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竜を喰らう者  作者: ヨクイ
第3章 狩るもの狩られるもの
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第5話 竜が巣食う町

 竜が集まっているというクノルの町に向かうため、アレクたちは、クノルに一番近い町、カタドブまでやってきた。

 カタドブは小さな町で、これといった特徴もない。

 町中には宿が数軒しかなく、あまり選択肢はなかったが、一番清潔そうな宿に宿泊することにした。

 宿の主人は愛想のいい、ぽってりとしたおじさんだった。


「ええ、二部屋でございますね。ええ……、その猫もご一緒で?」


 ソフィアに抱えられたテイルにちらりと視線を走らせたおじさんは、困ったような顔をする。

 交渉役のベルンが、宿帳に記載していた手を止めて、おじさんを見た。


「猫はダメなのですか?」


「別に決まりがあるわけじゃあないですが……。汚されたり、走り回ったりして他のお客さんの迷惑になるようじゃあ、ちょっと、ねえ……」


 もごもごとおじさんは語尾をにごす。

 本当はダメだと言いたいところなのだろうが、それほど客の入りが良いとは思えないようなこの町では、そんなことも言っていられないのだろう。


「猫の分の代金も払いますよ。大人一人分。それでどうです?」


 ベルンの提案に、おじさんはとたんに瞳を輝かせた。


「そりゃあ……、いいんですかい? えらく大事な猫なんですなあ。まあ、部屋で大人しくしているように頼みますよ」


 一転、にこにこ顔になったおじさんは、近くにいた娘を呼びつけた。


「お客さんだ。三階に案内して差し上げろ」


「はぁい」


 そう言って愛想よく現われたのは、ほおのそばかすが印象的な娘だった。ちょうどソフィアと同じくらいの年の頃だろうか。


「お客さん、こちらですー。どうぞー」


 娘は慣れた様子で、歩きだした。

 彼女は、竜が巣くうクノルの町のことについて、何か知っているだろうか?


「きみ、ここでは長いの?」


 アレクが話しかけると、 娘は振り返って、営業スマイルをふりまいた。


「はいー。だって、ここの娘ですからー。どうせ生まれてくるなら、もうちょっと都会に生まれたかったですけどねー」


「じゃあ、クノルの町のうわさも聞いてるよね?」


 それを聞いたとたん、娘の表情がくもる。


「お客さん、よくご存じですね? ……町のみんな、困ってるんです。こことクノルの町はとなりあっていて、商売の行き来も多かったですからね。それが今じゃ、竜のせいで廃墟ですよ。クノルの町のほとんどの人が、この町に逃げてきています。中にはあきらめて、他の町にうつっちゃった人もいますけどね」


「それは、いつぐらいから?」


「最初の竜が来たのは、一ヶ月ぐらい前だったと思います。一匹だけでもパニックなのに、それからどんどん集まってきちゃって」


 竜笛は竜を呼ぶものだが、それだって継続して吹き続けられるわけじゃない。

 だとしたら、一体なぜ竜はクノルの町にだけ、集まっているのか?


「国の軍隊は動いてないの? 町が占拠されるなんて、大事でしょ?」


「それが、国は射撃大会の準備や何かで手をとられてるらしくて……。それに、竜の中には古竜っていう強い竜がいるから、うかつに手は出せないそうですよ。監視の兵士は何人か来たみたいですけど、見張ってるだけで、やっつけてはくれないって。クノルの町の人、みんな怒ってますよ。住人の生活より、射撃大会の方が大事なのかって」


 そこまでいって、娘はあっと口を押さえた。


「お客さん、軍関係の人じゃないですよね?」


 アレクは軽く笑って、首を横に振った。


「違うよ。それに、ぼくたちは君がそんなこと言ったなんて、言いふらしたりしないから」


 娘は肩をすくめて、少しきまり悪そうに笑った。そしてまた、さっきまでの軽い口調に戻る。


「私、口が軽すぎるって、いつも父ちゃんに怒られちゃうんですよねー。あ、お部屋はここですー。こっちと、その右側。どちらも同じ間取りですから、どちらでもお好きな方をどうぞー。食事は一階の食堂の方でお出ししますからー」


