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竜を喰らう者  作者: ヨクイ
第2章 えにし
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第1話 ソフィアのしもべ

 地層学者ヨルヴィークの報告は、我々に大きな衝撃を与えた。

 それは俄かに信じがたい話ではあったが、彼の報告は実に明確で、嘘偽りのないものだった。

 これを国内に公表したところで、混乱がひどくなるばかりであろう。

 国王がどう判断されるかにもよるが、少なくとも我々はこれから二千年の間に、その準備をしなければならない。

 我が国の子孫たちが困らないように、今からその時に備えるのだ。

 しかし、この国の今の惨状はどうだ。それだけの余力が今、この国のどこにあるというのだろうか。


   『大災咎の真実』より抜粋



 帝国ミリエニオの山林の中にある図書館。アレク、ベルン、ソフィアの三人は、そこで一晩をすごした。

 翌朝早く起きだしたアレクは、一人で近くの町まで買い出しに出かけた。もちろん、この図書館に来た時と同じように、樹木の移動魔法を使って。

 買い物を済ませて戻ってみると、行く前にはぐっすりと眠りこけていたベルンが起きていた。


「アレク様が自分から買い出しに行かれるとは、なんと珍しい」


「ベルンもたいがい失礼だね? ここには食べるものが何もないだろう? ベルンはちっとも起きないし。せっかく建物の中にいるのに、携帯食なんて食べたくない」


 久しぶりに図書館で一晩をすごしたアレクは、懐かしい気持ちでいっぱいだった。

 このあたり一帯ならば、どこも自分の庭のようなものだ。近くの町まで、魔法を使えばあっという間に行ける。


「それにしても、図書館とは思えないほど無駄に立派な造りですな、ここは。アレク様しか使われないのでしょう? 宿泊用の部屋がこんなにあるとは」


 従者のベルンも、この図書館に足を踏み入れたのは、今回が初めてだった。


「昔は泊まり込みで古い文献を調べたりしていたからね。他にも研究者や学者なんかがいたし。今はもう資料は調べつくしたから、人はおいてないだけだ。それでも、文献は残しておかないといけないし」


 テーブルがいくつもならべている談話室は、無駄に広い空間が物悲しかった。食堂は別にあるのだが、階下だし、三人で食事をするだけなら、ここの方が、便利が良い。

 アレクはベルンと一緒に、テーブルの一つに買ってきたものを広げた。


「今日はえらく豪勢ですな」


 食べ物を見たとたん、嬉しそうにベルンが喉を鳴らした。ベルンは体が大きい上に、よく食べる。


「ソフィアが仲間になってくれたから、そのお祝いも兼ねてだよ。言っておくけど、ベルンのはおまけだからね。――本当は町に出てもいいんだけど、うるさいのは嫌だし、こういうのも悪くないかなと思って」


 パンや果物、ちょっとした肉料理なんかもあって、きれいに並べると、まるでちょっとしたパーティのようだ。

 近くにいたゴーレムをつかまえ、アレクはソフィアを呼びにやらせた。


「ありがとうございます。わたしなんかのために……」


 お礼を言いかけたソフィアを、アレクがさえぎった。


「わたしなんかの、は余計だよ。わたしのために、でいいんだ。素直に喜んでよ。そしたら、ぼくもうれしいから」


「あ、はい……。わたしのために、ありがとうございます。アレク様」


 少し恥ずかしそうに、ソフィアはにっこりと笑った。


「うん」


 それでいい。アレクも笑顔でうなずいた。かしずかれるのは嫌いじゃない。でも、ソフィアには自分を卑下してほしくなかった。


「あ。アレク様。この袋」


 おもむろに、ベルンが机の脇に置いてあった袋を掲げて見せる。


「え? ああ、それはぼくの。非常食」


「――やはり。またお菓子、買ってこられたのですね?」


 非常食なくして、一体どうやって生きていくというのか?


