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竜を喰らう者  作者: ヨクイ
第4章 立ふさがるもの
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第5話 ホルスク商会

 フォルの叔父ルハードの家を後にしたアレクたちは、そのまま竜にのって北方の山を越え、アヴィナス国へ入った。

 乗ってきた翼竜はルハードの元へ帰し、そこから馬車を使ってさらに北上し、首都トレヴィナを目指す。

 遺跡で手に入れた文書はまだ全て目を通しきれてはいなかったが、ひとまずアレクは昔馴染みの店を訪れることにしていた。

 トレヴィナでは既に、一時期騒然としていた厳しい検問は解かれ、以前と同じ町の様子に戻っていた。

 賑やかな町を抜け、大きな店の前で立ち止まる。

 ホルスク商会。

 看板にそう書かれた大きな店ののれんをくぐると、店の中は人だらけだった。

「いらっしゃいませー!」

 活気に満ちた店の中で、店員たちが元気良く叫ぶ。

 ずらりと並ぶ品物の数々。

 ここはアヴィナスでも有名な雑貨店、ホルスク商会の本店だ。

 ホルスク商会は狩人たちから仕入れたものを中心に、大小様々な品を扱っている。

 肉、革製品から、毛織物。

 狩人たちの非常食やちょっとした銃、弾丸まで置いてある。

 要は何でもありの店なのだった。

 アレクは人をかきわけて、ようやく一人の店員を捕まえる。

「イェルガに会いたいんだけど、話を通してきてくれる?」

「ご主人さまに……ですか? 失礼ですが、ご用件は?」

「アレクとベルンが来たと言えば分かる」

 店員の若い男性は混雑した店の中を見渡し、少し困ったような顔をしたが、すぐにアレクの言葉に従って店の奥へと消えて行った。

「それにしても大繁盛ですね。以前より品数も増えているようですし。――イェルガが私たちのことを忘れていないといいのですが」

 ベルンが少し呆然としながら言った。

「忘れているようなら、あのはげ頭を少しカラカラと振ってやればいいさ」

「またそんな……」

 だが、幸いイェルガは、アレクたちのことを忘れてはいなかったらしい。

 なにしろ、先程の店員が急いで戻ってきて、アレクたちを奥へと通してくれたのだから。


 横にどっしりと広い体格に、つるりとしたはげ頭。

 顔のパーツの造りがいちいち大きく、眉も濃い。

 一度見たらなかなか忘れない顔だ。

「やあやあやあやあ!」

 イェルガは鷹揚に手を広げ、破顔した。

「久しぶりですなあ! アレク様も"全く"お変わりなく、相変わらずで!」

「イェルガ……声がでかい……」

 あまりの大音量にアレクが顔をしかめると、イェルガは「がっはっは」と笑った。

「ベルン殿もご健勝なようで」

「お久しぶりです、イェルガさん」

 ベルンはそつなくイェルガと握手を交わした。

「そちらは新しいお仲間ですな?」

 きらりと目を光らせて、イェルガがアレクの背後を見る。

「彼女はソフィア。吟遊詩人のエドと銃使いのティナ。そっちはフォルだ。それから――こいつはテイル」

「ほほう……。なかなか個性的な感じの人選で。皆さまそれぞれ優秀な方なのでしょうな。私はイェルガ。アレク様とは長い付き合いでしてな。若いころには共に旅をしたこともある。今はこの通り、大人しく商人におさまっているがね」

 そう言うと、イェルガはまた「がっはっは」と笑った。

「旅をしていた頃が懐かしい……」

「イェルガ殿も元は狩人か、銃使いですか?」

 イェルガの見るからに立派な体格に目をつけたティナが、心なしか嬉しそうに聞く。

「ご名答。私は銃使いだった。だが、狩りでひどい怪我を負ってね。それからはかつての仲間たちを助ける側に回ったのさ。――それで今日は? 昔話をしに来たわけじゃなかろう?」

「ああ、ちょっと相談があるんだ」

 そう言って、アレクは昨日宿屋でまとめてきた紙をイェルガに渡す。

「これは……?」

「古代魔法国家にあった、魔法と武器を融合させた魔法武具の材料なんだ。とりあえず資料からその部分を拾って、書き出してみたんだけど」

 イェルガは厳しい顔をして、その紙を凝視する。

「一言で言うと、厳しいですな。うちは狩人たちから大概の物は引き取っているが……。竜のヒゲやウロコなんかはともかく、幻獣ってのはなんです? そんなもん、お目にかかったことがねえ」