「わかったよ。ありがとう」


 アレクとベルンが左の部屋に、ティナとソフィア、そしてテイルは右の部屋に入った。

 なるほど、なかなかいい部屋だ。広くはないが、清潔できちんとしている。

 荷物を置き、部屋の様子を確認しながら、ベルンが言った。


「監視の兵士がいると言っていましたね」


 問題はそこだ。竜のエネルギーを集めるところは、兵士たちに見られたくない。


「厄介だなあ……。町中から竜が動かないのなら、魔法陣を張って簡単に仕留められると思ったんだけど」


 今は短剣を実際に竜の体に突き立てることで、竜の力を得ている。

 魔方陣の力を借りれば、一気に吸収することが可能だ。

 しかし、通常の狩りではそんな都合のいい場面に出くわすことは、まずない。

 原因はともかく、クノルの町に集まっている竜を無傷で全て吸収することができれば、一気にかなりの力を得られるだろう。


「なんとか兵士たちの目をごまかして、一気に仕留められないかな」


「どれほどの兵士が駐留しているかですな。少数ならば、幻影を見せることで、なんとかなるのでは?」


 つくづく、弱い魔力が足を引っぱる。力があれば、魔法陣などなくても、強力な魔法が使えるのに。


「兵士たちの状況をもう少し確認しみよう」




 翌日。アレクは、宿の娘から兵士の数を聞き出そうとしたが、彼女はその規模までは知らなかった。

 代わりに、兵士たちに食物を差し入れているという店を教えてもらった。


「ああ? クノルの町に駐留してる兵士?」


 店主は他の客の勘定をしながら、大声で応えた。


「ええ、どれぐらいの兵士がいるんですかね?」


 それを聞いた店の主人は鼻で笑う。


「町に駐留はしてねえよ。町からだいぶん離れた場所にキャンプを張ってる

。兵隊さんでも、竜は怖いんだろうよ。二十人ぐらいはいたと思うがな。大した武器も持ってやしねえ。監視するだけなんだとよ」


「キャンプというのは、どのあたりで?」


「むしろこの町に近い草原さ。一日に何度か様子を見に行ってるんだと。全く、そんなもんが何の役に立つのかね」


 動かない軍隊に良い感情を持っていないのだろう。店主は憎々しげにそう言った。

 店を後にすると、アレクとベルンは顔を見合わせた。


「意外といけるかも?」


「そうですな。町から離れているようですし、何度か行われる監視とやらに気をつければ、問題ないでしょう」


 二人はうなずきあった。

 宿に帰り、ソフィアとティナに作戦を伝える。


「だが、クノルまではどうやって行く? 馬車などは出ていないし、我々は騎乗する動物を所有していないが」


 ティナが指摘した。


「今回は宿の主人に馬を借りる手配をしてあります。ティナさんは、馬は?」


「問題ない」


「ソフィアさんは?」


「ごめんなさい。わたし、馬車以外には乗ったことがありません」


「ソフィアはぼくの後ろに乗っていけばいい。それなら、馬の負担にもならないだろう」


 アレクの提案に、ベルンもうなずいた。


「それがいいでしょう。町まではそれほど距離はありません。日暮れにここを出発すれば、夜半には辿りつけるでしょう」


 ソフィアが不安げに口を開いた。


「道は分かるのですか? 夜道でも大丈夫なのでしょうか」


「クノルとこの町はもともとよく馬車が行き来していたからね。道沿いに行けば、迷うことはない」


 アレクの応えに、ソフィアは安心したようにうなずいた。


「問題は、どうやって狩るかだが……。方策はあるのだな?」


