は、マル2号のスカートに潜り込むと、お腹の匂いを吸っていた。
「どうしたの?! 2号!!」
3号が、トイレからすっ飛んできた。
「暴漢にぃー!!」
2号の涙目。
1号も職場から飛んで戻ってくる――リフルは身重なので動けないが、ラサも3号の背にある。
「ラサさん、暴漢ですって!!」
「任されたし!」
襲われている2号からラインベルクを引き剥がすと、彼の手には剥ぎ取られたパンツが握られてあった。再びの悲鳴、1,2,3号同時の鳴き声が宿屋で響いた。
その後すぐに店は閉店し、オーナーは皆からしっ責と“変態”の称号を贈られることになる。
◆
「はあ、ロリコンついに事件を起こすか...2号に男性恐怖症がステ面に追加されたら、給仕できなくなるよ、看板娘を壊しに来るとはとんだオーナーさんだね」
と、マルは他人ごとのように告げた。
彼女は避暑地にある。
三皇子の若き将軍とのデートでは無く、帝国の新たなる敵の視察を兼ねていると告げた。
「で、どこのどいつが喧嘩を吹っ掛けてきたんだい?」
「内乱してる場合じゃないよ、エルフの連中が激オコで戦争仕掛ける気満々だ!」
「エルフ? あの俗物が?!」
悪魔エセクターとの交信に映像は無い。
子供が遠見の鏡に回し蹴りを食らわした為、ひび割れて使えなくなった。
幸い音声だけの通話が可能なので、“Not Preview”という文字がエセクター側に浮かんでいる。マルの方も似てはいるが、“Sound On”なんて文字だけしか出力されていない状態。とりあえず、マルには予備知識があるので、その古代語を読み取ることが出来る。が、まあ、エセクターに意味までが理解できているかは甚だ不明である。
「師匠に聞きたいんだけど」
「おうよ!」
おそらく鏡の向こう側でガッツポーズを取っていることだろう。
「なんでも聞くさね」
頼もしいのだけど、その雄姿は声だけである。
「この世界のエルフってどんな感じ?」
「ああ、あんたも流れ者だったね...」
マルは頷いているが、彼女には見えないだろう。
それでも師と弟子だという関係であるから、阿吽に似た呼吸で分かり合えていた。
「北の地にハイランドという王国がある。規模は、小さいほうだと思うけど...この帝国は一度も触手を伸ばさなかったね。おそらくは密約を結んでたんだろう」
「密約?」
「竜の住まう地にも手を出してないけど、ここは単純に手を出し辛かったんだよ...力の差は歴然としているし、竜を御する乙女の加護っても、1匹とか2匹を撃退できるような力だし。そもそも竜と戦争なんかしてみろ、数千年前の神々の戦争並みの大惨事になるのは明白だ。世界の終わりなんて大袈裟なものじゃないだろうが、人の世は確実に終焉だろうな」
スケールの大きな話になっている。
竜を御する乙女の伝説は、帝国の勃興より新しい御伽噺だ。
とはいえ、ドラゴンスレイヤーの血統は、王家の証のようなものでこの血のお陰で竜属の侵攻を防いでいると一部では思われている。
それでも、帝国は竜の住まう土地を襲撃してこなかった。
征服欲に支配されていても、理性はあったということだろうか。
「竜もエルフも人からすれば、人外だ。ま、私ら悪魔も...化け物だ。同じ姿をして、人のルールや言葉を理解したとしても、相容れない存在である。まあ、それはいい...エルフはそういう点でいえば、もっとも人族と同じ考え方を持っている――いや、勝ち取ったといっていいか。あいつらは下種だ。関わってもちっともいい事はない」
多分、床に唾を吐いていると思われる。
子供の泣き声と、それをあやす師匠の赤ちゃん言葉が聞こえてきた。
「この場合、侵攻されたら?」
「ああ、そうだな...弱いものは嬲り殺される。いや、それは幸運な方かもしれない」
「幸運ですか? 嬲り殺されることが?!」
悪魔からの言葉としては可笑しなことを聞いた気がする。
ただ、エセクターは深刻そうな調子で、トーンを落として――
「あいつらは赤子を食らう質の悪さがある」
「エルフですよ、菜食主義者では...」
「堕落した妖精などというのはな、肉を食らい、黒い唾液を垂らして悪魔の列に並ぶのだ。いや、本来の悪魔でも、そんな連中を仲間だとは認めないから、鬼畜と化して外道や魔道にも外れた種族になる。元はエルフだが、最も残忍で最も穢れた者たちだ。関わらん方がよいのだが...」
「そうですね、ブルーメルの帝国の敵に成ろうとしていますね」
このまま領地を割譲されるのは問題ない。
問題がないわけじゃないが、関わり合いたくないというのが本音である。
だが、そうは言ってもいられないだろう――帝国の危機に帝国貴族が背を向けるのは、これはこれで許されるものではない。
いや、それ以前にラインベルクが許さないだろう。
あれには、そういう気質がある。
「看板娘に暴行を働くきらいもありますが...確かに、道端でボクを拾う処もありますね」
「引きこもりニートの癖に、割かし男気がある」
「師匠もなんだかんだで、好きなんですね」
鏡の向こうで――好きでもない男のタネなら無視したであろう。が、血の契約でアレの本性を知ってからは、リフルに負けぬほどの好きものよ」
と、のろけた話を聞かされた。
そうしてもう一度、師匠から『...それは如何ほどに現実的な話だ?』と問う。
「1,2年以内に、辺境領の一つが陥落するくらいには」
激おこな理由は今イチ、理解に苦しむ。
が、だいぶ先の未来ではないことは理解できた。




