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竜を喰らう者  作者: ヨクイ
第1章 エルフの娘
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第7話 アレクの秘密

 はるか昔。

 創世の神によって大地は作られた。

 そして、人間、エルフ、ドワーフ。小人族、翼人族、魔族……様々な者たちを、この地に宿した。

 ところが、その中で人間だけが爆発的に増え、他の種族を追い出しはじめた。

 他の種族を追い、ますます力をつけた人間たちは、今度は新しい神を作り、祈ることを始めた。

 それは創世の神ではなく、人間たちが考え出した、人間だけの神だった。

 怒った創世の神は、全てを一掃して新しく世界を作り直すために、神のしもべである竜を、大量に送り込んだ――。






「そして、これがその時の様子を描いた『大災咎絵図』だよ」


 壁面に飾られた大きなタペストリーを、アレクは指さした。

 空に浮かぶ何匹もの大きな竜。地上は火の海で、町や城が燃え、様々な種族の者たちが逃げ惑っている様子が描かれていた。

 色あせることのない記憶。

 ソフィアは食い入るように、そのタペストリーを見つめていた。


「こんなこと……。これは、本当にあったことなんですか?」


「もちろん。レリーフに描かれている話はあくまで神話だけど、『大災咎』は本当にあったことだ。それも一度じゃない。『大災咎』は二千年に一度の周期で起こっている」


「二千年に、一度……」


「そう。そして、前回の『大災咎』が起こってから、そろそろ二千年だ」


 だから、急がなければならない。

 各国の上層部では、そのための準備が進められているだろう。ほとんどの国がこの情報を共有しているはずだから。

 だが、普通に暮らしている者たちは、ほとんどこのことを知らない。

 知識を共有しているのは国の上層部や学者たち、あとは伝統を受け継いでいるような魔術師たちぐらいなものだから。

 ソフィアが勢いよく振り返った。


「本当に? じゃあ、もうすぐ、この『大災咎』が起こるのですか?」


「今すぐってわけじゃないだろうけどね。だけど、もうあまり時間はない。旅の途中で、竜が増えてきている話をよく耳にしてきたしね。『大災咎』には前兆がある。それが、竜の異常な増殖なんだ」


 背後でベルンが静かにうなずいている。


「でも、なぜこの話をわたしに?」


 そう、それが本題だ。


「ソフィアにも手伝ってほしいんだ。この『大災咎』を退けるのを」


「わたし……? でも、どうやって、こんなにたくさんの竜を相手にするんですか? 二千年前や、そのもっと前の時は、どうやってたくさんの竜をやっつけたのですか?」


「過去二回は、古代魔法王国がその大きな役割を果たした。だけど、その古代魔法王国も滅んでしまったんだよ。二度目の『大災咎』の後にね。なんとか撃退はできたけど、王国自体も大きなダメージを受けてしまったんだ。国家を保てなくなった」


 だけど、古代魔法王国はたくさんの資料を残してくれた。


「そんな……。国が滅びるほどの竜を、どうやって……」


「方法はある。古代魔法王国は、二度にわたる戦いでわかったことを、すべて文献に残してくれた。二千年という周期で起こることも、彼らが調べてわかったことなんだ。ぼくたちは、彼らが遺してくれた資料や書籍を、何年にもわたって集め、ここに保管した」


「わたし、確かにエルフの村で精霊魔法を教えていただきました。でも、それが役に立つとはとても思えません。わたしに何ができるのでしょうか……?」


「言っただろう? きみは"失われたいにしえのエルフ"だ。今、村にいるエルフたちとは、比べ物にならない。技術は学べる。だけど、魔力は生まれ持ったもの。きみは『精霊の樹』を救っただろう?」


「あれは、そうしてほしいと頼まれたから――」


「頼めるほどの力が、きみにあったからだよ、ソフィア。精霊魔法は実戦できたえていけばいい。『大災咎』を退けるためには、今のところ、神竜を叩くのが、いちばん有効な方法なんだと、ぼくは考えている。神竜の数は多くない。彼らが他の竜たちを従えている。その頭である神竜を叩けば、統率が乱れ、竜たちは混乱する」