 ベルンとアレクは顔を見合わせてうなずきあった。


「それを今から説明するよ」




 四人と一匹がクノルの町についた時には、すっかり日が暮れて、あたりは闇に包まれていた。

 途中、軍隊のキャンプらしきものも目にしたが、それは店主が言ったとおり、クノルの町からは離れた場所にあった。


「何でしょうね……」


 町を見下ろせる、小高い丘のうえまでくると、ベルンが顔をしかめた。


「お香が焚かれてるね。兵士たちはこれに気がつかなかったのかな?」


 それはアレクの知らない香りだった。何かに似ているような気はするけど、知っているお香のものとは違う物のように思う。

 かつて大災咎の前、竜を呼び集めるお香が調合されていたことは知っているが、アレクもその調合方法までは知らない。

 しかも、あのお香は古代魔法王国とともに失われたはず。

 調合方法も難しいと聞いたことがあるが、その配合レシピ自体ももう残っていないはずだ。

 一体、誰がこのお香を配合したのだろうか?


「結構な匂いがしてますね」


 町の中には確かに竜がいた。

 家屋があるせいで、何匹かを正確に数えることはできないが、確認できただけでも四匹。


「魔法陣の準備を手筈通りに。竜に気づかれないように気をつけてね」


 アレクの指示で、ベルンとティナが馬に乗ったまま、丘を駆け降りた。


「ソフィア。思ったより効率よくできそうだ。風の精霊の力を借りられるかな?」


「はい」


 おそらくあのお香が、竜を呼び集めているのだろう。お香の流れを変えることができれば、逆にそれを利用できる。

 ソフィアが詠唱すると、ほどなくして、ひらりと風の精霊が現れた。


「手伝ってくれるね?」


 背中に翼を生やした女の子の姿をした風の精霊に、アレクは話しかけた。

 精霊は元気いっぱいうなずく。

 それから、アレクはベルンとティナの報告を待った。二人にはそれぞれに『使い』をつけてある。

 準備が整えば、二人から合図があるはず。

 夜風が吹き始めた。今夜は月が大きい。

 三日月形の大きな月が、強い光を放っている。

 しばらくして、最初にベルンから、次にティナから合図がきた。


「ソフィア。風を町の中心部に集めて。お香の効力を中央に集めて、竜をおびき出す」


「はいっ」


 風の精霊が一気に丘を下って行った。


「がんばって! ソフィア」


 することのないテイルが、ソフィアを応援する。

 アレクは町を注視したまま、詠唱を始めた。

 町の風がぐるぐると中心部に集まり始める。

 小さな渦巻きがやがて、緩やかな竜巻のように、大きくなり、ゆっくりと渦を巻き始めた。

 異変に気づいた竜たちが次々と町の真ん中の広場へと集まり始めたのが、アレクの目にも見えた。

 テイルが興奮してぴょんぴょんととび跳ねる。


「竜が集まってきてる! 十匹はいるよ!」


(まだ――!)


 そこに一匹の一際大きな竜が姿を現した。


「角がある! 古竜だよ、アレク!」


 運がいい。古竜が二匹もいる。しかも大きい。

 足元にはティナとベルンが施した魔法陣とつながる、小さな魔法陣が描かれている。

 町の中心部を核として張り巡らされた見えない糸。

 それは正確には糸ではないが、かつて出くわした巨大蜘蛛の糸と同じような役割を果たすものだ。

 竜は中央に集まった。その数、十三匹。うち二匹が古竜。

 アレクは詠唱を続けながら、右手に持っていた短剣を両手に持ち直した。

 そして、それを力いっぱい、足元の小さな魔方陣に突き立てる――!


 ドォン……!


