-16話 魔法学-
ボロボロの帆船は港に寄港するやそのまま、ドックに放り込まれた。
暫くは修理のために遠洋航海は無理そうなので、調理師見習いの手を引いてクランの宿に戻る一行。
ザオの釣りあげたキラー・シー・バスは、今年一番の大物として公式記録を賑わし、彼自身も満足のいく動画視聴回数を獲得できたと大喜びだった。
さて、見習いの方は深刻だった。
結局、キラー・シー・バスの調理法を知らないという事なので、ホビットの娘こと“ザボンの騎士”もうひとりの副長・レニーホールド。愛称は“レン”といった少女が調理担当した。彼女の包丁捌きは見事なもので、サクサク、スルスルと5枚に卸して骨と肉を切り分ける。
内臓は、腸や胃を材料に塩で漬けると後で、瓶詰めにして売れると講釈している。
脳天とハラミは、油分がキツイけどマニアには垂涎のご馳走になるから、新鮮なうちに裏市場で引き取って貰う方が後々に懐が温かくなると告げた。
結局、クランと水夫らは白身と中落ちをマグロ風に丼もので頂くのが美味しいという事になった。
醤油と山葵に馴染ませて舌の上に乗せる。
口の中に甘くコリコリとした触感が広がった――筋肉質で噛むたびに甘く感じるのは、白身魚の特徴だろう。
脂の乗った魚肉は、溶けるのではなく香りが広がるのだと知った。
マルの恍惚とした表情がすべてを語る。
クラン全員がそんな表情で撃沈しているからだ。
その裏で、涙を流し嗚咽する見習いの姿があった。
◆
調理師見習いのホビットは、元来、戦士として最前線で勇名を誇った。
しかし、ある時転機が訪れる。
さすらいの料理人との出会いだ。ザオ氏がさすらいの釣り人で、釣り竿だけで世界を相手にする冒険者だとすれば、見習いが出会った料理人は調理器具で世界を創造するような戦う料理人だったという事だ。
もっとも彼に惹かれたのは、研ぎ澄まされた調理師スキルと戦士の技だった。
武器スキルについての熟練度は、然程の領域には達していない。
だが、見事な戦闘技能だったと見習いは感心した。
話から推測してレン曰く『調理師スキルが完スト近いなら、包丁を武器として使えるのかもしれない』と呟き、狩人や野伏らのように獲物を捌くのに用いる解体スキルも同様に極めれば、その動きは第一線級の戦士にも見間違うのかもしれない――と、綴じた。
マルもその話に頷いている。
では、憧れた見習いがなぜ魔法をかじったのか。
結局、魔法は低位まで育成した名残であったから。戦士に振ったスキル構成に、調理師スキルを習得する余裕が無かったことが見習いの口から語られた。聞いてた皆が『残念やねー』という表情で慰めている。
“ザボンの騎士”で魔法を詠唱者として習得している者は居ない、マル本人を除いては。
そこで、マルは挙手して見習いの前に座り込んでいる。
最初は、気軽に胡坐をかいて座ったものの、見習いの視線が太腿の内側に刺さるので、改めて正座に座り直すというハプニングがあった。
ベック・パパの鉄拳を食らった見習いは『もう、しません』と念書を残し静かに座っているが、マルは魔法アイテムのいくつかを取り出し床に並べた。
「魔法でどこまで出来るかについて」
マルは、調理場からお米を貰って来た。
「例えば、“お米を炊く”という行動から、出来栄えは不問にして“ご飯”に変換されるとする――これを形状変換という魔法で実現させる。但し、生米をご飯に外見変更させただけなので味も何も美味しくないものが生まれる...分かる?」
高度過ぎて、みんなあんまり分かってない。
マルも上手く伝えられるか自信をなくしつつある。
「ふっくら美味しいご飯にするには、水が欠かせない。だから、水元素を公式に加えてイメージを制御する。組成魔術式は、2つ以上の術式を積み木やパズルのように組み立て、組み替えて解答を得る方法。でもリスクも予想以上に高い。調理師スキルで出来ることを魔法を制御させて得るっていうのなら、魔法を極めてから応用につとめて励む方が難易度は低くて済むはず」
振り返ると、スリーブの呪文でも掛けたのか皆が爆睡してた。
マルは、急に脱力感に襲われる。
魔法でランタンに灯りをともす事は容易だ。
肉を単に焼くのだって焚き木に火をくべる程度の火力でいいのだし、難しい事は何もない。ただし、それは火術を使いこなしている経験則からくる手加減ができるからだ。魔法のスキル熟練度や魔法詠唱者としての経験も合わさって、容易だといえる。
黒焦げの得体のしれない代物が出来たのは、コントロール不足とイメージ不足。否、そもそもスキル構成を見直すべきだったのだ。
あれも、これもと手を伸ばした結果、どっちつかずの中途半端。
いや、元の職業にさえ戻れるか怪しい構成になってしまった。
これはよくある失敗談のひとつと言えるだろう。
「ボクも眠たくなってきた...」




