-377話 皇女殿下、救出作戦 ④-
っ...すぅ――大きく息を吸い込むと――
「ノービスぅー! ...エッチぃー!!!」
奴婢裁判所のセリ会場で奇声が上がった。
叫びと言うより、爆音レベルのテロ行為だ。
すべてのマーメイドがその場でうつ伏せになり、爆心地の種族が気絶する中、奇声を上げた本人の周りに他所から衛士が集まってきた。
爆心地には、ローブ姿のベスがある。
「何者だ! キサマはっ!!!」
という、声も上がる中。
「ちっ、鼓膜がイカレちまった...」
咄嗟に耳を押さえ、屋内に逃げ込んだ看守らが、目を血走らせ、怒りに満ちながらぞろぞろと出てくる。
当然、爆心地で気絶している同類を一瞥してから、ベスを睨んでいた。
見返すベスも瞳が金色に光る、血走るというり放電しているように見えた。
《雷光暴風嵐!!》
王都の南地区・奴婢裁判所の一区画が、光属性の魔法に飲み込まれた瞬間だ。
多島海定例会議の議場からも、ベスの放った怒りの鉄槌を目撃できた。
王国史始まって以来の珍事。
いや、大事件である。
王都にて範囲系攻撃魔法が落とされたのだ。
暗雲に翳された、聖火のような強烈な輝きと反時計周りで渦を巻く雷光の塊がある。
「きれい...」
騎士王が思わず口にした言葉。
すぐさま飲み込んでいるものだが、議場から見える雷の嵐は他人事で済む。
王都の珍事であっても、王に直接害が及ばないのであれば、やはり他人事なのだ。
だから、乙女チックに『きれい』なんて言葉が出る。
「光属性だと?!」
賢者も部屋の奥から光景をみている。
ただし、椅子の上に立って見ているのだが。
「賢者殿、光...とは?」
ターバンが頭の上から、落ちそうになっている人狼王が尋ねてきた。
この世界の人々は、光属性と闇属性の魔法を知らない。
理として、世界は原始的な四大精霊によって支えられていると考えられている。
これが、通常の一般市民の常識なのだ。
教会でも差異なく、これらを教義の中に含ませている。
「光はだな...そうだな。何と言えばいいかのう...四属性に影響しない格外な存在、というと何だ難しくなるのう...」
「神の領域だ。その獲得条件が不明、使用する攻撃が範囲型に特化している傾向が強い」
卓上にピエロがしゃがみ込んでいる。
議場の円卓にだ。
「な...いや、“聖櫃”か?」
騎士王が今も迸る雷の嵐を背に振り返っていた。
窓を背にして黒いシルエットになった彼女のスタイルは抜群に美しい。
思わずピエロも口笛を吹いている。
「ふん、下種な」
「下種、結構ですよ...それ、褒め言葉としてとらえます」
◆
チェーザレは走っていた。
何から? 何ではなくベスの放電した力からだ。
ちょっと癇癪持ってるけど、それ以外はいい子だからと、預けた女はそう零した。
女の引き攣った顔は、今でも忘れない。
寝ているベスを引き取って『こいつ可愛いじゃないか』と、柄にもなく母性が擽られたのはその時だけ。
ぐずっても魔法は使わないのに、懐いたノービスから引き離すと、決まって癇癪を全開で解放する困った娘だ。こんな調子で学校でも行ったら、玄関先でスターバーストとか、ライトニングバーストなんかの魔法をぶっぱしそうな光景が過る。
その映像を脳裏に描いては消してきた、チェーザレはクスっと微笑む。
真後ろから、放電された雷の柱が追いかけてきている最中だ。
笑っている場合ではない。
ノービスを救出せねば、港から船も出せない。
見つからないので“行っちゃうか”と、冗談で呟いた結果、この有様だ。
強行すれば、本物のテロになるだろう。
マルタ島の騎士国は大きな国ではない――が、街には数万もの人々が住んでいる。国としての規模は余所へ置くとしても王都としての規模は、そこら辺の領土ばかり大きな中規模な国と大差ない。
街が1つか、複数あるかの違いだ。
そこで、何の制約もなくベスの持てる力と怒りが乗算されると――チェーザレの口端が上がる。
そして、溜息が零れる。
《そんなに消し飛ばしたいのか...》
ひとりごと。
本人にその意思はない。
いや、ノービスを失うのならば“意志”をもって、街ごと絆を消し飛ばしかねない。
《なんで、俺に懐かなかったんだろうなあ》
面倒だと思った。
ベビー服のベスは可愛かった。
腕に抱え込み、母乳はでないがチェーザレの巨乳にある意味育てられた。
まあ、ベスにするとチェーザレは母親である。
懐いてない訳ではない。
「あ! 船長ぉ!!」
声が聞こえた。
立ち止まって、半歩ゆっくりと歩く。
その背後を凄まじい轟音とともに雷の柱が通り過ぎ去った。
長い髪が一瞬にして燃やされ、チリチリな縮み毛にされた。
「ぬあ、熱っ!」
「船長とこんなとこで合うなんて奇遇ですね!」
ノービスとは、やはり付き合いは短かったと――チェーザレが筆頭士官として束ねる、オーロラ号というピンネースに乗ってきたのは、ノービスが20歳を越えた頃だろう。あれから4年で船長となったチェーザレに惹かれるようにノービスも、船を渡ってきた。
多分、10年は共にいる筈だ。
だが、その牛蒡みたいな植物系モンスターばりのノービスから、肉巻きソーセージが生えている。
「大きい、いや...入るか?」
「何を...」
「ま、まさか...っい、無理かも...口、いあ、顎が...下?」
チェーザレの目線が、これまでのマーメイドたちと同じ位置に釘付けになっている。
腰を右に振った。
チェーザレの目も右へ、腰が左へ向けられると目を大きく広げ、動く竿に興奮した素振りをみせた。
「ちょっとぉ! 船長のそんな姿を見たくないですよ!!!」
ノービスの叫び。
「俺だって野郎の...俺も持ってるものに興味..きょ、きょう...興味なんか...」
はっきりと“ない”と言いたかったが、サキュバスとしての本能が許さない雰囲気だ。
こればかりは、親を恨まざる得ない。
「ちくしょー...俺たちにはこれから、大仕事が待ってるっていうのによー」
涙ながらにノービスの下へ駆け寄っていった。