「いいだろう? 別に。ベルンには迷惑かけてないんだから」


「そうおっしゃいますが、ちょっと甘いものばかり、食べすぎではないかと。いつも常備しているではないですか」


「これはぼくにとって、必要な物なの」


 ベルンの手からお菓子の袋を取り戻すと、アレクはそれを自分の手元に置いた。


「アレク様は、甘いものがお好きなのですか?」


 軽く乾杯をしたあと、ソフィアが尋ねてきた。


「うん、ぼくの体の一部と言ってもいいくらいにね」


 それを聞いたベルンが、すかさずぼそっと小さな声で皮肉を言う。


「そのうち前身お菓子だらけになって、かじったら、砂糖の味がしたりするのではないでしょうな……」


「ベルン! 何か言った?」


 あえて大きな声で、アレクはベルンに問いただした。


「いいえ、別に」


 ベルンはそっぽを向いてごまかす。


(いや、むしろしっかり聞こえてるんだけど……)


「わたし、少しだったら作れますよ。あ、でも、ここには台所はないですよね……?」


 強い魔力を持っていて、精霊魔法が使えて、お菓子も作れるとは。

 ソフィアはなかなかあなどれない――!


「あるよ! そんな立派なものじゃないけど。調理器具も一通りそろってるはず。だけど、食材はさすがに置いてないだろうね。じゃあ、次の買出しの時には一緒に買いに行こうか」


