-10話 ハンターという男のたたかい-
膝が笑っている。
目の前がくらくらする。
何よりも、物凄く腹立たしい。
口の中に広がる鉄分をぐちゅぐちゅとかき集め、尖らせた口先から吐き出す。
草地に飛び散った液体は、真っ赤だった。
「氷漬けになりたいか? それとも焼ける痛みか? その四肢を水で切り落としてやろうか!!」
と、物騒なセリフをつらつらと吐き出すマル。
マルの魔力感知にチリっと何か聞こえたような気がした。
咄嗟に真上を見上げる。
「ひかり?!」
魔獣の上から高速で光の矢の雨が降り注ぐ。
まるでシャワーだ。
これが攻撃魔法の類だと知るのは、刻を要さずに見ているだけで認識できた。
光が掠めた魔獣の腕、足、肩と次々に肉が削がれていく。
魔獣もそのエリアから、仰け反り後ずさる。
「畳みかけてやんよ!」
マルが両腕を前方に掲げて、印を結ぶ――が、大樹の陰からすっと伸びた腕が彼女の胸倉を掴んで、またもや強引に引き寄せられた。その力、まさに化け物じみたもので頭を根に押し付けられて逆さまにされている。
“くのいち”の衣装は腰のあたりは、スカートになっている。
逆さまにされて必死に両手でスカートの裾を伸ばしたり、インナーを手で隠したりともがいた。
「盛るなと言ったよな」
ハンターの目が怖い。
胸倉の拳が貧乳とはいえ、マルの乳房に触れている。
すぐさま彼女は大人しくなった。
「最初からその調子で、素直に行動すればいい」
ぽんぽんと、乳房を叩き、優しいウイリアム・テルなおっさんに戻っている。
ただ、叩いた胸元をもう一度、手のひらでまさぐって――手のひら内を見つめ、再度、まさぐってきた。
これは確信犯である。
マルが大人しくなったのと、手のひらに伝わる柔からな膨らみを入念に検分した。
光の矢の雨から抜け出した魔獣が雄叫びを上げる。
地響きのような声で空気を震わせ、森の鳥たちが一斉に飛び立っている。
恐らく木々の奥で様子を伺っていた他の猛獣たちも、この叫びで遠くの方へ逃げただろう。
そして、風の中でひゅっと切れる音が鳴った。
魔獣のこめかみから侵入する鏃。
シュボッと鈍い音がすると、ハンターとマルが大樹の陰からそっと魔獣の姿を確認する。
頭のない黒い獣が仁王立ちで立ったままでいる。
いや、頭があったところから盛大に血飛沫が噴火しているようになっていた。
「これは?」
マルの背中ごしに、
「魔法の矢だよ」
魔法の矢は、汎用性の高いスキルだ。
これを強化したり、組み合せたりすれば、追撃性の高い魔法追尾弾という上位の魔法へ変化することもある。その原書でも十分高位な技術であるから、ハンターの実力が高いことが窺い知れる。
そして、彼は風属性と光属性を行使していた。
「誘導しないのになぜ?」
「誘導? する必要がないからな、予測した位置に誘い込めば済むだけの話さ」
彼は、マルの肩を軽くもむと。
「さて、魔物も居なくなったし帰るか」
「ちょっと待って! おっさん、今、属性外の魔法も使わなかった?」
マルの疑問にウイリアム・テルのおっさんが腕の法具を見せてくれた。
「俺はな、無属性なんだよ。基本的に中位階の魔法迄なら、条件緩和で制約なく行使できる」
彼は『タダほど高いものは無い』と言い残して、口を閉ざしている。
その為に目立つ弓が必要なのだと、マルは理解した。
風属性であれば、弱点となる火属性で攻撃を仕掛けてくる。そうやって誘導して元は、空き巣の入り放題な家をあたかも入り口は、ひとつしかないと錯覚させる。
旨い手口だと感心した。
「小僧が唱えようとしたのは...あれは、天候支配か?」
魔法のことはよく分からないと言っていたハンターだが、マルが背中をちょっと鳴らしながら応答する。
「天候支配、氷柱牢獄っていうデバフ魔法」
安全になったことを確かめるようにふたりは、そろそろと大樹の陰から出てきた。
まあ、冒険の最後にマルちゃんのお願い――という依頼をハンターに提示して、ふたりは、マンティコアの討伐を楽しんだ。
マンティコアは無事に倒せたが、帰り道にて巨大なウシに群れで襲われてハンターはマルを荷物のように抱えて逃げたという後日談がクエストの最後を飾っている。
◆
仕立て屋から戻ってきたマルは、上機嫌だった。
デフォルメ・ドレスコードによって、マンティコア・ローブという魔法アイテムを作って貰えたのだ。
例の如く、街の一角を吹き飛ばしてしまいかねない形状変換で、品質を高めた。
だが、単純に高品質となった毛皮には、死して尚も固有ユニークスキルも継承されて装備者に恩恵を与える。しかもデザイン性と機能美も背中の小さなコウモリの羽と、お尻に生えたサソリの尻尾は愛くるしさいっぱいに針を振り切らせている。
「お小遣いで、これを?」
「うん! 今回は、ボク...結構、動いたから!」