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竜を喰らう者  作者: ヨクイ
第5章 王の帰還
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第5話 王の御言葉

 きれいにみがかれた回廊の先にある、帝国ミリエニオの会議の間。

 宰相ダロスの呼びかけでその日開かれた臨時会議に集った顔ぶれの中に、勅使であるゾルフィと魔法大臣フラウ、近衛軍隊長ファダリオの姿はなかった。

 その様子を見ながら、宰相補佐官ブリゴは一人ほくそ笑む。

 これでようやく、アヴィナスとの空路を開くための法案を通すことができるからだ。

 空路が開かれれば国内経済が活性化されるだけでなく、ブリゴ自身にも、かなりの金が入ることになっていた。

 宰相ダロスは純粋に国内経済の活性化と国交が正常に結ばれることを期待しているようだが、ブリゴはそんなことまで望んでいない。そもそも、そんなことはどうだって良いのだ。


「そろそろ時間だな」


 宰相ダロスが、補佐官ブリゴに向かって静かに言った。

 ブリゴはそれにうやうやしくうなずく。

 それまで大臣たちに根回しを続けた苦労がようやく報われると思うと、彼は内心笑いが止まらなかった。

 部屋の立派な扉の前にたつ衛士が、ゆっくりとその扉を閉められようとした、その時。

 どこからわいて出たのか、大勢の近衛騎士団の兵士たちが会議の間に乗り込んできた。


「な……!」


 ブリゴは言葉を失う。

 近衛騎士団の兵士たちはあっという間に壁沿いに部屋の四方を埋め尽くした。

 あまりのことに宰相ダロスが立ちあがり、声を荒げる。


「そなたら、ここで何をしておる! ここは神聖な会議の場であるぞ! 誰の許可を得てここに――」


 そこまで言いかけた宰相ダロスの言葉は、ある人物を目にした瞬間途切れた。


「宰相殿。これは私の命令によるものです」


 低く朗々とした声が会議の間に響く。

 ファダリオが近衛騎士団の軍服を身にまとい、帯剣したまま会議の間に入ってきた。

 魔族であり、軍人である彼が凄むと、かなりの威圧感がある。


「近衛軍隊長ファダリオ……! 貴様。このようなことが許されると思っているのか?」


 宰相補佐官ブリゴはそう言い放って、にくにくしげに顔をゆがめた。


「これはこれは、ブリゴ殿。もちろん誰の許可もなく、このようなことをするはずがありません。近衛軍に命令を下せるのは――、私に名を下せるのは、この国において、ただお一人」


 やや芝居がかったようにそう言って、ファダリオは目を細めた。

 その様子を他の大臣たちは固唾かたずをのんで見守っている。


「陛下は本当に御戻りになっているのか」


 軍務大臣ガルデンが難しい表情でつぶやいた。

 ファダリオはそれに軽くうなずく。


「これより王の“御言葉”をお伝えする。皆、控えるよう」


 ファダリオがそう言い放つと、補佐官ブリゴは怒りに顔を赤くした。


「馬鹿な……! 勅使ゾルフィは反逆罪で拘束中だぞ!? お前が王の“御言葉”を伝えるなど、明らかな越権行為えっけんこういだ! おい!」


 補佐官ブリゴがそう言って軍務大臣ガルデンの方を見たが、彼は動かなかった。


「もちろん、私が“御言葉”をお伝えするわけではない。ここに勅師の正当な継承者がいる」


 ファダリオに導かれて前に連れ出されたのは、恐れのあまり小刻みにふるえるイルーシだった。


「は……ははははっ! ダロス様、ご覧になられましたか? あれを勅師だと。あのような子供が」


 半ば安心し、半ば馬鹿にしたように、補佐官ブリゴは笑い声をあげる。

 それを見た宰相ダロスも口をゆがめた。

 その表情に少し余裕が生まれる。


戯言ざれごとが過ぎるぞ、ファダリオ殿。そのようなおびえた子供に何をさせようというのか。――兵を引くがいい。そして、大人しく謹慎しているべきだ。そうでなければ今度こそ、我々は貴殿を裁判にかけなければならん」


 口調は穏やかだが、宰相ダロスの瞳は氷のように冷たい。

 だが、ファダリオはそれにひるむことはなく、彼を鋭くにらみ返している。


「宰相殿はお分かりになられていないようだ。重ねて申し上げるが、これは私の意思ではない。陛下の御意思である」


 そんな二人のやりとりを聞いていた補佐官ブリゴは、我慢できずに声を荒げた。


「近衛軍隊長の越権行為は見るに値しない! これだけ衆目の面前で失態をさらしたのだ。むしろこの場で……!」


 そう言ってブリゴが席を立ち、ファダリオのところに歩みを進めようとした瞬間。


 パチッ! バリバリバリバリ――!!