「ちょ、ちょっと待ってください。神竜って……。時々祠に祭られていたりする、あの神竜ですか? すごい力を持っていて、人の言葉も話せるっていう?」


「そう。神竜への恐れから、彼らを祭って難を逃れようという者たちもいるようだけど、そんなものには何の意味もない。神竜だって生き物なんだ。殺さなきゃ、殺される」


 神竜そのものを、神として崇めるような者達すらいる。それぐらい、人間には遠く、そして強大な存在だった。


「そんなこと、そんなことできるはずが――」


「ぼくは、できると思ってる。可能性はゼロじゃない。今はまだ無理だけどね。――ぼくは"竜を食らう"」


「……え?」


「実際に食べるわけじゃない。魔法を使って、竜から魔力を吸収するんだ。これまでも、そうやって自分の魔力を高めてきた。"竜を食らって"魔力を強めていけば、最終的には神竜とも渡り合えるようになる。"竜を食らう"ためには、補助が必要なんだ。これから強い竜を狩っていくには、ベルンだけじゃ足りない。だから、きみに手伝ってもらいたいんだ」


「わたし……。わたしは……」


 ソフィアはうつむいた。

 これは彼女にとって、とても現実とは思えないような話だろう。だけど、信じてもらうしかない。


「わたしは、あなたに買われたのですから、あなたに従います」


 きっぱりと、ソフィアは顔をあげていった。


「ソフィアさん――」


 それまで黙っていたベルンが何か言いかけたが、アレクはそれを手で制した。


「ぼくは、確かにきみを奴隷商から買った。だけど、ぼくは金によって従われるのは嫌いなんだ。きみの意思で選択し、ついてきてほしい」


 しばらく沈黙が流れた。

 うつむいて少し考えているようだったソフィアは、また顔をあげて言った。


「でも、わたしがあなたに買われた事実は消えません。どうやっても」


 アレクは少しイライラした。そんなことを話したいのではないのだ。


「だから――! そんなのは、きみをエルフの村や、ここに連れて来る口実だったんだ。お金のことは忘れてくれていいから! ぼくはお金に不自由していない。それよりも、きみの意志で協力してもらいたいんだ。ぼくと一緒に来てほしい」


 それでもソフィアは首を横に振った。


「忘れることなんてできません! あなたが、わたしにいくら払ったのか、わたしは知っています。わたしはそれをなかったことにできるほど、恩知らずではありません!」


「そんなことが言いたいんじゃない! ぼくはきみがお金のことを忘れたって、恩知らずだなんて思わないよ。そういうことじゃないんだってば! きみに来てほしいんだ。一緒に。お金のことは関係なく、一緒に行きますって、言ってくれればそれでいいんだよ」


 それでもソフィアは頑固に首を横にふった。


「もう! ソフィアのわからずや!」


 アレクはとうとう我慢しきれなくなって、ソフィアに背をむけた。ソフィアは頑固すぎる。

 恩を感じずにいることが、そんなに難しいことなのか?

 もっと図々しくなることぐらい、簡単だとアレクは思うのに。


「アレク様!」


 ベルンの声が聞こえたが、引き留めに来るようではなかった。

 アレクはそのまま、図書館の上の階に向かった。ずっとのぼって行ったところに、彼のお気に入りの部屋がある。

 そこで少し頭を冷やそう、とアレクは考えた。


「なんでソフィアはあれぐらいのことで、意地になるんだよ……!」


 ひとりでぶつぶつ文句を言いながら、アレクはずんずんと階段をのぼっていった。

 そうして、ようやくお目当ての部屋の前までたどり着く。部屋の扉には、小さな銀のプレートが掲げられていた。

 天球儀の間。

 アレクは部屋の扉をそっと開いた。

 部屋はそれほど広くない。うす暗く、中央には大きな天球儀が置かれている。

 かつて、ここによく出入りしていた頃、考えをまとめるために、ここによくこもったものだ。

 時にはここで、仲の良い学者たちと議論を交わし、口論になったこともある。

 懐かしい。――けれど、彼らはもうこの世にはいない。

 この図書館を管理しているゴーレムのうちの一体が、静かにそろそろと部屋を出て行った。

 あのゴーレムたちも、アレクが図書館を維持管理させるために作ったものだ。

 かつては、人間の簡単な雑用をしていたこともあった。そして、人がいなくなった後も、ここで静かに図書館を保全するために動いている。

 彼らは何も文句は言わない。アレクに作られた、感情のない人形。

 だけど、ソフィアは違う。

 そばにあった天球儀にアレクがふれると、ぼうっと淡く光り、くるくると回りだす。

 天井に星が映し出される仕掛けになっているのだった。

 アレクはそばにあった、一人掛け用のソファに腰かけた。アレクのかつてのお気に入りの椅子。

 懐かしく思いながら、アレクは椅子をなでた。


(そういえば、ソフィアは『使い』を持ったままだったかな)


