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竜を喰らう者  作者: ヨクイ
第3章 狩るもの狩られるもの
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第6話 契約の儀式

 クノルでの竜退治を終え、飛空艇に乗るため、アレクたちは再び首都トレヴィナに戻った。

 しかし、町を出る時には何もなかったはずなのだが、トレヴィナの町の入口付近のゲートには長い行列ができていた。

 最初は射撃大会で宿泊していた客が大勢移動しているのかとも思ったが、どうもそうではないようだった。

 町に入るゲート前で、アヴィナス国の兵士たちが立ちふさがっていたからである。


「何やら穏やかではないですね」


 ベルンが眉をひそめる。


「ちょっと聞いてこよう」


 そう言って、ティナはひらりと馬車を降り、行列の先へ様子を見に行った。

 行列はのろのろ進んでいるが、しばらく町には入れそうにない。

 しばらくして、ティナが戻ってきた。


「どうやら、射撃大会での竜襲撃の犯人探しをしているらしい」


「犯人探し? あれは人為的なものだとアヴィナス政府は見ているのですね」


 ベルンが首をかしげた。

 確かに竜は本来、人の多い場所に現れるような生き物ではない。

 特に、射撃大会では銃声もしていたし、野生の生き物であれば、寄りつかないのが普通だろう。

 意図的に呼び寄せる方法は竜笛しかないから、それを吹き鳴らす者がいれば、すぐに誰かが気づいたはずだ。

 そうだ。これまではそうだった。


(アヴィナス政府も、あのお香の存在を把握しているということか……)


 誰が、あのお香を調合し、竜を呼び寄せたのか。


「しかし、あれから何日もたっているのに、検問を行うことに意味があるのでしょうかね?」


「どうだろうね。射撃大会に竜が人為的に呼び寄せられていたとしても、どんな手段を使ったのか、ぼくたちは知らないわけだし……。クノルの町のように、お香だと限ったわけじゃない。その情報をアヴィナス政府が持っているのだとしたら、検問に何か意味があるのかもしれない」


 長くは待たされたが、アレクたちは無事に検問を通過することができた。

 しかし、町の中のいたるところで銃を背負った兵士がうろついていて、なんだか落ち着かない雰囲気だ。


「あちこちに兵士がいますね」


「あまり関わらないようにしよう。ベルン、先に行って飛空艇の予約とってきてよ」


 うなずいたベルンは足早に飛空艇乗り場に向かう。が、ほどなくして戻ってきた。

 港町で別れた吟遊詩人のエドを連れて。


「エド!? なんでこんなところに……」


 ふと足元を見ると、テイルの黒い毛が微妙に逆立っている。


「いやあ、久しぶり。おや、なんだか美人のお姉さんが増えているねえ」


 そして、相変わらずのナンパぶり。


「銃使いのティナだ。ティナ、彼はエド。吟遊詩人なんだ」


「ほほう。吟遊詩人とは、珍しいな」


 ティナとエドは握手をかわす。


「で、ベルン。飛空艇はどうだった?」


 すると、ベルンは肩をすくめた。


「それが……。こちらも検問が厳しくなっておりまして、身分証を持っていないと、手続きが煩雑になるそうなのです」


「私もそれで困っているんですよねえ。だけど、ベルンさんにはアテがあるようだったから、ついてきちゃった」


「そう言えば、エド。人に会う用事は?」


「用事は終わったよ。だから、今まで行ったことのない国にでも行こうかと思って。だけど、この通り。町に入ったまでは良かったんだけれど、なかなか出られそうにないんだよねえ」