 一瞬何かが光ったかと思うと、補佐官ブリゴのすぐ目の前に天井から大きな音を立てて、細い稲妻が落ちた。


「な、な……?」


 あまりのことに驚き、補佐官ブリゴはその場にひっくり返る。

 そして、その部屋にいたファダリオ以外の全員が今起こったことを理解できず、しんと静まり返った。

 きれいにみがかれた床の一か所だけが、黒く焦げ、うっすらと細い煙が立ちのぼる。


「『言葉が過ぎるぞ、宰相補佐官ブリゴ――!』」


 どこからか聞こえてきた声に、補佐官ブリゴは、ハッと顔をあげる。

 そしてすぐさま、ファダリオの横にたたずんでいたイルーシをにらんだが、彼はそれまでと変わらず、ふるえながら立っているだけだ。


「『お前は空路解放に熱心だが、アヴィナスに金でもつかまされたか?』」


 補佐官はあまりに図星なので、声を失う。

 響く声は、イルーシから放たれたものではなかった。

 この会議の間全体が声を発しているかのように、部屋中に響いているのだ。


「『宰相ダロス。そなたは宰相という立場にありながら、国を守るという本来の職務を忘れ、補佐官であるブリゴに踊らされた愚かさを思い知るがいい』」


 会議の間に響く声がそう言い放つと、部屋の壁、床、天井――あらゆる場所に、魔法陣が浮かび上がる。

 大小様々な異なる魔法陣はすき間なくびっしりと部屋を覆い尽くすように描かれており、その全てが金色の光を放った。


「な……! これは……」


 宰相ダロスが驚きの声をあげる。


「『宰相ダロス、並びに補佐官ブリゴを更迭する。連れて行け』」


 その声に応じて、近衛騎士団の兵士たちがバラバラと宰相ダロスと補佐官ブリゴを取り囲む。


「ま、待て……! こ、これは、一体……!?」


 彼らの理解もおぼつかないまま、二人はあっという間に部屋の外に連れ出されていった。

 遠くから補佐官ブリゴのものと思われるののしり声が聞こえていたが、それも次第に遠ざかり、部屋の扉が閉まるとまるで聞こえなくなった。

 残った大臣たちは椅子から降りてひざまずき、イルーシのいる方に向かって頭を垂れる。

 その中でも、祭司ジフテオスはその目に涙をためていた。


「へ、陛下……! その御声を拝聴できることを私は長年夢に見て……!」


 感極まったように言う祭司ジフテオスを、ファダリオは冷やかに見る。

 彼が王という存在を異常に敬愛しているといううわさがあったが、それがまさに今証明されたというわけだった。


「『私の姿が見えなければまともに国も守れぬとは……。 長く国を守るために敷いてきた布石を、そなたら自ら破壊しようなど、愚の極みである。いつからこの国の大臣どもは長く蓄積された遺志をも継げぬ集団になり下がったのか』」


 しんと静まり返った部屋に、祭司ジフテオスの鼻をすする音だけが響く。

 そして、部屋に響く声はさらに力をこめて言い放った。


「『早急に次期宰相を選出せよ。但し、種族を人間に特定せぬこととする。また、空路解放は結界の崩壊を意味する。大災咎までそれほど刻限は残されておらぬ。これまで通り祭事を守り、国を守護せよ』」


 集まった大臣たちは、その言葉を受けて床に平伏する。

 そして、そんな居並ぶ大臣たちに平伏されたイルーシはといえば、ファダリオにさりげなく支えてもらわなければ立っていられないほど、緊張で頭が真っ白になっていた。




 夕刻。

 ソファで眠りこけていたイルーシの鼻を、アレクはキュッとつまんだ。


「う……。うう……」


 イルーシは苦しげに顔をそむけるが、アレクはがっちり鼻をつかんだその手を放さない。

 すると、とうとう我慢できなくなったイルーシがぷはぁっと口と目を同時に開けた。


「あ。起きた」


 のぞきこんだアレクの顔に驚き、イルーシは目をぱちくりさせる。


「……アレク様?」

「うん。あんまりイルーシが起きないから。ゾルフィもなかなか帰ってこないし」


 そう言って、何事もなかったかのようにアレクは前髪をかきあげた。


「そろそろ帰りたいんだよね。宰相の一件も片付いたことだし。ゾルフィが戻ってきてからと思ったけど、なかなか帰ってきそうにないし」

「え……?」


 驚くイルーシに、アレクは肩をすくめた。


「もともとこんなに長くここにとどまるつもりじゃなかった。まあ、それは仕方ないけど……。そろそろ帰ってやらないと、皆待ってるから」

「皆?」

「そう、竜狩りのね。仲間がいるから」


 ベルンなど、待ちくたびれて首が曲がっているかもしれない。

 フォルの資料の研究はどれぐらい進んだだろうか?

