第4話 狩るもの、狩られるもの
トレヴィナの町の北東。
アヴィナス国営闘技場は、広い敷地に建てられた、この国最大級の闘技場だった。
オレンジと白の鮮やかな石造りのアーチが横にいくつも並び、高さは見上げるほどだ。二階、三階部分にも小さなアーチがいくつもあって、それは風通しの役割を果たしているようだった。
闘技場の前の広場は結構な広さがあったが、それでも人が詰めかけてごった返していた。
露店がいくつも並び、銃を持った人間がこれほどいるのかといわんばかりに多く行き来していた。
アレクとティナが出場する一般の部は、自前の銃ではなく、大会運営側が用意した銃で競技を行うことになっていた。
二人はベルンに銃を預け、大会に臨んだ。
アレクはいたずらっぽく、ティナに宣言した。
「本気でいくからね」
当然だというように、ティナもうなずく。
「もちろん」
二人が出場する部門の出場者は五十人ほどいたが、遠距離での的当て競技によって、最終的には四人にしぼられた。
アレクとティナの他に、若い男が二人。
内心、アレクはティナとの一騎打ちになることを確信していた。
しかし、それは突然の出来事によって遮られる。
競技場の上空を大きな影がよぎった。
まさかという思いで、アレクは上空を見上げる。
(――こんなところに、竜!?)
しかも一匹ではない。五匹が群れになり、上空を旋回していた。
古竜にしては小さめだが、古竜なのか、普通の竜なのかは、まぶしくて判別ができない。
「こんなところに、なぜ竜がいるんだ!?」
人々の叫び声に、アレクはハッと我に返った。
竜が好んで人が大勢いるところに現れるという話は、聞いたことがない。大災咎以外には。
そもそも、大災咎なら五匹などという少ない数ではすまないはずだ。
(誰か、おびき寄せた者がいるのか?)
ここには相当数の人間が集まっている。しかも普段は竜を狩る側の人間たちが。
今、こんなところに竜が下りて来たら、大混乱だ。
既に竜の存在に気づいた観客たちが騒ぎ始めている。
フィールド上には射撃に自信がある者が大勢いるが、そこに身を隠す場所もなく、広い場所にいる自分たちはむしろ狙いやすいだろう。
現状ではどう考えても、人間が狩られる側であることには間違いない。
ソフィアとテイルは、ベルンと共に行動しているはずだから、大丈夫なはずだ。
「ティナ! ちょっと腕をかして!」
「なんだ!? アレク、今それどころじゃ……」
アレクは強引にティナの腕をひっぱった。そして早口で保護魔法をかける。
その間にも、竜たちは観客席へ、そしてこの闘技場のフィールドまで降りてきている。
「これ……、きみは魔法が使えるのか……!?」
「簡単な保護魔法だ。だけど、完璧じゃない。衝撃を和らげるぐらいにはなるけどね」
アレクは自分自身にも保護魔法をかけた。
だが、それは気休めにすぎない。
ここで狙われたら、逃げ場がないのに等しい。
出入り口は、すでに逃げ惑う観客たちで大混乱になっていた。
観客席側に三匹。フィールド上に二匹。
どうやら古竜ではないようだ。角がない。しかし、その大きさは古竜と見紛うばかりで、どれも体格の良い立派な竜だった。
観客席に降り立った三匹は次々に人を、その牙にかけている。
まるで猫がおもちゃを持て遊ぶようだった。竜の翼に叩かれた人が宙を舞い、口にくわえられた人は落ちて地面に叩きつけられる。
響き渡る悲鳴と怒号。飛び散る鮮血。
強力な魔法をかけることは、魔法陣がなければ、今のアレクには無理だ。しかも周囲の人間を巻き込んでしまう。
手持ちの銃は競技用で、威力が格段に弱く、弾の飛距離も短い。
(どうする――!)
そこへふいっと何かが通った。
(なんだ?)
フィールドに降り立った竜の足元をひらひらと飛ぶ小さなもの。
(ソフィアの土の精霊?)