 そう言って、エドは肩をすくめた。

 アレクは内心、とび上がりたいほど喜んだ。


「じゃあ、ぼくたちと一緒に来ればいいじゃないか。竜狩りをしてるんだ。あちこち旅することになると思うし」


 テイルが唸り声をあげて反論しているが、アレクはそれを無視することにする。

 呪歌使いのエドが加わってくれれば、狩りがずいぶん楽になるのだから、


「竜狩りとはまたすごい話だね。このメンバーでかい? ……それはなかなか、興味深いな」


 思案気にエドは首をかしげた。

 そして、ちらりとテイルに目をやる。


「ふうむ。なぜだか、そこの猫くんには嫌われているようだけど……。あちこち国をめぐることができるのは、面白そうだ。いいよ、一緒に行こう。きみたちには借りもあることだし」


 エドは片目をつぶってみせた。


「やった! じゃ、とりあえずは飛空艇だね。ぼくの身分証で行けるだろう? ベルン」


「はい。それで事足りるかと」


 今度は全員で飛空艇乗り場に向かった。

 飛空艇乗り場も人であふれていた。

 頭を抱えて座っている人の姿もちらほらと見受けられる。


「この分だと、飛空艇自体は空いてそうだね」


 ベルンがうなずく。

 身分証を提示できる者はそれほど多くなかったので、アレクたちはそれほど待たされることもなかった。

 兵士の監視する中、役人のような人に、アレクの身分証を提示する。


「これは……ミリエニオ高官の身分証ですね。承りました。同伴者は四名と。あ、そこの猫も? ああ、かまいませんが、他のお客様のご迷惑にならないようにお願いしますね。では、あちらで飛空艇の支払いをお願いします」


 役人はすんなりとアレクたちを通した。


「きみはその年で、ミリエニオの役人なのかい?」


 おどろいたように、エドが小声で問う。


「役人じゃないけど、こういう身分証って、いざの時に役立つだろう? だから、作ってもらったんだ」


「役人でもないのに、高官の身分証を作ってもらうことの方が、大変な気がするけれど……」


 ベルンもミリエニオ軍の身分証があるけれど、アヴィナス軍が関わっているとなればややこしくなるので、アレクの身分証だけで通した。


「まあ、世の中いろいろあるってことだよ」


 エドがぷっと笑う。


「きみに言われると妙な説得力があるな」


 そのうちにエドにもわかるさ。




 飛空艇は、ほどなく出発した。

 アヴィナス発、ジクレステス行き。

 客はそれほど多くはない。

 飛空艇の中は、船とは比べ物にならないほど、豪華な造りになっていた。

 乗客のほとんどが貴族や富豪の商人だからだ。

 アレクたちは、個室を利用することにした。個室は自由に利用できることになっている。


「ねえ、ジクレステスに行くの? おいら、あそこには戻りたくない」


 テイルがぼそりと言った。

 何も知らないエドとティナが目を丸くする。


「今、猫が……!」


「しゃべったような気が……!?」


 まるで申し合わせたかのように、同じようなリアクションをする二人。


「これから一緒に行動するのでしたら、きちんと説明しておいた方がよさそうですな」


 ベルンが苦笑いした。

 そこでアレクは、テイルが魔族であることから始まり、ソフィアがエルフで精霊魔法を使うこと、ベルンも魔族であることを明かした。


「おどろきすぎて、言葉がないな……」


 ティナが口元に手をあてながら、言った。エドもうなずくばかりだ。


「僕たちの目的なんだけど」


 そう言ってアレクは話を続ける。


「竜を狩るのは、ただ単に狩りのためじゃない。ティナは一度見てると思うけど、ぼくは魔法を使う。そしてその魔法で、竜の力を吸収する」


「吸収するとどうなるんだい?」


「魔力や体力や、そういったものが増強される。魔力を強めるのが目的だけどね。それで、ぼくは最終的に大災咎を止めたいと思っている」


 ティナが首をかしげた。


「大災咎……名前ぐらいは聞いたことがある。竜の大群が押し寄せるというやつだろう? しかし、そんなことがまた起きるのか?」


 おもむろにエドが口を開く。


「――オレは昔、オリグランの神殿にいたことがあるんだけど。神殿でも大災咎の具体的な内容を教え込まれる。それを防がなければならないってね。だけど、そんなことができるのは、大きな力を持っている国や軍ぐらいなものだろうと思っていたよ」


