-08話 金策の道-
「ほー。...今月はRANK上げの強化週間に入ったから、鉱石と言わず何もかもが値上げされてるんだよ」
ネコっぽい雰囲気の獣人は、腕を組み傾げながら空を見ている。
時々、マルを見下ろしてちらっと鎖骨より下をそっと覗き込んでいた。
「まあ、露天商としてはご法度だけど、初心者には優しくしたいからね」
と、また、マルの胸元に視線を落とし。
「ほ、ほら! 転売という方法で元手を増やして、目当ての品を買うという手段もあるよ?」
マルが口を尖らせ始める。
子供っぽい仕草のある、十代後半の女の子っていうのがマルの姿だが、彼女は部屋を出る時、首元がだいぶ緩いシャツだけで飛び出していた。上着の羽織は、肩提げ鞄の中に放り込んでいる。
まあ、上から覗けば上位部のインナーが丸見えという形だった。
「製鉄ってのは?」
尖った口から露天商に質問が飛ばされた。
「通常は、鍛冶職の冒険者が工房に設置された道具を使って、鉱石や砂鉄から鋼材へ“形状変換”させている。が、これとは別に魔法だかで似た方法のことができると言われいる」
「詳しい事は、魔法詠唱者じゃないから分からないがね」
と、獣人は教えてくれた。
◆
鉱石や砂鉄を“形状変換”させる行為。
本質である“鉄”は変わらず、見た目が鋼材になったという解説は分かり易かった。
マルはそう思っていた――『インナーを見ただけでああも、情報を聞き出せるとはこの身体も存外、罪作り』――などと呟きながら、他の鉱石を探していた。
出来得る限り、高価な石を2~3個欲しいと思っていた。
掲示板に“キンバーライト”の項目で指が止まった。
クランから受け取った予算では2個しか買えなかったが、おつりの10枚は、かわいいがま口財布にしまっておく。
マルは街の外へ出ると、湿気の多い水辺へと移動した。
目当てのヌメヌメを発見。
スライムだ。
クランで飼っているスライムは、人語を理解し、魔法習得に貪欲な“スライム・メイジ”という種だった。
どういう経緯でペットなのかは不明だったが、今、目の前のスライムとは格で違う。
「こっちおいで」
と、マルが手招きすると、スライムがオドオドしながら近づいてきた。
彼の体の中に“キンバーライト”を放り込むと、
「組成術式魔法...展開! 最上位魔法・形状変換、コード“ダイヤモンド”、クラス“ハイクオリティ”!!!」
スライムの身体の周りに立方体の魔法陣が出現し、彼を包み込んだ。
瞬く間に強烈な光を発し消滅。
マルより前方位が扇状に焼け焦げている。
術者保護などの防衛処置が効いている証拠でもあるが、ぐったりしたスライムと2個のダイヤモンドが転がっている。
「よしよし、よくがんばったね」
マルが干し肉をへたっているスライムに捕食させると、踵をかえして街へ戻った。
高難易度魔法が使えると知ったのは、本当につい最近だった。
クランに入ったあとで、スキル・ブックという代物があることを知って自分自身を入念にチェックしたのがその最近という話だ。
先刻使用した魔法は、ふたつ以上の魔法を組み合わせる場合に用いる組成術式。
形質を変えず形状を変化させる高位術で、スライムの魔力を材料に都合、6回も同一の魔法でダイヤモンドの品質を上げた。高いレベルの高難易度魔法なので、方法としてはグレーであるが媒介やその後の結果ではやや人には勧めにくいものでもある。
オブジェクト破壊がオマケつきでは、街中での実行は憚れる。
さて、市場に戻ってきたマルは別の納品クエストを受ける。
彫金師が高品質な宝石を求めている――という内容のもので、御代も出ると書かれてあったのを見逃してなかった。クランで貰った軍資金のじつに5倍もの額に鼻が鳴ったのは内緒だが、露天商に実態を聞いてなかったら、ミミックを脅しに旅に出ていたかもしれない。
この街の彫金師は、宝石商も営んでいた。