 一瞬、町の広場を中心にして地面が、上下に振動する。

 そして、町中に張り巡らされた魔法陣による"糸"が、青白い光を放ち始めた。


「我が血潮となり、我が力となり、永久に生き続けることを許す。――いにしえの契約を結べ!」


 "糸"に触れていた竜が断末魔の声をあげ、次々にバタバタと倒れていく。

 古竜はしかし、最後までその場に踏みとどまり、身もだえ、苦しげな咆哮をあげていた。

 アレクの中に強い力がめぐってくる。


(我が元に――、来いッ!)


 アレクは強く念じた。

 すると、それに応じるかのように、残った二匹の古竜もとうとう、その場で力尽きて、どっと倒れた。


「や、やったああっ! すごいっ。一度に全部倒しちゃったよ!?」


 テイルが歓声をあげる。

 思わず顔に笑みを浮かんだ。体内に古竜の力を感じる。

 まだ少し手がしびれている。


「大丈夫ですか? アレク様」


 ソフィアが気遣わしげに、アレクのそばに駆け寄った。


「もちろん。むしろ、調子がいいくらいだ」


 体内をめぐる、強い力。

 ぐっとこぶしをにぎる。

 かつてアレクは大きな力を手にしていたことがある。しかし、それは大きな魔法を発動することで失われてしまった。

 ほんのわずかだが、その感覚がアレクの中に戻りつつあった。


「ティナとベルンが戻ってきたら、すぐに発とう。軍に見つかると厄介だ」


「は、はいっ」


 今のところまだ動きはないけれど、町の地面が振動したのだ。いつキャンプの兵士たちが様子を見に来てもおかしくない。

 じりじりする思いで、ティナとベルンの帰りを待った。

 ほどなくして、馬が駆けてくる足音がする。

 テイルがまた、ぴょんぴょんととび跳ねる。


「ティナが戻ってきたっ!」


 馬で近くまでつけたティナは馬を降りて、顔にかかった髪を払った。


「ベルンは? まだ戻ってきてないのか?」


「まだだよっ」


 アレクの代わりにテイルが応える。


「すごかったな。あれほど竜が集まっているところを間近で見たのは初めてだ。……しかも、それを一撃とは。銃使いの腕が泣く」


「今回は特別だよ。竜を集めるお香が出回っているなんて思いもしなかった」


「私も初めてだ。大きな香炉らしきものが、何か所かにおいてあるのを見たぞ」


 やはり。

 あの魔法王国時代のお香を誰かが再現したのか? それとも、全く別のものか。


「早く立ち去った方がいいな。あれだけ派手にやったんだ。さすがに兵士たちも気づくだろう」


「そうなんだけど、ベルンがまだ……」


 アレクがそう言いかけたところで、ようやく馬の足音が聞こえてきた。


「お待たせしました。行きましょう」


 ベルンが戻ってきたので、そのままアレクとソフィアも馬に乗った。テイルはソフィアの腕の中だ。


「キャンプ地は避けましょう。私が先頭に立ちますので、ついてきてください」


 そう言うと、ベルンは馬にむちをあてた。

 アレクとティナもそれに続く。

 キャンプ地を避け、無事に宿に戻った頃にはもう、空が白み始めていた。


「香炉を持って帰りたかったのですが、どれも町の中に近いところにあったので無理でした。竜が死んだあとは、風で飛ばされてしまっていて、どこにあるか……。ですが、お香はずっと焚き続けられるものではないですから、誰かが取り替えに来ているはずです」


 お香を持ってきた人物。その人物と接触すれば、お香の出所もわかるだろうけど……。


「そうだね。待っていれば誰かが来るかもしれないけど、竜が全滅したとなれば、軍が入っちゃうだろうしなあ」


 誰かが竜を呼び寄せている。

 これほど大がかりなことを、誰かが個人的な感情や利益でやるものだろうか――?

 香炉のお香は入れ替えなければ長く続かない。しかも町には竜がいる。

 それなりの人間が関わっているとしか、考えられない。

 アレクは眉をひそめた。

 自分の知らないところで、何かが動いているのかもしれない――、アレクにはそう思えてならなかった。


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