-370話 北アフリカーナ多島海のハイエナたち ⑥-
「で、その...南洋王国から、魔王...という、人となりは?」
現在、多島海の外交を一手に引き受けているのは、アレクドロス共和国だ。
会議には執政官が出席している。
彼は、出席者の中で騎士王をのぞいて若い部類に入る者である。
まあ、若いと言っても額は大きくM字に後退しているのだが。
「何が聞きたい?」
訝し気に尋ねられたので、応対も同じようなものになる。
「魔王の人となりをだな...交渉に値するのか?」
騎士王の問いに一同が唸る。
騎士王とて『なぜ唸る。いや、今のは私が皆の意を代弁したような...』と、口先を尖らせた。
まさに代弁したのだ。
「聡明な方が居られると、会議の進行もやり易くて良いですね――現在、事務官レベルで理詰め作業中ですが、魔王軍の方々から“陛下”のお話を伺っています」
「“陛下”と呼ぶには早くないか?」
「まあ、確かに――でも、今の内から声に出しておかないと、いざ本番では...言えませんから」
執政官の苦笑が鼻につく。
アレクドロスは既に、懐柔されたと騎士王は見た。
《賢人の爺さんよ、あれの――》
彼らは、既に“魔王の手に落ちた”つもりで言葉を聞くようにと、隣の席の賢人にすすめた。
ホビット族の賢人も深く頷きながら、騎士王を優しい眼差しで見つめ返す。
「魔王陛下は、少女であられます。外見的な特徴としてですが...」
一堂の唖然とした表情は、後に執政官の悪夢となって蘇ることになる。
しかし、この時点での彼は会議が風雲急を告げるような、騒ぎになるのではないかと思って居た。
だからわざと、もったいぶったような言い方をした。
焦らして、焦らした結果の無反応こそ、興の冷めるようなことはない。
「あれ? 反応薄いな...ほら、もっと...びっくりして!」
と、請願までする。
「なあ、今更だと思うのだが...」
「はい」
「少女が一群を率いるというのは、珍しい事ではないだろう?」
騎士王を差し置き、ケンタウロスの騎士長が問う。
トゥブルク王国のマー族長の息子という、ちょっと長い肩書を持つ。
彼らの名前には、“〇〇の息子の〇〇〇”という現地語で苗字(家名)がない。
父親の名前、祖父の名前を頭に置いて、その第一子目の〇〇〇だ――と、伝えるのだという。
多島海には旧い習慣が、今でも小さな島々の中で息づいている。
どこに出られるわけでもないので、伝統や風習は多少の形を変えながらも、ずっと伝承されてきた。
騎士長の実直さは、本人の個性だが。
「まあ、あれだ確かに少年が国を支えるのは、珍しい事じゃない。むしろこの世界で、女性の継嗣を伝統とする国の方が少ないことも...多分、要因なのだろう...その、少女が強大な国家を?...支えているという話がだ」
彼は、騎士王をちらちらと盗み見しながら、咳払いの序に会話から遠ざかった。
「...」
「イズーガルドの実質な指導者は今、第一皇女殿下という。えっと...歳は」
賢人は、騎士王に耳打ちで『15歳だ』と告げた。
「そう、そうだ15歳。15歳と言えば...私は、まだ武芸に打ち込んでいたよ。国を率いる心の準備はしていても、実際にそれが出来ていたかは甚だ疑問が残る」
と、口を濁したが賢人の微笑みが癇に障る。
「西欧戦線では、弱冠8歳で“攻城の魔女”と呼ばれた幼女もいる。確か、帝国には聖櫃という魔術師たちの中に10代の少女もいるのだろう? で、だ...魔王がその、少女だとして私たちに何の驚きが?!」
とりあえず、列挙できそうな幼女、少女を挙げてみた。
恐らくはまだ、このほかに子供たち列伝みたいなものが広く詠われているのだろう。
吟遊詩人の誇張も、いい加減にして欲しいと思う事はある。
「あ、えっと。皆さんも、幼女嗜好かなと...?」
騎士王は兎も角も、ホビットの賢人、ケンタウロスの騎士長、ターバンを巻いた人狼でさえ不機嫌そうな表情を見せる。
不機嫌を通り越して、不快だと言い放つ者もあらわれる。
人狼族の族長は片手で両目を覆っていた。
「ま、若い者には騎士王のエロさはまだ早いかの...」
鼻で笑いながら賢人は隣人を眺めている。
騎士王も微笑みを返す。
若干、引き攣った表情に見えなくもない。
◆
アレクドロス共和国は、多島海の東恥に位置する。
丁度、かつてのエジプトの位置だろう。いや、北アフリカの海岸線が航空写真でうっすらと、窺い知れる程度に形成している。
島は、大きいものであっても、かつての国土の1割にも満たない。
小さな島は、より小さいという訳だ。
これが集中したり、点在したりする状況。
アレクドロス共和国の国土は、ウェザーン王国と比較すると、恐らく3番目に大きな島だろう。
その西岸にマルトークという軍港があった。
かつて3度の政変を現政府が、乗り切った城塞都市だ。
ただし、都市に住む市民が何某かに軍事活動に従事しているという曰く付きの都。
単なる要塞だ。
その要塞の城壁にもたれ掛かるように肘をついて、外海を見つめる一群があった。
煌びやかな装飾が施され、肩の鎧に飾り羽を用いる貴族を彷彿とさせる――海軍の将帥らだ。
「あれが、魔王水軍...沖に停泊とはいえ威圧感は凄まじいものがあるな」
一人が評すると、堰をきったように各々考えを披露する者が現れる。
言い出しっぺの将軍は、部下の進めた遠眼鏡で更に船を追っていた。
魔王水軍には、水上打撃群という艦隊決戦を得意とする一群と、強襲戦隊などと呼ばれている小艦隊で編成した船団があるという。強襲戦隊には母艦という呼び名の艦隊が存在し、世界中の海で活動できるように簡易的な水上軍港的な機能を限定的に持っていると噂されていた。
「沖にいるのはどっちだろうな?」
「3本マストだろう? 打撃群かなあ...」




