第5話 謎の吟遊詩人
アレク、ベルン、ソフィアの三人と、新たに加わった黒猫テイルが船に乗れたのは、翌日の午後のことだった。
なかなかに大きな船で、客室もかなりの数があった。
「立派な船ですね。こんな船にわたしたちが乗っても大丈夫なのですか?」
ソフィアが不安気な顔をする。テイルも物珍しそうにあたりをくんくんとかいでみたりしている。
「船室はそれほどでもないと思います。空きがあまりなくて」
それでも、割り当てられた船室は小ぎれいに整えられていた。
「悪くないですね」
一つの船室に、二段ベッドが二つ置かれていた。それほど広くはなく、最低限、寝る部屋といった感じだ。
「ぼく、上だからね。ソフィアも上のほうがいいかな」
早速アレクは自分の場所を確保する。
だが、そうなると、寝台がひとつあまる。
「ここ、空いてるの?」
テイルが聞くと、ベルンは首を横に振った。
「まさか。相部屋になっているはずです。誰か来ると思いますよ」
「面倒だなあ。テイルが寝ればいいんじゃない?」
アレクにそう言われてテイルが、ひょいと寝台に上がったが、ベルンがそれをつまみ降ろした。
「ダメです。三人分しか、お金は払っておりませんから。小動物は料金外。大人しくしていないと、海に捨てられますよ」
「お、お前、さらっと残酷なこと言うなあ……」
テイルがベルンの言葉におびえたところで、船室がノックされた。
もう一人の客に違いない。
「どうぞ、空いております」
ベルンが軽快に応える。みなが扉に注目した。
「おっ……と、失礼。ここで、あってるかな……」
入ってきたのは、見事な赤毛の若い男だった。少し長めの前髪に、ネックレスやらブレスレットやらをジャラジャラと身につけている派手な格好。だが、なかなかの美男子だ。
「先にベッドを取ってしまったのですが、かまいませんかな?」
ベルンが空いているベッドを指し示す。
「ああ、オレはどこでも眠れるから、かまいませんよ。あれ? そこのおじょうさんも、一緒?」
「え? あ、はい」
「ふーん」
品定めするように、男がソフィアを上から下まで眺めた。アレクはムッとする。
女の子をじろじろ見るとは、失礼な男だ。
「変なことしたら、承知しないからね」
アレクは上の寝台から男をにらんだ。アレクのとなりにいた、テイルも「フシャー!」と逆毛を立てている。
「まさか、そんなつもりはないけど……。小さな騎士が二人に、可愛いお姫様というわけか。おもしろいね」
まったく、失礼な男だ。そもそもアレクは騎士じゃない。
しかし、アレクやテイルに気を悪くする様子もなく、男は漂々とした感じだ。
「ああ、オレ、上の大広間で歌ってるから、良かったら聞きに来てよ」
「歌?」
「そう。こう見えても、吟遊詩人なんでね」
「ほほう……」
ベルンはあいづちをうったが、アレクとテイルはうさん臭そうに男を見ていた。
そもそも、こんなチャラチャラした男が、いったいどんな歌を歌うと言うのか。
「オレはエドだ。しばらく、この船で相部屋なんだし、仲良くしてよ」
ベルンとエドは握手をかわしたが、アレクとテイルは相変わらず彼をにらんでいる。
「私はベルンと申します。彼女はソフィアさん、アレク様と、その猫はテイルと申します」
「ふふっ。猫の紹介までどうも。さて、もう行かないと。早速上に呼ばれているんでね。ちょっと部屋を見に来ただけなんだ。それでは、失礼」
そう言って、エドはソフィアに軽く片目をつぶって見せ、船室を出て行った。
「なんだ、アイツ。あんなやつと同じ部屋なんて」
テイルが嫌そうにそっぽを向く。
「こらこら。聞こえますよ。――私は、良さそうな方だと思いましたが。女性好きな様子でしたがね」
ああいう人間は嫌いではないが、ソフィアに色目を使うところが、アレクは気に入らなかった。
「そういうのはよそでやってほしいよね。全く。ソフィア、気をつけるんだよ?」
「ええっと……、何に対して、気をつければいいんでしょうか――?」
これだから――。アレクとテイルは、がっくりと肩を落とす。意外とテイルとは気が合いそうだ。
「あの男だよ。ちょっかい出されないようにしないと、ダメだよ」
「はあ……」
(ソフィアはこういうことにうといのか、ただ単に鈍いのか……)
好感は持てるが、それとこれとは、また別の話だ。
「テイル。こういうとこが、ソフィアには足りないからね。わかっただろう?」
アレクが言うと、テイルはうなずいた。
「おいらに任せてよ。おいら、世慣れてるからさ。悪い虫がつかないように、おいらがちゃんと見張っててやるよ」
テイルが世慣れている? ――それは、ともかく。
よく分からないような戸惑った顔でソフィアが、アレクとテイルを交互に見ている。
それを見て、ベルンがため息をついた。
「はいはい、この部屋には私もいますから、大丈夫ですよ。それより、船内を見て回っては? ソフィアさんは、船は初めてなのではないのですか?」
「どうして分かったんですか?」
おどろくソフィアに、ベルンがにっこりと微笑みかけた。
「船に乗る前から、興味津津な様子でしたからね」
「よし! ソフィア、船内探検に行こう。ぼくが案内してあげる」
アレクは寝台からするっと降りて、扉の方に向かった。
「おいらも行くよ! ソフィアを守らなきゃいけないからね」
それを見て、ベルンが笑う。
困ったような笑みを浮かべているソフィアの手を、アレクは優しくとって、廊下へと導いた。
船内をウロウロしていると、すぐに大広間に行き当たった。
