第6話 竜を狩る店 -エドの店番記録-
「じゃあ、あとは頼みます」
そう言って、ヴァントは大きな荷車を押して店を出て行った。
大柄のヴァントが店を出ていくと、店内が少し広く感じられる。
ヴァントはアレクたちの店の店主なのだが、この日、本店であるホルスク商会の主、イェルガに呼ばれて出て行った。
アレクが出資するホルスク商会の支店「竜を狩る店」は、大通りの近くで営業していたが、客足はほとんどない。
店内には"竜退治、承ります"の告知が貼られ、あまり多くない棚には、竜のヒゲや牙、ウロコなどを使って作ったホルスク商会製の品物が申し訳程度に並べてある。
その日、店番を任されたエドは、カウンターの横にある椅子に座って、店を出ていくヴァントを見送った。
このところヴァントの情報を頼りに、連日竜狩りに出ていて、体に少し疲れがたまっている。
アレクの力も徐々にたまってきていると言うが、そばで見ているエドには、その違いがよく分からなかった。
今日は久しぶりに休みをとろうということになったので、エドはヴァントから店番を引き受けていた。
とはいえ、客もそれほど来そうにないので、エドは趣味で作っているアクセサリーの材料をカウンターに広げた。
店内には、ふんわりと甘い匂いが漂っている。
二階にある台所で、ソフィアが朝からアレクの為になんとかというお菓子を焼いているせいだった。
一緒に食べるかと誘われたが、エドはかいがいしいソフィアの様子を見ていると面映ゆいので、さっさと階下に下りて来たのだった。
ベルンはアレクの従者だというのにも関わらず、相変わらず朝に弱く、まだ起きてこない。
唯一、エドが目の保養にしている美人のティナは、銃の手入れをしてもらうと言って、朝早く出かけてしまった。
(つまらないなあ……)
目の保養になるような女性は視界に一人もおらず、店内にはヴァントの孫息子の、ランタがいるだけ。
本来はランタが店番をするべきなのだろうが、ヴァントがそれを許可しなかった。
ランタの年の頃は十六、七。
見た目はちょうど、ソフィアと同じくらいの年頃だ。
だが、少々幼いところがあって、気が短く、言葉遣いもあまり良くない。
ヴァントはそういう孫息子を変えたいと思っているようだが、思春期真っ盛りのランタは、なかなかヴァントの思い通りにはならないようだった。
店番を任せてもらえなかったことで、ランタの機嫌はさらに悪くなり、エドはそれを遠目に見て、苦笑いした。
時折入ってくる冷やかしのお客さんに愛想をふりまきながら、エドは手元の糸を指先で器用に編みこんでいく。
そこへ、アレクとソフィアが甘い匂いを漂わせながら、店へ降りてきた。
「おいしかったぁ」
のん気にアレクが言う声と、照れくさそうに笑うソフィアの声が聞こえてくる。
すると、ランタがあからさまにアレクに敵意の目を向けた。
(おやおや)
ランタはどうやら、アレクのことが気に入らないらしい。
確かに、アレクをよく知らない人間から見れば、小さな子供が偉そうにしているようにしか見えないのだろう。
祖父のヴァントがいる手前、いつもは大人しくしていた彼だったが、今日はその重石もいない。
ランタは階段を下りてきたアレクの前に立ちはだかった。
「おい!」
ランタの威勢のいい一声に、アレクは表情を変えることもない。
「……何?」
「ガキのくせに、えらそうにしやがって。ちょっと来いよ! 俺と勝負しろ!」
息がって熱くなっているランタとは対照的に、アレクの表情は冷めている。
「勝負してどうするの? 何かいいことでもあるの?」
アレクの実力を知っているエドとしては、ここでランタを止めるべきかどうか一瞬迷った。
だが、ランタの性格からして、自分の言うことなど聞きはしないだろうと考え、そのまま黙っていることにする。
たまには痛い目を見るのもいいのかもしれない。
そもそもアレクのことだから、そんなに無茶なことはしないだろう。
「それは……っ! 俺が勝ったら……、俺が勝ったら、その娘を竜狩りに連れて行くのをやめてもらうっ」
その発言にはアレクだけでなく、エドも驚いた。
ランタは単純にアレクが気に食わないだけかと思っていたら、どうやらソフィアに気があるらしい。
若いなあと思う一方で、アレクはどう応えるのだろうとエドは興味津々で見守った。
「ソフィアが竜狩りに行くのは同意の上だ。君に関係ないと思うけど?」
「同意でも何でも……! か、彼女みたいな女の子を、竜狩りに連れて行くなんて、どう考えてもおかしいだろ!?」
それを言うなら、アレクのようなお子様が竜狩りに行っていること自体もおかしいのだが、それはどうでもいいらしい。
アレクは面倒くさそうに、ひとつため息をついた。
するとアレクの後ろで困った顔をしていたソフィアが口を開く。