RANK上げ納品クエストでは、手軽に納品できる他の鉱石は多いが、宝石などは難易度が高すぎてベテランでも手を出さないことが多い。要するにアクセサリーまで装備の手が回らなかったり、重要視していない或いは職業として成功例が少ないといった感じだ。
だから高配当になっているのだが。
「鑑定よろしくー」
マルが、カウンターに転がしたのは例のダイヤモンド。
彫金師は、白手を装着し値踏みし始める。魔法によって組成された宝石の輝きは眩しく光沢がある。
「こんな品質どこで?!」
「聞いてどーすんの?」
魔法で造ったとか自慢してやろうかとも考えたが、実際、騒がられても面倒と思いふける。
「いや、何でも無い。3個だったら満額はらうのだが?」
と、訪ねてくるけど――結局2個しか買えなかった鉱石から数量分しか変換できないのは道理だ。これを仮に数以上生み出す時点で、無から金を作るようなものだから絶対に起こりえない事だ。いや、鉱石ひとつを割って2個にしても良かったな――とも考えた。
オブジェクト破壊が可能なら、鉱石とその欠片という組み合わせも可能だったのではと。
「仮にさ、鉱石の欠片からも素材って精製できるの?」
《欠片からの精製は可能です。砂鉄が鉱石の欠片扱いなので――》
ナビゲータが応え、宝石商も同じように答えている。
これはちょっとした木霊スピーカーだ。
◆
彫金師の店から出ると、パーソナルページの所属獲得ポイントの欄に1000という数字が浮き出ていた。納品クエストでの高難易度報酬は最大で1500になる。難易度の高いクエストは1日に1回までという条件があるので、マルはこの後、同じクエストを受ける事が出来ない。
いや、そもそもオブジェクトを吹き飛ばす高難易度魔法を、日に何発も発動すらできないデメリットを考えれば、これくらいの枷はむしろ枷でもない。
さて、納品クエストで得た報酬は、軍資金にも恩恵があった。
実際に“1day Ranking”という通知があって、1日でポイント多く稼いだ人を表彰するものがある。
これにマルは、秒速ランカーで登録された。
結果的には最初のページ、上位50人のリストから後方へ埋もれていくことになるのだが。
マルは破格の軍資金を元手に高品質の鉄鉱石をほぼ言い値で買い揃え、そのまま納品したわけだ。
残金は、クランから先払い用に貰った元手の3割強ほど残った。
「これ、スパに行く資金にしていい?」
ベックに『おねが~い』っていいながらクネクネおねだりしている。
他の女子も一緒におねだりしてくるので、根負けした形だ。
すっかり女子クラン・メンバーとも仲良くなった彼女は、非常によく笑う元気な女の子だった。
「急にお父さんになった気分は如何かな?」
初心者支援プログラムの仕事を終えた友がベックの背中越しに声を掛けた。
彼は、振り向くことなく。
「いやー、期待以上に面白い事をする」
“1day Ranking”速報ニュース・本日の秒速ランカーというメールを友に投げつけた。
「これは見た。転向組にみられるユニークスキルに寄るものか定かじゃないが、少なくとも育て方次第で大きな戦力に成りそうだな」
「次のアップデートは、今までナリを潜めてた“魔王軍”の襲来イベントだったか?」
ベックは、『アナウンス通りならば』と頷いた。
サービス開始から今日まで、メインシナリオで魔王軍の尖兵と戦うシーンが多かった。が、本格的な侵攻というストーリーが追加されるという情報が流れると、一気にスキルレベルを上げる冒険者が多くなった。
少なくとも修行と称した籠る人々も多い。
蛮族の不穏な行動を扱ったストーリーや、魔人や魔族の陰謀などもMODクリエイターズを通して、公式の“魔王軍襲来”にあわせて打ち込んだ布石や伏線という見方が濃厚とも取りざたされている。
「ま、アップデートまではもう少し先だよな?」
「らしいな」
詳しいアナウンスは無い。
だが、どのクランでも今、陣営を決めかねている最中だ。