 それより何よりソフィアお手製のお菓子が食べたかったし、エドはまた店番ばかりやらされて、きっと退屈していることだろう。

 それに、ティナと久しぶりに銃の話で盛り上がりたい。


「いつまでもこの国にいらっしゃったらいいのに……。この国はアレク様の――」


 そう言いかけたイルーシの言葉を、アレクはあえてさえぎった。


「分かってるよ。だからここにはいたくないんだ。イルーシには分からないだろうけど……。またイルーシが勅師を継ぐ時には戻ってきてあげるから」


 するとイルーシは珍しく強い意志をこめた目で、アレクを見る。


「本当ですか? 絶対ですよ? 約束ですよ?」


 たたみかけるように念を押すイルーシに、アレクは首をかしげた。


「そこまで念を押されると、むしろ迷うなぁ……」

「そんな! 一度言ったことは守ってくださいよう!」


 本気で泣きそうになっているイルーシを笑いながらなだめて、アレクはうなずく。


「大丈夫だよ。まあ、大災咎の後もまともに生きていられたらね」


 冗談めかして言ったアレクの言葉に、イルーシは黙りこむ。


「さて。僕、もう行くけど。魔法陣まで見送りに来る?」


 アレクが声をかけると、イルーシはハッと顔をあげてうなずいた。

 二人は黙ったまま、アレクが来た時に使った部屋へ向かう。

 床には白く浮かび上がった魔法陣が描かれたままだ。

 その中心に立ち、アレクが呪文を唱えようとしたその時。

 廊下からドタドタと品のない足音が聞こえた。


「あ、師匠……?」


 イルーシが部屋の入口をふり返ったのと、部屋の扉が勢い良く開いたのがほぼ同時。

 そのままずかずかとゾルフィが部屋に入ってきた。


「アレク様!!」


(ああ、また面倒な……)


 そのまま黙って立ち去るつもりが、中途半端に見つかって一番ややこしい形になってしまった。

 案の定、ゾルフィは険しい表情でアレクにせまってくる。


「私に内緒でまたこのような……っ! 助けていただいたことには感謝しますが、黙って出ていこうなどとは――」


 せまりくるゾルフィから、思わずアレクは目をそらす。


「何故目をそむけるのです! 聞いておられるのですかっ!?」

「だって、まぶしすぎて目が……」


 今日のゾルフィの額は特に、汗ばんでいてツヤツヤと見事な光沢を放っている。

 背後でイルーシが「ぶっ」と吹き出すのが聞こえた。

 ギロリとふり返ったゾルフィに、イルーシはあわてて口を押さえる。


「何かおっしゃいましたか? 何か。いかにアレク様といえど、いい加減になさらないと、私もそのうち本気で怒りますよ」

「あー……。もしかして、本気で気にしてる?」

「私はいつでも本気です」


 まさかゾルフィがそれほど、はげあがっていることを気にしているとは思っていなかった。

 そもそもそれを気にして、一体誰に対して羞恥心しゅうちしんを抱こうというのか。


「これでもちょっとは待ってたんだけど。あまりに帰ってくるのが遅いからさ」


 するとゾルフィはようやくその光った額を近づけるのをやめて、ため息をついた。


「いろいろと手続きがあったのです。――宰相と補佐官ブリゴを更迭されたのですね」

「ああ、うん。なんだかもう面倒になっちゃったから、宰相も人間以外の種族から選んでいいってことにしといたから」

「よろしいのですか? 帝国国民の反発を考えて、宰相は人間からという伝統だったのでは」

「まあ、そうなんだけどね。もうみんな忘れちゃってるみたいだし。それに異種族間の婚姻が進んで、もう人間がこの国を統治するとか、それほどこだわる感じでもなくなってきたかなあって」


 それを聞いたゾルフィは肩をすくめた。


「確かに。空中庭園との交流もうまくいっておりますし」

「あれ作った時には、結構な反発食らったんだけど」

「人間の敵である種族をかくまった“裏切りの王”、ですか。――ですが今やもう、人間の怒りは薄れ、対立の構造もあいまいになってきました」

「既に他国じゃ、そういう種族はどこかに消えうせたみたいなことになってるしね。それはそれでいい。帝国まで来ることができなかった者たちも、他国でそれなりになんとかやっているようだったし」

「そうでしたか……」


 ようやく訪れた沈黙に、アレクはうまくごまかせたかな?と思った。


「まあ、そういうわけだから。ベルンも待ってるし、そろそろ帰るよ」


 するとゾルフィはようやくアレクを解放し、魔法陣の外に下がった。


「ご面倒でも、またお戻りください。イルーシもこの通り、まだ心もとない。これが今生の別れとなるなどはご勘弁くださいよ」

「分かった、分かった。次に会ったときにゾルフィのその頭がどこまで進化しているか、見に来ることにするよ」

「アレク様……っ!」


 声を荒げるゾルフィを尻目に、アレクは呪文を唱え始めた。

 魔法陣が赤い光を帯び、部屋を紅に染める。


「アレク様、約束ですよ……っ!」


 遠くでイルーシの声が聞こえたと思った直後にはもう、アレクの体はそこになかった。


お読みいただきありがとうございます。

ただでさえスローペースな上に誠に心苦しいのですが、プロットの組み換えを考えており、当面投稿を休止しようと思っています。

申し訳ありません。


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