「ランタさん、私は別に……」
そう言いかけたソフィアを、アレクが止めた。
「まあいいや。それで君の気がすむなら。後々うらまれても面倒だし、付き合ってあげるよ。その代わり、僕が勝ったら君は一生僕の下僕だからね。なんでも言うことを聞いてもらうよ?」
さらりとアレクは結構なことを言ってのける。
どこまで本気でどこまで冗談なのか、エドには分からない。
「アレク様、いくらなんでもそれは可哀想です……!」
ソフィアがランタに同情を示すが、それは同時に、絶対にアレクが勝つと思っていると言っているようなもので、それがまたランタの怒りを買う。
「俺は絶っ対に負けねーからな! よしっ! 表へ出ろ!!」
肩をいからせ、ランタは威勢良く店を出ていく。
アレクはまたため息をついて、エドの方を見た。
「どれぐらいかかるか分からないけど、店番頼むね?」
「ああ、かまわないよ」
エドはひらひらと手を振って、アレクを送りだした。
オロオロした様子のソフィアも、そのあとについて行く。
静かになった店内で、エドはまた編みかけのアクセサリーに視線を戻した。
今編んでいるのは、緑を基調にしたひも状のブレスレットだ。
しばらく編んだところで、ふと何か感じて顔をあげる。
するとそこへ大柄な客が二人、店に入ってきた。
顔にいかめしい傷があり、いかにも筋骨隆々な感じの二人組だ。
ティナが見たらさぞかし喜ぶだろうと思いながら、エドは「いらっしゃいませ」と声をかけた。
にこりとも笑わない二人組は、ぎらついた目で店の中を眺めまわした。
一人がエドの方を見て、低い声で尋ねた。
「店番はお前一人か?」
「そうですが。何かお探しですか?」
エドがそう応えると、二人はにたりと笑って、カウンターの方に大股でやってきた。
嫌な予感がする。
「おう。お探しだ。今あるだけの金を出せ。おっと、誰か呼ぼうなんて思うなよ? そんなことしたら、手前の顔面ぶちのめしてやるからな」
なるほど、強盗のようだとエドは自分の直感があたったことを確認する。
さて、どうするか。
ベルンはまだ二階で寝ているし、アレクはまだしばらく帰ってきそうにない。
ティナは外出したままだし、フォルは一度部屋にこもったら、なかなか出てこない。
エドもそれなりに体力はある方だが、腕力には自信がなかった。
ましてや、こんないかにも悪党そうな大柄の男たちを相手にできるほどのものがあるはずもない。
唯一自分にできることといえば、歌を歌うぐらいだが、そもそも人を呪う歌は禁忌とされていて、エドが呪歌を習った教会でも、そんな歌は一切教えられなかった。
子供のころに無自覚で歌ったことはあるが、長くそれは自分に戒め(いましめ)てきたことでもあり、今ここで歌って、それが男たちにどれほどの効果をもたらすのかが分からない。
エドが歌えるものには竜などの生物を弱体化させるものもあるが、ほとんどは人の心や体力、能力を向上させるような歌が中心だ。
(どうするかな……)
エドがためらっていると、いらだった男がドン!と派手にカウンターを叩いた。
「とっとと出しやがれ!」
この音でベルンが目を覚ましてくれたらと思いながら、エドはカウンターの下を探り、お金を出すふりをしながら時間を稼ごうとした。
すると、その横から突然、にゅーっと人の手がのびてきて、カウンターに小銭を一枚乗せた。
驚いてエドがそれを見つめていると、その手は異常に長く、とても人が入れそうもないカウンターの下にある荷物の隙間からのびていた。
「お客さぁん……。お客さんのお探しのものは、こ、れ、です、かぁ~……?」
まるで幽霊のような声で、手がしゃべる。
これには男たちも驚いて、目を丸くした。
「てっ……、てめえ! 店には他に誰もいねえって言ったじゃねーか!? 何のイタズラだ、こりゃ!?」
そんなことを言われても、エドだって、こんなところに幽霊を飼った覚えはない。
「オレに言われても……」
困ったようにエドが言うと、男の一人がエドの胸ぐらをつかんで、カウンターの反対方向へぐいとひっぱった。
かなりの怪力だ。
「ふざけてんじゃねえぞ……。とっとと金出しやがれ……!」
今度は少し周囲を気にしながらも、男は鋭い目でエドをにらみ、おどしにかかった。
エドは両手をあげて降参し、うなずく。
するとまた、先ほどの長い手がにゅーっとのびてきて、小銭を一枚、先ほどの小銭のとなりに置いた。
「足りませんでしたかぁ~……? おかしいなあ~……? いちま~い……、にま~い……、さんま~い……」
とうとうその長い手は次々と、小銭を横に並べ始めた。
まるでカウントダウンが始まったようで、男たちはさすがに気味が悪くなってきたらしい。
「ちっ……! こんなもんで足りるわけがねえ……!」