「それは僕たちで探してくるしかないんだけど、それ以外の物はどう? 揃いそう? それに腕の良い鍛冶師も紹介してほしいんだけど」

「鍛冶師なら、いい工房をいくつか知ってます。だが、こりゃ……。それに聞いたことがねえ鉱石の名前もある」

「鉱石のある場所は、地図にあったから、ある程度分かってる。じゃあ、ここにはないんだね?」

「ないですなあ。それ以前に、名前すら聞いたことがない。そんなすごい物なら、わしが欲しいところですよ」

 そう言って、イェルガは紙を返してきた。

「それは持ってて。あるものはここで頼みたい。それから――、竜狩りをしたいんだけど、何か情報はない?」

「それなら多少はお役に立てそうですな」

 にやりと大きな口で笑うと、イェルガは下働きの者を呼んだ。

「ヴァントさん! 確か、竜の情報をまとめてるって言ってましたよね?」

 呼び寄せた下働きの男に、イェルガは丁寧語で言った。

 ヴァントと呼ばれたその男は、イェルガと負けず劣らずの立派な体格だったが、イェルガより年配の男で、頭は白髪だった。

 豪快なイェルガと対照的に、どこか気難しそうな印象のある男だ。

「ああ……。狩人たちから聞いた話を記録している」

「紹介しておこう。彼はヴァント。狩人時代によく世話になった人だ。今は店で働いてもらってるんだが、この人も竜狩りをやっていた人でな」

 アレクは「どうも」とヴァント握手を交わす。

 がっちりとした大きな手だった。

「あんた方も竜狩りをするのか? 子どもにしか見えんが……」

 困惑するヴァントに、イェルガは大口を開けて笑う。

「そうだよなあ? 普通に見りゃ、アレク様なんぞ、お子様……」

「イェルガ」

 アレクがにらんだので、イェルガは笑いかけの口を閉じた。

「――失礼。ヴァントさん。これでもアレク様は優秀な古代魔法の使い手でね。こっちのベルン殿もこう見えて、すごい。実際見てみなきゃピンと来ないだろうが……。まあ、そういうわけで、こんな人数でも竜狩りができるのさ」

「ほう……」

「イェルガ、そういうことはここだけの話にしておいてよ?」

 正しい立場が証明されるのはいいけれど、いらない詮索が入るのは困る。

「分かってますよ。ヴァントさんは口が堅いから、問題ありません。――そうだ。ヴァントさん、例の物件どうなってますかね?」

「ああ、今探しているが、予算と見合わん」

 ヴァントの返事を聞き、イェルガはしばらく考え込むように、腕を組んだ。

「アレク様。わしに妙案があるんですが」

 眼を見開いたイェルガが、ぐいっとこちらにひざを乗り出してくる。

「何? なんか気持ち悪いなあ……」

「アレク様は、竜の情報が欲しい。で、ヴァントさんには今、ホルスク商会の支店をお任せしようと思案しているところなんですよ。で、こういうのはどうです? アレク様がオーナーになって、竜狩りの店を開くんです。店主はヴァントさんにお任せする。竜退治を大っぴらにうたっている店ってのは、今のところありません。狩人のギルドぐらいしかね。だが、ギルドだって必ず引き受けるわけじゃない。それを店で引き受けるとなれば、一般の人も気安いだろうし、ついでに、竜製品なんかを専門に扱ったら、ウケるんじゃないですかねえ? 竜製品は一般的にはまだ敷居が高い。それも格安で売るんです」

 イェルガの提案は突飛だった。

 今までお金に困った事がないアレクは、自分が店を持つなど、考えたこともなかった。

「竜退治の依頼を引き受けることで、竜の居所の情報を集めるってことだね?」

「そうです。竜が現れて困るって住民や一般の狩人なんかも結構いるでしょうからね」

「おもしろそうですね」

 意外にも、ベルンは乗り気だ。

「そうだ、それならついでに飛空艇も買っちまったらどうです?」

「飛空艇!?」

 イェルガは調子に乗って、どんどん話を膨らませていく。

「そうそう。うちは国外からの仕入れ用に専用の飛空艇を使ってるんですよ。普通に飛んでるやつより、随分小さいですがね。たくさんは運べないが、それでも国外からの珍しい品は高く売れる」