「はい」


 なかなかいい雰囲気だとアレクは思った。

 昨日はソフィアと言い争いをしてしまったけれど、これからのことを考えると、ソフィアとは仲良くやっていかなければならない。

 せめて、もう少しソフィアが、頑固でなければ良いのだけど。


「それはそうと、アレク様」


 食卓にのった肉料理に遠慮なく手を伸ばしたベルンは、それをぺろりと口に入れた。あっという間に、おいしそうな肉料理がベルンの口の中に吸い込まれていく。


「なに?」


「ソフィアさんは、精霊魔法が使えるようになったのですか?」


「ああ、うん。一応手ほどきはしてもらった。エルフの村でね。基礎だけってことで」


 アレクもさりげなく自分の近くに寄せてあるロールパンに、手をのばす。


「基礎? 基礎とは、どの程度のものなんでしょうか? 私、精霊魔法はうといので、よく分からないのですが」


「うーん、そうだね……。そういえば、ぼくもまだ見てないなあ。でも、ソフィアを教えた先生はほめてくれたらしいよ? ねえ、ソフィア?」


「あの……、一度見ていただいた方が、良いと思います」


 建物の中で呼び出すのは怖いとソフィアが言い張るので、食事を終えてから、三人は図書館の外に出た。

 空は晴れているが、図書館の周辺は常に霧が漂っていて、薄暗い。


「あの、いいですか?」


 自信がなさそうな顔で、ソフィアはアレクとベルンの顔を交互に見た。


「うん。いつでもどうぞ」


 アレクの言葉にうなずいたソフィアは、真面目な表情で集中し始めた。

 精麗魔法で召喚する際の詠唱時間はそれほど長くはない。

 一度呼び出した状態であれば、連続して召喚した精霊に命令を下すことができるので、いちいち詠唱しなおさなくてもいいのが精霊魔法の強みだ。

 しかし、召喚している間は魔力を消耗する。だから、元々の魔力が強いソフィアは、精霊魔法にとても適しているといえる。

 ソフィアは少したどたどしく、炎の精霊を召喚する呪文を唱えた。

 アレクとベルンも少々緊張した面持ちでそれを見つめる。

 不意にソフィアの両手の間から光が生まれ、一気に明るい炎があふれた。


「おお……っ!」


 ベルンが小さく期待の声をあげる。ベルンは結構かっこいいもの好きなのだ。

 そうして、三人の目の前に姿を現したのは、不死鳥フェニックスを思わせるような、燃える炎を身にまとった荘厳な赤い鳥――の、手のひらサイズ。

 ベルンとアレクが、思わず同時に呟いた。


「小っさ……!!」


 炎の精霊は小さなチョウのように、ひらひらとソフィアの目の前を飛ぶ。


「あ、あの……、ダメですか?」


 見た目は悪くない。いかにも強そうな、炎の精霊らしさがある。

 ただ、大きさは問題だった。

 ひらひら、ひらひらと飛んで見せた炎の精霊は、アレクの方を一度にらむと、「何か文句があるのか!?」とでも言うように、小さな炎をぽーっと吐いて見せた。


「――かっこいいとは思うのですが、若干、サイズが小さめのような気が……」


 かろうじて、ベルンがコメントする。だが、そもそも、かっこいいとか悪いとか、そういう問題ではない。


「他の精霊も見せてくれる?」


 アレクは、眉をひそめて言った。


「は、はいっ!」


 次に出てきたのは、風の精霊。

 炎の精霊と同じくらいの大きさで、羽根の生えたとても小さな鳥のようだった。

 精霊らしい顔つきの女の子が、「よいしょ、よいしょ」と一生懸命に風を起こしてみせるが、ささやかな風がぴゅーっと吹いて、ソフィアの前髪をふわふわ揺らしただけだった。


「次」


「は、はいっ!」


 アレクの顔も見ずに、ソフィアは続いて水の精霊を召喚した。

 これまた愛らしい女の子の精霊が、透き通った水の衣をまとって現れる。

 小さくにっこりと微笑んだ水の精麗は、優しげだったが、その両手から放った水は、子供の水鉄砲のように、ぴゅるぴゅると地面に滴りおちた。

 とうとうアレクが何も言わなくなったので、ベルンがアレクの顔色をうかがうようにして、ソフィアに尋ねた。


「えーっと……、他には?」


「つ、土の精霊を召喚します」


 半泣きになりながら、ソフィアは土の精霊を召喚する呪文を唱える。

 すると今度は、丸い体に、ツンツンととがった頭をもつ精霊が、地面からにょきにょきと現われた。まるでとても小さいタケノコのようだ。

 土の精霊は、ぽよんと地面から跳ね上がると、三人に向かって、ペコリとおじぎをしてみせる。


「アレク様の『使い』と、少々雰囲気が似ておりますな」


 ベルンがこそこそと、アレクに耳打ちする。


「そう?」


 低い声で、アレクは応えた。体が丸いところは似ているかもしれないが、その大きさはといえば、これまた、とても小さい。

 比較するようなものではないが、アレクの『使い』は、猫ぐらいの大きさはあった。

 これはソフィアのせいじゃないと何度も自分に言い聞かせながら、アレクは自分の中のイライラを抑え込んだ。

 すると、土の精霊はアレクに向かって、虫が鳴くような声で何か早口でまくし立て、地面を指さした。

 どうやら、「そこを、見ていろ」ということらしい。


「何でしょう?」


 ベルンがアレクの機嫌をとるように言ったので、アレクもその小さな土の精霊が指さすところに視線をやる。

 すると、土の精霊が地面に向かって、その小さくて短い手を伸ばし、うんうんうなり始めた。

 ほどなく、土の一部がぴこっと盛り上がったかと思うと、そのまま一直線上に、土がぽこぽこぽこっと盛り上がった。

 ちょうど、寒い日の朝に、地面に霜柱ができた時のような感じだ。

 「どうだ」と言わんばかりに、胸をそらす土の精霊。


「なかなか、自己主張をする精霊のようですな……」


 ソフィアに聞こえないように、ベルンがアレクに耳打ちする。


「あの、アレク様……」


 不安げな表情で、ソフィアがアレクの顔色をうかがった。

 呼び出された精霊たちは消えることなく、めいめいに、周辺をふわふわと飛んでいる。虫と見間違えそうなほどの小ささで。

 アレクはふーっとひとつ、大きなため息をついた。


「わたし……っ、あの、やっぱり……」


 今にも泣き出しそうな顔を隠すように、ソフィアは悔しそうにうつむいた。

 そんなソフィアの言葉をさえぎって、アレクは少し声を荒げて言った。


「いいんだ。ソフィアは悪くない。基礎だけにしてくれって、エルフたちに頼んだのは、ぼくなんだから」


「でも、アレク様。あれでは――」


 ベルンが遠慮がちにアレクの顔を見た。


「わかってるよ! だから、ぼくがソフィアに教える。精霊魔法も古代魔法も、考え方は同じだろ? 多少の知識ならあるし。なんとかなるよ――多分」


「ならなかったら、どうするんです?」


 よくも言ったなと思いながら、アレクはベルンに向かって言った。


「もしもダメだったら、エルフの村に戻るしかない。だけど、エルフの村で教わってたんじゃ、どれくらい期間がかかるかわからないからね。ぼくたちはその間身動きできないわけだし。