 エドはためらいがちにアレクを見た。


「まあ、知っているなら話は早いね。ティナ、大災咎は本当に起きる。それも、そう遠くない時期にね。ぼくはそれを知っている。で、ぼくは古代魔法を使えるから、その威力を強めて、その大災咎を防ぎたいと思っているわけ。もちろん、ここにいるみんなの力も借りたい」


 ティナとエドは少し考え込んでいるようだった。

 先に口を開いたのはティナだった。


「大きな話になってきたな。だが、そういうことなら私は進んで協力する。断る理由もない」


 エドはそれを聞いてため息をつく。


「ここで協力しないなんて言ったら、反感を買うことは必至だな」


 テイルがギロリとエドをにらむ。


「分かったよ。オレは成り行きで呪歌使いになったわけだけど……。きみたちに出会ったのも何かの縁なんだろうな。どうせ大災咎が起これば、どこにいたって同じことだしね」


 エドはあきらめたように笑った。

 アレクは二人に礼を言う。


「ありがとう。この話からおりたいと思ったら言ってくれていいから。だから、中途半端な裏切りはやめてほしい。わかってると思うけど、ベルンやソフィア、テイルもだけど、人間に魔族やエルフであることを明かすというのは、かなり危険なことなんだ。今の世の中ではね。だからこのことは……」


「分かっている。秘密は守るさ。私にも探られたくない腹ぐらいはあるしな。共に過ごした仲間を売るような真似はしない」


 ティナはすぐに同意してくれた。

 エドもためらうことなく、微笑みをたたえてうなずいた。


「オレもそのぐらいの良識はもってるよ。大丈夫。もし、仲間から外れても、口外することはしない」


 アレクは二人の言葉を信じることにした。

 まだ出会って日は浅いが、この二人は信じるに値すると直感が言っている。


「な、なあ? そろそろいいかな? いい加減、おいらの話をきいておくれよ」


 テイルがそこでまた、口をはさんだ。


「ん? 何ですかな?」


 そう言えば、元はといえばテイルが何か話したから、こんな話になったのだった。

 すっかり忘れていた。


「だから……。ジクレステスに行くのはちょっと……。言っただろ? おいらあそこの人間に……」


「ああ。『使い』にされてたんだっけ」


 このまま誤魔化そうかと思っていたけれど、さすがにそろそろ限界なようだ。

 テイルをエサに魔法研究所に渡りをつける予定は、アレクの中で今も変わっていない。


「――実は、テイルに魔法研究所に連れて行ってもらいたいんだけど、ダメかな?」


「ムリムリ! 絶対、ムリ! おいらは絶対に行かない!」


 逃げだそうとしたテイルの首根っこを、アレクがすばやくつかんだ。


「まあ、ちょっと待って。話を聞いて」


 ジタバタするテイルを、アレクからベルンが受け取る。


「そうです。ひとついい案があります」


「な、何? いい案って……」


 そこでアレクとベルンはうなずきあった。これはあらかじめ二人で話し合っていたことだ。


「テイルは、ソフィアさんのことがお好きですかな?」


「え? それはまあ……」


 テイルと一緒に行動するようになってからというもの、テイルはソフィアにべったりだ。


「では、ソフィアさんと契約を結べばよいのです。そうすれば、他の人に捕まる心配もない」


 ソフィアとテイルは顔を見合わせた。


「契約……ですか?」


「魔族の契約は、それほど難しいものではありません。ただし、力の強い者が主となり、弱い者が従となります。力というのは、もちろん魔力ですけど。契約解除は主の許可さえあれば、いつでも可能です」