 個人で飛空艇を所有している人物がいるとは。

 それはアレクにとっても初耳だった

「その代わり、相応の値段はします。飛空艇を発着させる場所も必要ですし。ただ、あちこち足をのばすなら、絶対に便利です。今ならうちから話を通して差し上げられますよ」

「うーん、飛空艇か……」

 話がどんどん大きくなっていく気がする。

「乗り場はうちが使ってる場所を使うとして、操縦士は必要ですが……。どうです? いい話だと思うんですがね」

「いいじゃないですか。飛空艇があれば、かなり移動時間を短縮できます」

 ベルンはかなり乗り気なようだ。

「――わかった。じゃあ、イェルガに任せるよ。店も適当な場所を探しておいて」

 アレクが返事をした途端、イェルガはポンと自分のひざを打った。

「お任せあれ! こりゃ楽しくなってきた。よし、ヴァントさん。とびきりいい物件を探してくれ。広さはそんなに必要ないだろうが、人通りのある場所がいいな。アレク様が予算を持ってくださるから、少々高い物件でも大丈夫!」

「イェルガ……」

 もはやイェルガは骨の髄まですっかり商売人になってしまっているらしい。

 少々たかられているような気もしたが、まあ、それで情報が手に入り、竜狩りのペースがあげられるならいいだろう。

「そりゃ、助かる」

 あまり表情が豊かではないヴァントも、さすがに嬉しそうに部屋を出て行った。


 ホルスク商会の店をでると、フォルがアレクの腕をつついた。

「本当に大丈夫ですの? そんな大金……」

「ん? ああ。お金のことは問題ないよ。当面は、ヴァントにもらった情報を頼りに竜狩りをしよう。それに、これからしばらくフォルには資料の解読も進めてもらわないとね」

「おもしろくなりそうだな!」

 また竜狩りができるとあって、ティナは嬉しそうだ。

 そこに、エドが真顔で釘をさすように言った。

「でも、少し気になることも言っていたな。このところ竜の数が微妙に増えている気がするって」

「うん。爆発的に増えるまでにはなっていないにしても、もうあまり時間がないのかもしれない」

 大災咎の再来。

 それまでに力をためなくては。

 アレクはぐっと自分のこぶしをにぎりしめた。




 それから数日であっという間に話が進み、ヴァントが探してきた空き店舗を買い、店を構えることになった。

 大通りより少し外れた、それでもそれなりに人通りの多い、なかなか立地条件のいい場所だ。

「いい場所でしょう?」

 ヴァントは低い声で嬉しそうに言うが、顔がいかついので、あまり嬉しそうには見えない。

「うん。情報を集めるのに、こんないい場所が必要なのかなって思うぐらい、いい場所だよね」

 レンガ造りの少し古風な建物だが、三階建てで、店の広さもそれなりにある。

 ついでに店舗の二階と三階を住めるように改装し、アレクたちはしばらくそこを拠点にすることにした。

「ヴァントはこの近くに住んでるんだよね?」

「はい。郊外に孫と二人暮らしです。――よろしければ、孫も下働きさせたいんだが、いいですかね?」

「好きにしてくれていいよ。僕たちは竜狩りができればいいだけなんだし」

 ようやく住める状態になった部屋になったその日、アレクたちは宿屋からその店にうつってきた。

 夕刻になるとヴァントは自宅へと帰って行く。

「大方片付きましたかね」

 ベルンが手際よく、住居部分を片づけている。

 店舗の方は、改装が終わった後、ヴァントがほとんど一人であれこれと段取りをつけていた。

「まさか、こんなところに住むことになるとはね」

 エドが感慨深げに、部屋を眺めまわした。

「そういえば、エドの出身はどこか、まだ聞いたことがなかったな」

 ふと思い立ち、アレクはエドを見る。

「俺はアヴィナス出身だよ。ここからずいぶん離れた田舎町だけどね。だけど、家にいた時間より、むしろオリグランの教会で過ごした時期の方が長い」

 オリグランは北方にある宗教色の強い国家だ。

 呪歌の技術は、今はそのオリグランの教会にしか継承されていない。

「昔はオリグランだけじゃなく、世界各地に呪歌使いたちがいたけど、今はそこにしかいないんだよね。エドはどうやって、オリグランまで行ったの?」

「拾われたのさ。同じ呪歌使いの旅人にね」

 そこで、エドは少しためらったような表情を見せた。

 どこまで話していいものか、考えているのだろう。

「家族はいたけど――、崩壊していた。俺の歌のせいで。俺は知らなかったんだよ。自分の歌にそんな力があるなんてな。知らずに歌ってた。呪歌は使い方を間違えると、人の精神を崩壊させる」

