-382話 エルザン統一戦争 ③-
「申し上げます...ダフーク州都、シルナク行政府より緊急伝! “州都強襲ヲ受ケ、救援ヲ請ウ”...と」
バルコニーに肘を立てていた領主は、落下しそうになった。
目撃した御付き騎士らが、慌てて身体を支えて難を逃れる。
「今、何と?!」
普段は穏やかな宿老から、好々爺めいた雰囲気がなくなっている。
腰が痛いとか、膝、関節痛を訴え、娘に政務を委ねて休みたいと愚痴る宿老――。
確認のために伝令を怒鳴りつけ、落ちかけた領主の方へ視線を向ける。
「閣下?」
領主はすでに事態の把握し、領内のことを考える。
「獣王街に人を放て! あちらの方が早いだろう」
軍を支度させるとなると、領内の各豪族や麾下の貴族たちに呼びかける必要がある。
所謂、召喚状と召集勧告である。
召喚状は豪族や貴族たちに向けられ召集勧告は、募兵や徴兵であるから一朝一夕では集まらない。
単に普通のやり方では、入念に練られたダフーク州都の強襲に横やりを入れることは出来ないのだ。
どの国も、収穫前の時期に当たる繁忙期。
そこへ隣の州で騒動が起きる。
少なくとも南エルザンの膿が動き出したと、見るべきだろう。
「獣王の私兵を先に送り、様子を見ながら逐次兵を整える。先遣で5000は欲しい。残りは臨時でも2万5000...都合、3万でダフークを救えれば良いが」
バルコニーから曇天の空を仰ぐ。
シャフル州がまともに動けば、王国史上類を見ない前面戦争だ。
ともなれば、獣王街の私兵ともども、ゴーレムの性能に期待したいと考える。
「いや、頼り切るとあとで厄介になるか...」
「借金、あまりしたくありませんね...」
うむ――小さく領主も頷いた。
バルコニーの縁に背を預けて、その場にある者たちを見渡した。
「よし、腹が減ったな...昼にしよう!」
◆
獣王街の行政庁に伝令兵が来たのが、昼食タイムに入る前の頃合いだ。
スライムナイトが、イキのいいエビを生簀から鷲掴みして齧る寸前の出来事だ。
受付はスライムが担当している。
そう、丁度伝令兵が一瞥したそのスライムは、ピンク色だった。
無視されたので、怒ってピンク色になっている。
《痛ぇ!》
微弱な電撃を喰らった兵が立ち止まった。
辺りを見渡して、振り返り小首を傾げる。
彼の方を向いているスライムが、気味の悪い色を明滅させていた。
七色を交互に、うねる様な雰囲気で表示させている。
《痛ぇ!》
再び、雷撃を喰らった。
スライムがプルプル震えている。
パチパチと、音も聞こえるようになった。
「そんなに頻繁に電撃喰らってると、その内、気絶するよ!」
工房から、ランチボックスを抱えるマル・コメが歩いてきた。
政庁にいる、ラルさんへの差し入れである。
「えっと...」
「マルだよ」
人懐っこい笑みを浮かべる少女がそこにる。
ツナギ服上衣部分を腰で折り返して、結び目をつくり中の白いシャツが土汚れで黒くなった様だ。
子供の泥遊びのようにしか見えない。
「あ、えっと...獣王...殿は...」
と、恐る恐る問う。
再び、全身にチリっとした痛覚を覚える。
スライムを見ると、変な色のままだ。
「もう、スライム秘書さんったら!」
スライム庶務、スライム監査、スライム事務次官なんてのも当然いる。
執務室には、スライム市長が専用の座椅子に腰を掛けて政務に従事していた。
「エサちゃんなら...この時間、何してるかなー 自由人すぎて検討つかないなー」
マルは、彼女が行きそうな場所を思案する。
行こうと思えば、どこにでも行く。
そのくせ、どこにもいない時がある。
温室で意識が飛んでた時の方が、まだ、所在がはっきりしていてよかった。
「ごめん、やっぱり何処にいるか検討つかないや」
◆
ダフーク州シルナクから、マラディン州とシャフル州の境界線は驚くほど遠くはない。
シルナク周辺が、なだらかな大地であるのに対して、それ以外の州領内の殆どが1000メートル級の高地か、或いは高低差800メートルの渓谷と狭い回廊を持っている。
人が住めないわけでは無い。
ただ、街や村をつくっても、貧富の差が著しくあるというだけの話だ。
使い難い回廊を抜きにして、シルナク周辺だけに焦点を置くと、マラディンとシャフルにとってどちらも相手をけん制できる緩衝地帯という形状である。
そのシルナクにエサ子の姿があった。
傍らには、ハティ将軍と眷属たちが展開する。
「閣下の想定通りに包囲戦になりましたが...」
先のジーワス城では痛恨のミスを負った彼だからこそ、エサ子の遠出しようよ――という申し出に参加したクチだ。エサ子の要求は、全装備を整えた1万の騎兵と、2千の銃士隊を率いることだった。
「もうすぐ、斥候らが戻ってくる。見立てが当たっているならば、敵勢力は、包囲ではなくシズレ要塞から進発した、伯爵軍を迎え打つために何れかの地で埋伏している筈だから...」
そこには戦争屋としての言葉選びを楽しむ、エサ子があった。
「閣下が、声を掛けてくださって...」
「気にしなーい、気にしなーい」
コロコロと笑っているが、現実的にはハティ将軍以外、“何も聞かずに”追従する部下が居なかったからだ。例えば、側近のモーリアンとフレズベルグ卿は、2度目の新婚旅行で帰ってくる気配さえない。
長距離交信魔法でさえ、スイッチオフみたいな状態だ。
近衛軍指揮、軍師にして軍監でもあるニーズヘッグ卿では、間違いなく怒られるし正座させられ、説教が4時間に及ぶ。最後は、婿を迎えて子を成しなさい――って...お前は、ボクの母親かって話になるのがオチだ。
アズラエルは無関心だ。
いや、エサ子のお願いを聞いてくれそうにない...自身の恋バナならば。
論外だ。
“戦に行きたい人ー”って声を掛ければ、マルが鼻で笑いながら嘲笑ってくる可能性もよぎった。
「どうしました?」
ハティが気遣った。
「ううん...何にも...」