この混乱で、ソフィアがどこにいるのかまでは分らない。
土の精霊はすーっと竜の近くまで行くと、うんうんと地面を盛り上げ、竜の足元を土で固めた。
(そうか。足止めすれば、至近距離から銃で急所を狙える)
足止めされた竜を、周囲にいた狩人たちが一斉に射撃し始めた。
もう一匹は、アレクたちからかなり離れた場所にいる。
「ティナ! ぼくが足止めするから、急所を狙って」
「しかし、この銃ではかなりの近くからじゃないと届かないぞ!?」
アレクは周囲を見渡して、声を張り上げた。
「竜笛手はいませんか!? 力を貸してほしいんだけど!」
すると近くにいた男が手をあげた。
「オレは銃使いだが、竜笛も吹ける。だが、オレ一人じゃ、竜が寄ってきちまう」
竜笛は、本来は竜を呼ぶ為の笛だ。呪歌使いなら単独で混乱を引き起こすことができるが、竜笛は、複数で四方から吹くことによって、竜の方向感覚を狂わせるだけのもの。
「こちらに注意を向けさせるだけでいい。ぼくが魔法で足止めをして、彼女が急所を狙う」
「魔法? お前、魔法使いなのか? 絶対に大丈夫なんだろうな!?」
男が念押しした時、話を聞いていた他の銃使いたちが手を挙げた。
「俺たちも手伝おう。急所を狙っても一撃で倒れるわけじゃない。彼女が撃った後、我々も周囲から一斉に射撃しよう」
アレクはそれにうなずいた。
しぶっていた竜笛を持つ男も、覚悟を決めたようだった。
その時、一斉射撃を受けていた一匹の竜がどうっと倒れるのが見えた。
「ここで仕留めりゃ、ちょっとした自慢話になるだろうな」
銃使いの誰かが、おどけて笑った。
アレクはティナを振り返った。
「ティナ。足止めはそれほど長くない。動きが止まったら、すぐに撃ってくれ」
「任せろ。私は絶対に外さない」
アレクは静かに詠唱を始めた。
周囲が固唾をのんで、アレクの様子を注視している。
頃合いを見て、アレクは竜笛を構えた男に合図を送った。
男が竜笛を吹き鳴らす。それほど大きな音はしないが、竜には聞こえているはず――。
一番距離の近い観客席側にいた竜、そして、フィールド上にいた竜がこっちを見た。
しかし、男が竜笛を鳴らすのをやめると、観客席側にいた竜は別の方に行ってしまい、フィールド上にいた竜だけが、こちらから視線を外さない。
「来るぞ」
ティナが誰とはなしに、声をかけた。
遠くにいた竜は翼を広げ、そして一気にこちらまで飛んだ。その距離が一気に縮まる。
「速い……っ!」
竜笛を吹いた男が、悲鳴のような声をあげる。
ドンッと大きな音を立てて、竜が地面に降り立つ。
(今だ!)
「大地の神の知るところとして願いしその代償は、時の門に捧げる。遠き友の声を聞き、我が願いを叶えよ。滞留状派動!」
アレクの突き出した両手から、音のない波動が生まれる。蜃気楼のようにゆがんだ波が竜を包んだ。
波動に捕らえられた竜は、びくっと体を震わせて、その動きを止める。
「いくぞ!」
ティナがかけ声ととも飛び出し、竜の正面から弾丸を放つ。
ダンッ!
続けて、周囲の銃使いたちがティナのあとに続いて、一斉射撃をする。
ダダダダダダ! ダン! ダン! ダン!
硝煙が立ちのぼった。
竜はグラリと傾き、どおんと大きな音を立てて倒れた。
わあっと歓声があがる。
残るは三匹。
しかし、そのうちの一匹は、ソフィアの土の精霊の活躍で足をとられ、既に射撃の的になっていた。
あと二匹。
一匹は、数人の竜笛手に囲まれている。どうやら、誰かが主導しているようだ。
もう一匹は――、まだ観客席のあたりをウロウロとしていた。
(あれを狙うか)
アレクは再び詠唱を始めた。あの竜の周囲には誰もいない。
周囲に巻き込まれるような人間がいなければ、アレクの魔法だけで攻撃することができる。
「アレク?」
ティナが気づいて声をかけてきたが、アレクはそれを無視した。
「もう一匹、やるか?」
別の男が声をかける。
しかし、それも無視して、アレクはそのまま詠唱を続けた。
五匹の中でも一際大きい一匹の竜。アレクはその竜を見つめる。
そして。
「――ここに召喚する。闇よりその力を解放し、我が裁きを受けし者に、鉄の杖をくだせ。裁きの刃」
アレクの周囲の地面が一瞬黒ずんで、どうっと黒い煙が吹きあがった。
「ひぃっ!?」
周囲にいた男が腰を抜かす。
黒い煙は細く鋭いものになり、一気に竜の元まで飛んで行く。
「なんだ、あれは……!」
あ然とする周囲の銃使いたち。
標的の竜を捕えると、それはようやく形を現した。
先のとがった大きなフォークのような形のもの。それが何本も一斉に上から竜の体に降り注いだ。
「グアアアアアアッ!」
竜は大きな咆哮をあげ、身をよじった。
しかし、それは上から何本も竜の体を貫通し、地面にまでぐさりと刺さっている。
身動きの取れなくなった竜はしばらく身もだえていたが、やがてぐったりとその場に崩れ落ちた。
「す、すげえ……。一撃じゃねえか」
先ほど竜笛手に囲まれていた最後の一匹も、集団の手によって射殺されていた。
「ぼくはもう行くけど、ティナ、どうする?」
「え? だが、けが人が大勢いる。手当てに回るべきだろう」