 話が分からないエドとティナには、アレクが説明しておいた。

 魔法研究所で、テイルが無理やり契約を結ばされていたこと。

 しかし、それは正式な手順をふんだ契約ではなく、そのおかげで、テイルは何とかそこから逃れることができたということ。


「私はかまいませんけれど、テイルさんは……」


 テイルはしばらく、うーん、うーんとうなっていた。


「やっぱりおいら、契約自体が怖いんだけど……。それに、契約するのってすごく大変だろ? おいらは、ザハド――、魔法研究所の研究員なんだけど、そいつとしか契約を結んだことがないんだ。だけど、大きな魔法陣があったり、複雑な魔法を唱えたり、いろいろ大変だったよ」


 それを聞いて、ベルンが肩をすくめた。


「それは、おそらく真っ当なやり方ではないからでしょう。魔力によって主従が決まってしまうのでは、自分より弱い『使い魔』しか操ることはできません。しかし、そのような複雑な手順を踏むことで、自分より強い『使い魔』を持つことが可能になることは、私も知っています。私に言わせれば、邪道なやり方だと思いますけれどね」


 話を聞いていたティナが、首をかしげた。


「それはすごく……理不尽な気がするのは私だけか? 確かに弱肉強食といえばそれまでだが」


「それゆえ、魔族には複雑な歴史があるのですよ。――と、それはともかく。テイル、どうします?」


 ベルンがテイルに向かって問いかけた。


「うー。まだしばらくソフィアと一緒にいたい気持ちはあるけど、契約はコワイ。だけど……」


 テイルはソフィアを見上げた。

 ソフィアもテイルを見つめている。


「――分かったよ。ソフィアなら、きっとおいらのこの気持ちを分かってくれると……思う」


 テイルの決意に、ソフィアは優しく微笑んだ。


「では」


 ベルンはソフィアとテイルに立つよううながした。

 そして、それぞれの手をとりナイフで軽く傷をつける。


「少々痛いですが、我慢してください。では、いきますよ」


 ソフィアとテイルは、それぞれの傷がついた指――正確には、指と肉球を重ね合わせた。


「汝、命に従う者なり。汝、命を下す者なり。冥王の御名の下、契約を交わす者なり。紅き誓約を聞き届け給え」


 ベルンが言い終わると、それぞれの指先がぽうっと光、そして滴っていた血がすべて消えてしまった。


「これで終わりです」


「こ、これだけ!?」


 テイルがすっとんきょうな声をあげた。


「これだけです。本来の契約の儀式など、こんなものです。余計な手間をかけるものは邪道なのですよ」


「何も変わった感じはしませんけれど……」


 ソフィアが首をかしげた。


「それはそうです。何かが変わったわけではない。『使い魔』の契約は、主が命じることによってこそ意味を成すもの。しかし、従う者は主の力を得て、以前よりも魔力が強くなっているはずです」


 テイルは、ぼそぼそと何か唱え始めた。すると――。


「きゃっ」


 ソフィアの目の前で、テイルは人間の男の子の姿になった。

 少年らしい服も着ている。


「おお。さすがですな。主がソフィアさんだけあって、一気に人間に変化できるほどになりましたか」


「だ、だけど……」


 一瞬困ったような顔をしたかと思うと、テイルはすぐに元の猫の姿に戻ってしまった。


「一度、人間の姿になってみたかったけど、やっぱ、……キツイ」


「そうでしょうな。人間の姿をとるには、多くの魔力を使います。さらにその姿を保持するとなると……」


 テイルはひょいとソフィアのひざの上にのぼった。


「やっぱりおいら、こっちのほうがいいや」


 ソフィアはクスクス笑って、テイルの黒い毛並みをなでる。

 これで問題は解決した、とアレクは満足気にその様子を見守っていた。

 その間にも飛空艇は雲をかきわけ、ジクレステスへと向かっていた。

 窓からは、険しい山脈が広がっている様子が見える。

 この山脈を越えたところに、魔法国家ジクレステスがあるのだ。


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