 アレクが小さく呪文を唱えると、階下にいるソフィアとベルンの声が『使い』を通して聞こえてきた。


『あいかわらず、妙なところで子どもですな。アレク様も』


 唐突に、あきれたようなベルンの声が聞こえて、アレクはムッとする。


(ぼくがいないと思って。ベルンのやつ、好き放題言ってるな)


 とはいえ、アレクが目の前にいても、ベルンの口はあまり減らないのだが。でも、ベルンのそんな裏表のないところが、アレクは気に入っている。


『ソフィアさんも。少し、こちらに来て座りませんか?』


 二人がどこかに腰をかける音が、微かに聞こえてきた。


『アレク様もおしゃっておりましたが、私たちは本当にお金には困ってはいないのですよ。あの程度の金額、アレク様にとっては、ささいなものです。それよりもソフィアさんの気持ちの方が、我々にとってはとても重要なのです。人の心はお金では買えません。アレク様は人がお金によって従う時、それがろくな結果にはならないと、身にしみておられるのですよ』


 その辺のことは、ベルンもよく分かっている。過去に実際、そういうことがあったから。


『聞いても、いいでしょうか?』


 ためらいがちな、ソフィアの声。


『なんですかな?』


『――アレク様は、一体どういう方なのですか? わたしより幼く見えるのに、お金は使い慣れているし、魔法も……。それにこの図書館。ここは本当にアレク様の図書館なのですか?』


『一気にたくさんの疑問が出ましたな。本来ならば、アレク様ご自身から、そういう説明をされるはずだったのでしょうが――。まあ、いいでしょう。得体の知れない相手に心を開くのは、難しいものですからね』


 一体どういう風に話を進めるのかと、アレクは耳をすました。


『アレク様はこの国で、とても高い地位についておられます。今はもうずいぶん形骸的になってしまっておるようですがね。だからお金には不自由しておられないし、自分だけの図書館も持っておられる』


『形骸的になっているって、どういうことですか?』


『アレク様から、年齢の話を聞かれましたか?』


『いいえ、なにも』


 ソフィアは、真実を知ったらどういう風に思うだろうか?

 別にベルンに口止めをしていたわけではないから、かまわない。それでも、アレクはソフィアがどんなふうに感じるのかが少し気になった。


『アレク様は人間ですが、見た目通りの年齢ではありません。さっき話しておりましたでしょう? 竜の力を得ておられる。ですから、見た目以上の年齢を経ておりますが、老いていません』


『そんなことが……、できるのですか。じゃあ、今、本当は何歳なんですか?』


『それは、私も知りません』


『え?』


『もう何年も。何百年も。そして、それ以上。――アレク様は、"大災咎"を一度、実際に見たそうですよ。その時は、古代魔法王国のおかげで、この大陸まで竜の力は届かなかったそうですが』


『それって、二千年前の――?』


『そういうことになりますな』


 しばらく沈黙が流れた。ソフィアはどう思っただろう。

 こんなことを聞いて、彼女はソフィアはどうするんだ?


『アレク様は、その"大災咎"を退けるために、長く生きているのでしょうか?』


『私もそこまでは知りませんが。アレク様も、いろいろと話はされますが、肝心なことには口をつぐんだり、ごまかしたりされるところがありますからな。少なくとも、今度の"大災咎"は自分が止めなければならないと思っていらっしゃるようですが』


『それでも、やっぱり、わたしにはアレク様が怒る理由がよく分かりません。あの時――お二人に助けられた時から、恩を返さなければと思っていました。二度も救っていただいたのに、どうしてそれをなかったことにできるでしょう? そう思うことは、いけないことでしょうか? アレク様が、恩ではなく自分の意志でと仰るのなら、それを言葉にすることは簡単ですけれど、"自分の意思で従うと言うこと"に意味はあるでしょうか? たとえ本心が違ったとしても?』


