-18話 クランのお仕事-
「個人のお仕事は、お金を稼ぐためにクエストを受ける!」
「だが、クランのお仕事は勇名ポイントを稼ぐために、大規模な依頼を消化する必要がある」
ベックの演説を聞く新人たち。
その中にマルもいる。
「クランも星の数あるからな、いろんな稼ぎ方がある。レベリングを兼ねたダンジョン攻略とか、大口取引の納品クエストの消化とかな」
「まあ、このクランは上位20名が何らかの戦闘・補助スキルを完ストさせている。腕に覚えアリって感じだわ。でだ、俺たちは、PKを狩ることで勇名ポイントを稼いできた!」
ベックの質問を遮る形で、ひとりが挙手。
もちろん、挙手して発言なんて教えてないから、マルが新人の腕を勝手に上げさせていたのだが。
「はい、どうぞ?」
「えっとですね...PKを狩るってどういう」
新人はオドオドしながら質問をする。
吹き出しには“困った”という意味のマークが浮かび、挙動不審だ。
「君たちの誰かが、他の冒険者に襲われたとしよう。公式のマニュアルにもあったように、襲われて行動不能にされると、その時点でPK被害として冒険者ギルドに掲示される仕組みは知っているよな。その後、個人を含むパーティ単位には報奨金が用意され、クラン単位には勇名ポイントが罪の度合いによって用意される」
ベックの指が新人ひとり、ひとりを指していく。
「今日に至るまでPKは組織化されて久しく、単独で犯行を重ねる者は少なくなった。まあ、この世界でも少数の強者が居ない訳ではないが」
「と、まあクランの中でも仕事の内容は変わる。外に出てPKを直接狩る者と、仲間の為に物資を調達する者といった具合にだ。君たちの適性を見極めて、我々で最適な役割を与えることとする。いいかな?」
彼は、言い終えるとホビット娘こと、レンが代わりに檀上へ。
「私の担当は、後方支援だから! 欲しい子を名前で呼ぶから宜しく――」
と、次々に新人を漁っていく。
勿論、マルはベックと共に外へ出る組に入る。
「ねぇ」
マルがベックの小指を引いた。
見下ろす彼との身長差は正に親子だ。
「ん?」
「獲物は、誰?」
マルの不安そうな表情が浮かんでいる。
PKと聞いても、それが何かとは問われなかった。転向前でもソレが何かは理解しているという事だろう。後は、PKをキルするシステムかどうかという事だ。いや、そもそもPK自体が存在しているかも妖しい。
そういう事だろうかと、考えた末に――
「今までグレーゾーンに隠れていた連中の一斉検挙だ。俺たちの他にあと、4つのクランが参加する大規模な摘発と捜索になる。まあ、連中にとっては不運でしかないんだろうがな」
ベックの瞳は、優しくマルを見つめている。
もう、パパって抱き着いてもおかしくない雰囲気だ。
指導官も眺めてて微笑みしか浮かべられない。
さて、ベックが父親ならさしずめ副長なら母親の立場なのかと過ったが、頭を2、3回振ってその考えを拭っている。『母親じゃなくて、兄貴って言って貰いたいな――せめて』と呟いた。
◆
冒険者ギルドを代表して、エルフの男性がお目付け役として派遣されていた。
「今回の摘発は、大規模なダンジョン詐欺とその組合を排除することを目的としたクエストです!」
報酬として、勇名ポイントを革袋に詰め込んだソレを4つのクラン全てに掲示。
「これは前金です。摘発と討滅において優秀さを買われれば、追加ボーナスもありますので奮ってお励みください!」
どこかの戦場みたいなやり取りだ。
マルもどこかで似た光景を目にしたことがある。
そうだ、人間の連中が魔族の首印ひとつに金貨幾十枚とか言ってたのを思い出す。
将帥であれば追加ボーナスを乗算させて、地獄まで引き込まれたような低い士気を、必死に引き上げようとしている時のアレと同じような雰囲気がある。いや、この場合はその目論見は、成功して実に高い士気が立ち込めているようにも思う。
PKといえば、言わずもがな“Player Killer”という。
マルの世界では余り使う事は無かったが、異邦人の誰かがそんな言葉を使ってた気がする。
所謂、対人戦闘――或いは、決闘だ。
マルとこの世界とでは解離がある。
ベックらの世界のPKは、冒険者を襲う同じ冒険者の事を指す。
そしてこのPKを狩る者をPKK=“Player Killer Killer”と呼称される。
オレンジやレッド・ネームを狩る人々にはデメリットとしてPKに襲われた人たちと同じ身包みを剥がされる可能性だけがある。ミイラ取りがミイラになるパターンだ。狩り対象者のPKが強者だった場合に起こり得る現実。
まあ、その為に狩る側も徒党を組んで襲撃する訳だ。
で、今までPKとPKKとで不正行為が無かったのかと問われると、これはこれで難しい。
現在では、隠し要素で存在すると言われている“立場値”と評価によって、その行いが正当であるかをシステムが判断して、違反行為を冒険者サイドで処理するようゲーム的に委ねている。
悪事を働くことも、それを取り締まることもゲームとして遊び尽くせるようにはかっているという事だ。
「自称、ダンジョンマスターという男は、今日までに幾十もの罪状によって掲示板を賑わせた有名人だ。特に死霊使いという上位職を得てからは、同業のPKKが返り討ちに合い、手が付けられない」
マルが挙手している。
「いや、いちいち挙手しなくても...」
じわっと涙を浮かべる彼女。
今にも泣きそうな雰囲気をベックが『ごめんなさい』って謝るシーンはクラン全員の失笑を買った。
まあ、当のマル自身が爆笑だったので、泣き面が冗談だったことが分かる。
「スライムを偵察に行かせたいんだけど」
「スライムを?」
「うん、緑の子が見てくるって」
スライムが勇ましく挙手?している。
今、突き上げている突起が手であるなら、挙手で間違いないのだろうが。
「お、おう。行ってくれるのは有難い」
「クラン長のお許しが出たよ! ちょっと見てきて、でもくれぐれも無茶しないように」
「...だぞ!」
クラン全員に見送られながら、ベムという名のスライムはダンジョンに入っていった。