「それは……、知らなかった」

「呪歌使いってのは、遺伝で生まれることがほとんどらしい。だから、誰かがそれと気づいて、技術を教え込み、それが継承されていく。だけど、俺は突然変異なんだ。周りには、一人も呪歌使いがいなかった。そうとは知らずに歌ってたら……」

 言葉を切ったエドの、その先に続く言葉が、アレクにはなんとなくわかった。

「――歌っていたら、両親が死んだ。唯一生き残っている姉は精神を病んでいる。今は従姉妹が面倒を見てくれてる。俺がいると怖がったから」

 アレクは黙っていた。

 エドはさらりと言っているように見えるが、下手な言葉をかけたくはなかった。

「まあ、仕方ないさ。こんな風に生まれてしまったんだからな。呪歌はあくまで、呪歌。人を呪うんだ。戦闘には役立つけど、使い方を間違えれば、誰かれ構わず人を殺す。俺はそれでも、旅人に拾ってもらえて、運がよかったんだ」

「もう故郷には帰らないの?」

 静かにアレクが聞いた。

 階下でテイルがさわいでいる音が響いてくる。

「――帰ったよ。前にアレクたちと船で会ったとき、俺は故郷に向かう途中だった。教会を出て、初めて家に帰るところだったんだ。帰ってみたけど――、でも、何も変わっていなかった。従姉妹は相変わらず明るかったけど、姉は俺のことも分からなかった。ずいぶん具合はよさそうに見えたけどな」

「呪歌で病んだ者は、呪歌で治ったりしないの?」

「無理だな。壊れてしまった部分は戻らない。――むしろ、それでいいんだ。正気に戻ったって、いい記憶なんてない」

 エドもアレクも、それきり黙ってしまった。

 大災咎は、世界を大きく変えてしまう。

 ただ、その場に居合わせた者が死ぬだけでなく、そうやって国や種族が滅びることによって、世界の仕組みが変わってしまうのだ。

 かつては呪歌使いも多くいて、エドがその時代に生まれていれば、すぐに見いだされ、呪歌使いとしての訓練を受けることができたはずだ。

 それが、大災咎に立ち向かったために、呪歌使いが激減してしまい、その仕組みは崩れてしまった。

 ふと顔を上げたアレクと、エドの目があった。

 ソフィアとフォル、テイルの騒ぐ声が、階下から響いてくる。

「エドはいいんだね? 以前にも少し話したけど、これから普通の竜だけじゃなく、古竜も相手にしていくようになる。そうなれば、かなり危険になるけど」

「かまわないさ。どうせ、俺が生き残ったところでどうにもならない。この力を受け継ぐ自分の子孫を残す気にもなれないしな。今さら教会に戻る気もない。それなら、かつての呪歌使いたちがそうだったように、大災咎に立ち向かって散るのでいい」

 漂々としているエドは、いつもと変わらない調子でそんなことを言ってのけた。

 口元に笑みさえ浮かんでいる。

 それはずっと、エドの中にあった考えなのだろう。

「わかった。じゃあ、もう聞かないよ」

 アレクも静かにうなずく。

 そこに、階下からベルンの大きな声が聞こえてきた。

「アレク様! 夕食を食べに行きましょう!」

 さらにフォルがなんとかと怒鳴る声と、テイルの声、ティナとソフィアの笑い声も混じる。

「分かった! 今行くー!」

 アレクも階下に向かって、大きな声で答えた。

 振り返るとエドがにんまりと笑っていた。

「行きますか。今日はとびきり豪勢なやつがいいな。転居祝いに」

「――なんだか最近、みんなにたかられている気がするなあ……」

 それで痛むような懐ではないが、なんとなくひっかかる。

「気がするんじゃなくて、みんなそろそろ、アレクの豪勢な財布に気づいてきてるんだよ」

 そう言ってエドは軽やかに笑った。

「うーん……」

「まあまあ。悪意はないから、心配しないで」

 そう言うエドに背中を押されながら、アレクはベルンたちの待つ、一階へと降りて行った。


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