『アレク様は、長く生きてこられて、お金に従う人間を心底嫌っておるようです。ですから、形だけでもそう言えば、アレク様は満足されるかもしれません。ですが……、私としては、ソフィアさんに、本当に心から協力していただきたい。ともに命をかけて戦うには互いの信頼関係がなければ難しいですからな。お金の恩だけで従う者と、心からの信頼関係が築けるとは、私は思えません』


『お金の恩だけではありません。さっきも申しあげたでしょう? 私は命を救っていただいたのに。だから、協力を求められたのなら、それに従うだけの覚悟はあります。それではいけませんか?』


『"従う"のでは、同じことでしょうな。アレク様は、"共に戦う"覚悟を望んでおられるのだと思います』


 ささいな言葉の違い? いや、違う。少なくともアレクにとっては違うのだ。

 またしばらくの沈黙が訪れた。


『故郷に帰っても義父はもういないし、他にあてがあるわけではありません。けれど、アレク様とともに行っても、わたしは役に立てないと思います』


『アレク様があなたを強く希望しておるのです。長く生きてこられた、あの方が。おそらくたくさんの人間、エルフ、魔族……、そんな者たちと出会ってきた中で、あなたがいいとアレク様がおっしゃるのですから、あなたには本当にそれだけのものがあるのだと、私は信じておりますよ。最初は誰でも不慣れなものです。アレク様もおっしゃっていたでしょう? 経験は積めばよい。どうせ竜は倒していかなければなりません。狩って、少しずつアレク様の力をたくわえて、我々も竜と戦うことに慣れていくのです』


『そんなものでしょうか……?』


 急に、ベルンがふっと笑うような声が聞こえた。


『さっきも見たでしょう? アレク様も、ああ見えて妙なところで子どもっぽい。本当にそんな長い間生きてきたのかと思うこともあります。でも――』


『でも?』


『長く生きてきたということは、それだけ多くの生と死を見つめてきたということです。それがどんな感じなのか、私には分かりませんが、少なくともそれは楽しいばかりではなかったはずです。時に孤独だったのではないかと。アレク様の生と比べると、私などはほんの短い間でしょうが、せめてその間だけでも、アレク様を支える一人になりたいと、私は思っております。アレク様は悪い方ではない。多少、わがままなところはありますが』


 ベルンは、はっはっはと軽快に笑った。最後の"わがまま"は、一言よけいだ。


『わたし……。アレク様に謝ります。わたしの中にある、お二人に対する恩は、わたしの中からは消せません。でも、わたしでお役に立てるのなら、"共に戦う覚悟"をします。ベルン様、それでもいいでしょうか?』


『私に"様"はつけなくて、結構ですよ。私はあくまでアレク様の従者ですから』


『じゃあ、ベルンさん?』


『はい。それで結構です。――さて、すねてしまったアレク様を探しに行きますかな』


『え? あの、わたし、まだ心の準備が……』


 アレクはそこで『使い』の音声を切った。

 ふうっとひとつため息をつく。


(まったく、ベルンのやつ、好き放題言って……)


 でも、ベルンがそんな風に考えていたとは知らなかった。これはひとつ、収穫かもしれない。

 アレクは椅子から、ひょいと勢いをつけて、立ち上がった。


「世話の焼ける……」


 二人が探しに来る前に、戻ってやろう。ソフィアも一緒に来る気になったようだし、この機会を逃さないようにしなければ。

 アレクはふと、部屋の中にあった鏡に目をとめた。

 きれいな銀色の髪。透けるように白い肌。すらりと伸びた細い腕と足。

 衣服は変わっても、そこに映る自分の姿はもう数千年前から、このままだ。彼のことを美しいと表現する者は多いが、アレクはもうこの容姿にさえ、飽き飽きしている。

 親しい者たちの死が悲しかったのなんて、いつのことだったか。長く長く生き続けている間に、そんな感情もマヒしてしまった。

 愛していた人たちが老いて、死んでいくのも。

 自分自身の容姿がずっと変わらないのも。


 ――自分が孤独だと感じたことも。


 ベルンは所詮、自分の尺度でしか、アレクを見ていない。

 アレク自身は、もうそんな様々な感情は、遠い昔にどこかに置いてきてしまったというのに。




挿絵(By みてみん)

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