-11話 調理師見習いと釣り師-
はじまりの街・バクーには、露天市の他に“食い倒れ横丁”という如何にも昭和チックな界隈がある。
大型の魔蟲・ゴキブリとの毎月行われる討滅戦を楽しむところでもあり、何かと有名な界隈なのである。この周辺のおつかいクエストは、食材調達と調理済み食品の納品クエストが主流で、滅多に冒険者同士でアイテムの売買は成立しないものだが。
やはりこの街は一味違う。
冒険者が踏破できる地域は、この中央大陸だけでも5つの国と30ちかい街にポータルが持てる。
解放された地域の面積では実寸で、中国の総面積に匹敵する。
移動手段は、魔法アイテムによる瞬間移動か、ポータル・ネットワークによる予め登録された街へ移動する方法、または騎乗動物での実力踏破くらいしか無い。
他にも船や、飛行船といった方法もあるにはあるが、頻繁に利用できるものでもないのでここでは割愛しよう。そうやって、移動できる手段があって先々の街では、行商プレイや出張○○店なんかの形で屋台を展開する冒険者が多く、そこにアイテムの売買が成立する。
はじまりの街といえば、普通は、初心者を対象としているのでNPCから冒険者が購入するというスタイルが多い。まあ、訪れた街が物語の中心という場合も少なくない。21世紀初頭の某有名ファンタジーゲームも、3つの都市を基点に壮大なストーリーが展開された。
そういうところでの街の重要性は高い。
◆
背負い袋に抱えられたようなちまっこい影が、薄汚れた定食屋の扉を叩いた。
種族はホビット、亜人。
職業は見習い調理師を3ヶ月目と冒険者だ。
片手武器の包丁――恐らく文化包丁の類だろう。
片手防具に中華鍋を盾にして戸口に立ち、少し使い込んだ割烹着が新米感を出している。
緑色の濃淡ある短い髪、前髪を切りそろえて、刈り上げた雰囲気。アヒル口で犬っぽい表情を浮かべ、よだれが少々気になる。さて、この冒険者はカウンターに向かって歩いていくと、店主の視界からあっさりと消えてしまった。
「手を貸そうか?」
たまたま居合わせた、マルが彼に手をさし伸ばした。
「無用だ! だが、パンツを見せてくれたこと礼をいおう!」
マルの席へ向け、パンと手のひらを合わせ一礼している。
“くのいち”の衣装は腰から下がスカートになっている。膝上12cmに裾があるから、気にせず椅子に座ると角度しだいで丸見えだという。だから、肩下げ鞄を膝の上に置いてカバーしたり、両膝を硬く閉じて椅子には浅く座る必要があった。
「ちょっ!」
マルが赤面しているのを他所に。
「拙者、カレイ・ルウと申す...調理師見習いだが、皆に依頼を持ちかけにきた!」
カウンターを背にホビットのルウが啖呵をきる。
依頼内容は魚、魚種はキラー・シー・バス。スズキをシャチみたいに大きくした、獰猛な殺人鬼だ。
漁場は、この街の東に広がる湾の外になる。
バクーは、サンサージャン湾の玄関口に当たる。
これより南は、北蒼海が広がり水深も深くなっている。
「報酬は?」
地元漁師が問う。
NPCひとりひとりにAIが宛がわれて、考え行動しているので利に適えば、納品クエストにこっそり参加している場合がある。妙にリアルで、生活観があると評判の演出部分のほんの一例だが。
比較的な嗜好や思考は、参加している冒険者の行動予測から基準となるパターンを参考にして投影しているに過ぎない。
「キラー・シー・バスの調理物でどうだろうか?」
調理師見習いなので、見返りは求めにくい。
ただ、この食材で作る料理というレシピはちょっと考えにくかった。
「1匹狩るだけでも命がけだぜ?」
『ああ、そうだな』と相槌をうつ客は少なくない。
いや、そもそも湾を出て漁をするだけでも避けて通りたい魚種だ。
キラー・シー・バスは、海の魔獣に分類されている。
王国では、討滅指定魔獣に名を挙げているが、船持ち冒険者というのが先ずいない。
結局、1匹でも狩れれば王国から報奨金もでる上に、名声も高まるのだが。難易度が高すぎて、ベテランさえ手を出さないハイリスクな代物だった。
「では、我が一族の家宝を」
と、彼は腕輪を外し掛けた。
「よせや、家宝をこんなことで掛け金にする必要は無い」
柱の影にあった麻袋と筵で体を覆っていた編み笠の人影がカウンター前に出てきた。
カウンターの奥にいる店主が驚く。
マルの目は細い――『誰?』――彼女は知らないことが多い。
「俺の竿は、世界を釣ることを目的としている。キラー・シー・バス...面白い戦いが出来そうじゃないか」
って、このスナフキンみたいなのがぽっと出てきたが。
「俺の竿ってきたか、いいねえ! 伝説の竿士ってか?!」
店主の嘲笑に地元漁師も『やべえよ、聞こえちゃ不味いって』とか笑いを押し殺してるが、肩や腹を抱えて笑い転げている。
スナフキンみたいな冒険者も――そんなつもりで吐いた訳では――って雰囲気で黙ってしまっている。
マルだけがこの会話についてけてない。
「ねえ、みんな...何がそんなに面白いの?」