「それなら必要ない。もうじき……」
アレクが最後まで言い終わらないうちに、大勢の人の声と高い足音が響いてくる。
「アヴィナス軍だ。後始末は彼らがするだろう。ぼくはもう行くよ。軍と関わるとろくな事がないからね」
「待て! 私も一緒に行く」
二人は足早に出入り口から外に向かった。
途中、出入り口の混雑で負傷した人が何人も横たわっているのとすれ違った。
「ずいぶんな被害だな……」
ティナが背後で舌打ちするのが聞こえた。
さらに進むと何人かのアヴィナス軍の兵士たちが既に、負傷した人々の看護にあたっていた。
闘技場を出てすぐのところで、ベルンとソフィア、テイルが待っていた。
「アレク様!」
手を振っていたソフィアが駆け寄ってくる。
「無事で良かった。心配していたのです」
そう言ってソフィアはアレクの手をとる。
「うん。問題ない。一度、家に戻ろうか」
皆がうなずいた。
楽しみにしていたはずの射撃大会は、こんな形で幕を閉じたのだった。
家に戻ると、ソフィアは疲れを訴えて、横になった。
精霊魔法を長く使ったせいだろう。そのうち慣れるはずだけれど。
「竜を仕留めた者たちの中には、手柄を喜ぶ者もいたようだが……。帰り際の光景を見る限り、私はそんな風には思えないな」
こめかみを押さえながら、ティナは言った。
アレクもベルンもテーブルについていたが、ソフィアが奥で寝ているので、いつもの紅茶はない。
「あれほど人が集まっているところに竜が飛来するなど、聞いたことがありませんが」
ベルンの言葉にアレクもうなずいた。
「誰かが呼んだのかもしれないな。何らかの意図を持って」
その可能性をアレクはずっと考えていた。来るはずのない竜。ならば、誰かが意図的に呼び込んだと考えるのが自然だ。
ティナが顔を上げる。
「あそこに大勢の人がいるのが分かっていて、ということか? 狩人だけを狙うならともかく、あそこには何の関係もない観客が大勢いたのに」
「そんなことを気にしない者の仕業だろうね。それか……、観客も、狩人たちを支援する者とみなしてのことなのか」
信じられないというように、ティナは首を横に振った。
そこにベルンが口をはさむ。
「この大会はアヴィナスの国を挙げての会ですから、簡単に狩人を狙ったものと断定することはできないかと。アヴィナス国の権威失墜を狙ったものかもしれませんよ」
アレクは首をかしげた。
前の大災咎以来、このウォーデール大陸にある国々は表面上、和平を保ってきている。その証が飛空艇の存在だ。
それをあえて崩そうとしている者――、崩そうとしている国があるのだろうか。
ティナは少し疲れた様子で、口を開いた。
「国同士のいざこざとなると、漠然としすぎていて分からないな」
普通はそうだろう。国のトップ同士のいざこざなど、雲の上の話でしかない。
「ベルン、竜を呼び込んでいるような者や、痕跡はあった?」
「あの混乱の中では……。それらしき者は何も」
闘技場は広い。例えそういうものがあったとしても、やはり、よほど運が良くなければ、見つけるのは困難か。
そこで、ティナがはっと何かに気づいたように顔をあげた。
「そういえば最近、アヴィナス国内に竜が集まって、人が近寄れなくなっている町があると聞いた」
「竜が集まっている?」
「ああ、私も詳しくは知らないんだが。それがかなりの数らしくて、竜狩りの集団でも手に負えるようなものではないらしい」
「ティナ、それ、場所は分かる?」
「確か……、クノル……といったかな。私は行ったことがないんだが」
クノルの町か。大きくはないが、交通の要所のひとつだ。
アレクも何度か、過去に立ち寄ったことがある。
「そこに行ってみようか」
アレクがそう言うと、ティナはおどろいた顔をした。
「待て。竜が何匹もいるという話だぞ? 今日は五匹だったが、それどころの話じゃない。うわさによれば、古竜もいるとか、いないとか……。そんなところにこの人数で行く気か?」
「遠くで見る分には問題ないさ。そこに竜が何匹もいるってことは、何か原因があるはずだからね。ティナは……。ああ、そうだ。賭けが無効になっちゃったね。どうする? ぼくとしては、正式に誘いたいところなんだけど」
「それは、仲間として、か? それとも、今回の道案内として?」
「もちろん。仲間として、だよ。ティナも興味あるだろう? この人数で、どうやって竜狩りをするのか。それに、仲間になれば、銃のことも、多少は教えてあげられる。もちろん、秘密厳守だけど」
すると、ティナは迷うことなくうなずいた。
「私は口が堅いほうだ。秘密は守るさ。これまでもそうしてきた。それに、銃のことも気になるが、私が何より心惹かれるのは、きみたちの竜狩りの手法だ。アレクの魔法にもおどろいたが……。共に行こう。私はこれまで経験したことのないような、型にはまらない、きみたちの狩りを共に体験したい」
目を輝かせたティナに、アレクは手を差し出した。
二人はがっちりとあく手をかわす。
「さて、じゃあ、どこから話そうかな」
アレクはそうつぶやいた。
一緒に旅をするからには、彼らの目的を、ティナにも知っておいてもらわなければならないだろう。