そう言いながらも、男の一人はカウンターの上の小銭を集め始めるが、手がふるえてなかなかうまく拾えないようだった。
すると見かねたもう一人の男が、それを手伝おうと手を伸ばした、その時。
がしっ――と、二人の手首を片方ずつ、その細い手がつかんだ。
「ひぃっ……!」
一人の男が小さな悲鳴をあげる。
「どうして足りないのかなぁ~……? どうして~……? どうして……? ねえ、おねがい……。一緒に、か、ぞ、え、て、くださいなぁ~」
ぐっと細い手に力が入るのが見えたかと思うと、今度はその手がみるみる太くなっていく。
さすがにこれには男たちも驚愕し、その手を一心不乱に振り払ったかと思うと、小さな悲鳴を上げながら、バタバタとあわだたしく店を出て行った。
あとには、呆然としたエドだけが残された。
ふと我に返り、手の伸びてきた場所に目をやると、黒いかたまりがもぞもぞと動きはじめ、にゅーっと二本の黒い前足が姿を現した。
「テイル……」
「おいらもなかなかやるだろ?」
荷物の隙間から出てきたテイルは、いつもと変わらぬ黒猫の姿で「うーん」とのびをした。
「なんだ、テイルか……。びっくりしたよ。いつの間にこのカウンターに幽霊が住み着いたのかと……」
そう言ってエドが苦笑していると、階段を誰かが下りてくる。
「何かあったんですか? すごい足音が聞こえたんですけど……」
それはよくやく起きたベルンだった。
「ああ、いや……」
エドが何と答えようかと一瞬迷っていると、テイルが嬉しそうにカウンターにジャンプしてのぼった。
「強盗が来たんだよっ! おいらが追い払ってやったんだ!」
「それはそれは……。被害はなかったのですか?」
そう訊ねるベルンに、エドは首をかしげる。
「ああ、小銭を何枚か持っていかれたな」
すると、ベルンが相手の特徴を聞くので、エドは顔に傷のある、厳つい男二人組だと教えてやった。
それを聞くなり、ベルンはそのまま外へ出て行った。
そこへ涼しい顔のアレクが戻ってくる。
「ただいま~。ベルンが走って行ったけど、何かあったの?」
「えーっと、まあ、いろいろ……」
するとまた、テイルが自慢げに、強盗を追い払ってやったと胸をはる。
「ふーん……」
半ば興味もなさそうにアレクが応えたので、今度はエドの方から尋ねた。
「アレクの方こそ、もういいのか?」
ソフィアもランタも、一緒に戻ってきてはいない。
まさかとは思うが、アレクが負けることもないだろう。
「ああ、うん。もう、いいらしいよ? ソフィアは落ち込んでる奴を放っておけないってさ」
「それはまた……」
「ソフィアって、時々、人の傷口に塩をぬるようなゆかいなことをやるよね」
そう言って、アレクは肩をすくめた。
アレクの言葉に、エドは思わず苦笑する。
ソフィアは優しいのだが、妙なところで頑固だったり、空気が読めないようなことをするのだ。
きっとランタの気持ちにも、気が付いていないのに違いない。
ソフィアに思いやられる可哀そうなランタに同情しながら、エドは手元にあった作りかけのアクセサリーとその材料をかきあつめた。
そこにベルンが帰ってくる。
「とり返してきましたよ」
息も切らさず、ベルンはにっこりとほほ笑みながらカウンターに小銭を置いた。
「早業だなあ……」
エドが感心していると、テイルが声をあげた。
「これ、随分多いよ? おいらが並べた枚数より多い」
その場に一瞬沈黙が流れたが、すぐにベルンが何食わぬ顔で言った。
「まあ、いいじゃないですか。減るよりは、増えたほうが」
そこに機嫌の悪そうなフォルが下りてくる。
「ちょっと……、もう少し静かになりませんの? ――お腹がすきましたわ。昼食はどうしますの?」
するとすかさず、アレクが応えた。
「昼は、ソフィアが作るパンケーキがいいな」
途端にフォルがアレクを鋭い目でにらむ。
「甘ったるいパンケーキは、昼食のうちに入りませんわ! 却下!」
「そうです、アレク様。昼はがっつり肉料理でないと、夜まで持ちません」
ベルンが提案するも、今度はベルンがフォルににらまれる。
「貴方のその、脂ぎった嗜好もどうかと思いますわよ? たまには、さっぱりしたものを思いつきませんの?」
「脂ぎったとは失礼ですな。昼に肉料理を食べるのは普通です」
そこへ勢いよく扉が開き、ティナがうれしそうな顔をして入ってきた。
「そこで、えらく体格のいい男どもを見かけたぞ!? だが、顔がえらくボコボコで、可哀そうだった」
エドとアレク、テイルの視線が一斉にベルンの方に向く。
「――さて、何かあったんでしょうか、ねえ?」
ベルンが奇妙なとぼけかたをしたので、エドは思わずくすりと笑う。
いろいろありすぎて長い時間がたったような気がするが、まだ昼にもなっていない。
今日は長い一日になりそうだと、エドは一人苦笑いした。