ソフィアの魔力が強いのは分かってるんだから、なんとかなるよ」


 半ばやけ気味にアレクは言った。何とかなってほしいというのは、願望だ。


「わたし……」


 うつむいたソフィアを、精霊たちが心配そうに取り囲んでいる。召喚で呼び出された精霊たちというのは、主人にとても忠実だ。


「いいの! ぼくがなんとかするって言ってるだろう? ぼくが知ってる精霊魔法だと、精霊たちはベルンくらいの大きさには、なるはずなんだ。精霊魔法の威力はその大きさと比例する。どこまで大きくなるのかは知らないけど。とにかく、精霊たちを大きくして、その威力をあげればいいんだから!」


「そ、そんなに、簡単にいくでしょうか?」


 ソフィアはまだ不安げだった。

 おしゃべりな土の精霊が、アレクに何かまくし立てているが、精霊の言葉は、アレクにはさっぱり分からない。一番とぼけた姿をしているわりに、威勢だけはいいようだった。

 それをアレクはぴんっと指で軽くはじいた。

 すると、小さな体をした土の精霊は、くるくるっと後ろに飛ばされて、地面に落ちる前に、ぱちんと消えた。


「あ……」


 その様子を見ていたベルンも、思わず苦笑した。


「吹けば飛んで行く精霊……ですな」


 まさに、竜と戦うなどという以前の問題だ。こんな精霊では、野良犬や野良猫にだってやられてしまうだろう。


「ソフィア!」


「は、はいっ」


「明日から、特訓だからね。午前中は、ソフィアの特訓。午後は国内にいる竜狩りに行く。この国にいる竜は、小さくてあまり役には立たないだろうけど」


「わかりました。今日は、これから行かれますか?」


「今から行っても遅くなるから、やめておこう。狩りは明日からだ。それよりベルン、食材を買い足してきてよ。しばらくここにいるなら、調理もここでした方がいいでしょ? さっきも言ったとおり、台所はあるから。ソフィア、料理はできる?」


「はい、簡単なものなら」


「じゃあ、朝と夕方はソフィアが食事を作って。ベルンは寝起き悪いから。その代わり、昼食はベルン担当にするから」


 それを聞いて、ベルンが冗談交じりに言った。


「アレク様はどうされるんです?」


「なに? ぼくに作らせる気? ――ぼくは、ソフィアの特訓と竜狩り担当でしょ」




 翌朝、アレクとソフィアは昨日と同じ場所に立っていた。朝の空気がひんやりと冷たい。

 ベルンはまだ、部屋でいびきをかいて寝ている。


「ソフィア。精霊魔法で大事なことは何か言ってみて。いくつでもいいよ」


 なるべく優しい声で、アレクはソフィアに言う。すると、ソフィアはよどみなく答えた。


「はい。それは愛です!」


「あ?」


 アレクは口を開けたまま、ソフィアの答えの続きを待った。


「愛です。自然を愛する心が、精霊を呼び寄せると学びました。精霊を愛しむ心が大事だと」


「あー……。うーん。愛、ねえ……」


 まるでエルフらしい考え方だが、それだけでは当然、精霊たちに強い力を与えることはできない。

 ソフィアの答えはアレクが予測していたものとは違ったので、アレクはどこから話そうかと、しばらく首をひねった。


「まずは、イメージをすることだね。ただ、呼び出すだけじゃ、ダメだ。集中して、なるべく精霊たちの大きな姿を思い描く。たくさんの力を注ぎ込むつもりで、やるんだ」


「はい」


「覚えておいて。ソフィアがいくら今の精霊の姿に満足していても、あのままじゃ弱すぎる。弱い精霊はすぐにやられてしまうよ? 精霊たちだって、強く大きな力を与えられた方が嬉しいんだからね」


「わかりました。やってみます」


 力強くうなずいたソフィアは、目を閉じて集中し始めた。

 アレクは、これでどこまでソフィアの力を伸ばしてやれるだろうかと思案した。

 どちらにしても、前途多難であることだけは、間違いないのだが。


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