-12話 海のジャック・ザ・リッパー-
キラー・シー・バスという魚種は、大きいものになると体長が5mを簡単に超えるタイプがある。
食は雑食で、巨鯨すら餌にする。まさにシャチのような種であるが、シャチよりかはバカだ。
胸鰭が鋭い刃物みたいな切れ味をもつ事から、“海の殺人鬼”とも呼ばれる。
が、その胸鰭で仲間を刻む鈍感な面もある。
海上でこの魔獣と出会う危険度も、この胸鰭と獰猛な性格から発していることだ。
◆
釣り師・スナフキンは、さすらいのザオと呼ばれた一本竿の有名人だった。
ゲームプレイを録画し、これを動画配信することで広告収入を得るという職業を公表している珍しい人種で、踏破可能な地域の獲物を数々釣ってきた勇者だったわけだ。
キラー・シー・バスは、彼の記念すべきキリ番記録特集に必要不可欠な獲物だったと、明かしてくれた。
彼のようなベテランを前にしても、十分な下準備と高いスキルが必要な相手だという。
船は“ザボンの騎士”で遠洋航海用に係留しているシップ・オブ・スループを使用する。
“ザボンの騎士”の介入は、調理師見習いがマルへのストーカー行為が原因だった。しかし、有名動画配信者もセットだったこと、クランの知名度アップも欲張って手伝いを買って出た後で話は、とんとん拍子で進んでいった。
シップ・オブ・スループは、3本マスト。
帆装は横組主体。バウスプリット・セイルから始まり、フォアマスト、メイン、ミズンとそれぞれにトップセイル、フォアセイル、マスト間にジブをあてた。
わりと小型の船なのに十分な帆装が施された姿で係留されている。
こういう船は、高額なので冒険者が単独で所有することは出来ない。
操船に必要な人員も確保しなくてはならないから、結局、クランのような大きな組織が必要になる。
今日一日限定という形でスナフキンこと、ザオがチャーターしたシップ・オブ・スループは“ベルガモット”と呼ばれた。商用とか冒険用に使用しているけど、大砲も12基ほど搭載している。
公海に出るのは、サンサージャン湾の南に少しいった漁場なので、対海賊に神経を尖らせる必要はないと、考えていた。
「この船は最大で何基の大砲が載るんですか?」
ザオ氏の質問だ。
上甲板にて整列・点呼を受けている水夫とクラン長の他に、答えられそうな関係者を探す。
下階から上甲板へ上がってきたマルと、ザオの視線が交錯する。
「とぅ!」
カレイ・ルウがその視線に割ってはいる。
調理師見習いでクエスト発注者にして、マルへの執拗なストーカー。
「てぇい!」
初心者支援プログラムに参加していた副長がルウを蹴り飛ばしている。
まるでゴム鞠のように弾みながら船尾のほうへ飛んでいった。
「この船は、軍艦じゃないからな12基が最大だ」
「口径も18ポンドだし、水夫の錬度も中程度だ。今から重武装にするのは難しいぞ?」
クラン長は、上甲板から水平線をマルとともに細い目で眺めている。
「ボク、お魚食べたくなってきた」
ぐぅってお腹が鳴るふたり。
クラン長がザオ氏を『美味しそう』とか呟いていた。
「だんだん似てきてないか? ベックお父さん」
副長がくすくす笑う。
◆
漁場に碇を降ろそうとしている“ザボンの騎士”らにザオは、ひとつ忠告をしている。
「あいつらはバカだけど、アホじゃない」
『どっちだよ』という声が上がっている。
「変な刺激を与えるな!」
クルーも含め、細い目になっている。
どうにも意味が分かっていない。
「俺が釣ってる最中に怒らすなって事だ」
『ああ』って声が上がったけど、そんな物騒な魚を刺激するやつなんて何処にいるんだよって流れになっている。水夫は、甲板を掃除することが仕事だし、調理長は昼飯を作ってる最中だ。海に出てしばらくしたら、マルが『気持ち悪い』と言って船医の下へ引きずられていった。
そんな中で獰猛な魚を刺激させる奴が。
「いるじゃねえか!」
指差してる先に、調理師見習いが黒焦げた何かを海に捨てている。
調理師見習いが『え?』ってザオらを見た。
「何捨ててるんだ!!」
「失敗作を」
黒焦げた何か。
黒焦げた尻尾、黒焦げた頭、黒焦げた骨。
食えそうにも無いものを海に捨てる――大分前から、森の魔獣が怒って暴れるという事件が報告されている。NPCの兵士たちが清掃員として郷森のゴミを処理している。その彼らが冒険者に対して、ごみ収集のクエストを発生する機会が増えた。
そのゴミの大半が生ゴミだ。
少し前までは、賞味期限の切れたランパス(エルフ産ビスケット/栄養価が高く、低カロリーで美味しい。)や色味の変わった安いポーションなどが捨ててあった。熟成しすぎた干し肉なんてのも時々見受けられる。
だが、何をどうにかしたら黒焦げて得体の知れない、オブジェクトになるか不明な生ゴミが各地で問題になっている。
その犯人がなぜか目の前にいる気がしてならない。
ざっぱーん
盛大に波飛沫が上がった。
鼻先が槍のように尖ったカジキだ。
そのカジキが飛んだ後を追うようにして巨大な魚が宙を舞う。
胸鰭は正に刃物だ。
海の殺人鬼とはよく言ったものだと上甲板にあった者は脳裏をよぎっている。これと同時に皆、共通の恐怖を抱いた。『あんなデカイ奴、誰が釣るんだ』と。ザオ氏でさえ用意した一本竿を二度見しつつ冷や汗を拭う。
「調理師見習い、あれ捌けるのか?」
ザオの言葉に無反応なホビット。
不用品と書かれた袋から、再び黒焦げた何かを取り出して投げていく。
「おい!」
「知らないよ! 適当に焼けば食べられる筈なんだ! 筈な...ん...だ...」
と、不用品袋ごと海に捨てた。
この男、極めて不器用な職人だった。
塩振って焼けば適当に旨いものが作れるといった師匠に倣い各地を転々として技を磨いてきた。
今、やっと死なない程度に食えるものが作れるようになったと呟く。
「じゃあ、今の不法投棄は...産業廃棄物は毒無いんだよな?」
「死なない...けど、腹は下すかも」
物騒な代物作ってるんじゃねぇーって掃除を止めた水夫が叫んでいる。
不法投棄――合点がいく話だ。
このホビットの爆弾が各地で火種になって魔物がキレて大暴れしている。
おそらく、子供の魔獣が食べて死にそうになったのだろう。恐ろしい兵器を落として歩きやがって。
皆、一同に恐怖したが、その背後にキラー・シー・バスが怒髪天で海面に上がってきていたことを知らない。切り刻まれたカジキは、子供たちのエサになっていた。