リュートの優しい音色が聞こえてくる。三人ははっと足を止めた。周囲の人々もその音色に引き寄せられるように、エドの周りを取り囲んでいる。
流れるような指の動き。優しく、時に、物悲しい旋律。
アレクとテイルは顔を見合わせた。
この旋律と先程のエドとは全く結びつかないが、それでも演奏しているのは確かに、赤髪のエドだった。
エドの指先は、軽やかに弦の上をはね、旋律を紡いでゆく。
そして、エドのその声は男にしてはやや高く、まるくてよく響く声だった。
ソフィアがその旋律に引き寄せられるようにして歩いて行くので、仕方なくアレクとテイルも、エドを囲む輪の後ろに立った。
エドが一曲弾き終えると、周囲から拍手がわきあがった。
リュートを抱えたまま、頭を下げる。取り囲んでいる女性たちは半ば、ウットリとしてその様子を眺めている。
どうやら、目的は彼の演奏だけではなさそうだ。
「次、何かリクエストがありましたら、どうぞ。まあ、全て弾けるかどうかはわかりませんが」
エドが営業用の笑みをはりつけて言うと、軽い笑いが起こった。取り囲んでいる人々は何がいいかと、それぞれ顔を見合わせる。
「『神々の剣舞』は、どう?」
アレクが声を上げた。彼は知っているだろうか――、『神々の剣舞』という"古代魔法時代"の曲を。
一瞬エドは、おやっという顔でこちらを見て、アレクの顔を確かめると、目を細めた。
「――これはまた、なかなか珍しい選曲だね」
そう言ってほほ笑むと、エドはリュートの上に手をかざした。
一度息を吸って構え、そして、指先が動き出す。
奏でられるのは、荘厳で、やや激しさをはらんだ曲。
そして、エドは歌い始めた。
アレクが知っている『神々の剣舞』とは微妙に違うけれど、それでも――。
ソフィアが胸に手をあて、アレクを振り返って見た。何か言いたそうな表情だ。足元のテイルは、エドを凝視していた。
(魔力がこもっている――)
それは、アレクにも分かった。
『神々の剣舞』は、戦いに出る戦士たちを鼓舞するために作られた曲だ。魔力を持つ者が意図して演奏すれば、魔力などを一時的に向上させることができる。
演奏を見ていたアレクと、エドの視線が絡み合った。
ふっと笑ってエドはまた、手元に集中する。
魔力をこめずに演奏することもできるはずだが、エドは、アレクの意図するところを汲み取ったのだろう。『神々の剣舞』を吟遊詩人に演奏させることの意味を。
この聴衆の中で、何人がそのことに気づいただろうか?
なるほど、彼はなかなか貴重な存在のようだ。
はるか昔、歌や楽器演奏に魔力を込めることのできる者たちは、呪歌使いと呼ばれ、狩人たちに重宝された。しかし、古代魔法時代が終わるとともに、その存在も影をひそめた。彼らの多くが"大災咎"で戦死したからだ。
呪歌の伝承は、魔法以上に難しい。楽器の演奏ができなければならないし、素質も重要な要素のひとつだ。誰でもがその技術を会得できるようなものではない。
(いいなあ――、呪歌使い。スカウトしようかな)
先ほどまでの感情はどこへやら、アレクはエドを誘う気満々になってしまった。
呪歌使いがいれば、かなり狩りも安全でやりやすくなる。
アレクは別の人のリクエスト曲を演奏し始めたエドを見ながら、エドを勧誘する方法を思案し始めていた。
その日の夜、エドは船室に戻ってこず、アレクが翌朝、起きた時にもエドの姿はなかった。
テイルは、ソフィアを守るのだと張り切って夜遅くまで起きていたようだったが、それもどうやら無駄に終わったようだ。
ソフィアの布団の足元で、丸くなって眠っている。
いつものごとく、ベルンはまだまだ起きそうになかった。
アレクは、唯一起きているソフィアを誘って、食堂に向かう。
「エドさんは、昨日部屋で眠られなかったのでしょうか?」
食堂に向かう途中、ソフィアが言った。
「多分ね。シーツがきれいなままだったから」
「どこで眠られたんでしょうね? 私たちに遠慮されたのでしょうか?」
「さあ? 遠慮したってことはないと思うけど」
そもそも遠慮などという言葉とは、縁遠そうな人間のようだったし。
二人が食堂に入ると、そこに話題のエドの姿があった。
「あれ……? エドさんですね」
彼は食事の途中のようだったが、体格の良さそうな男たちに取り囲まれていた。
一見すると、絡まれているようにも見えるが、エドの表情は淡々としているから、どうやらそうでもなさそうだ。
エドは何か言って、首を横に振っているが、男たちはしつこく食い下がっている。
(もしかして……。呪歌使いが、喉から手が出るほど欲しいのは、ぼくだけじゃないってことか)
大きな獲物を狩るような狩人なら、誰でも呪歌使いが一人は欲しいと思うものだ。
男たちに囲まれていたエドと目があった。
何事かを男たちに告げ、エドは食べかけの朝食のトレイを持って、アレク達の元にやってきた。
「一緒に朝食どう?」
「どうっていうか……、そっちが一緒に食べたいんじゃないの?」
「お察しの通り。ちょっと、お友達のフリ、してくれるかな」
肩をすくめたアレクの動作を、エドは了解の意味にとったらしい。
いそいそと近くの椅子に腰かけた。
「おじょうさん、悪いけど、二人分の朝食持ってきてくれるかな? 二人ともいなくなっちゃうと、またオレ、囲まれちゃうからさ」
エドの自分勝手な要求に、ソフィアは素直にうなずく。
「悪いねー」
さらっと付け加えたエドの顔を見ながら、アレクは調子がいい男だと思った。
「なに、あれ。勧誘?」
「御名答。昨日ちょっとやっちゃったからねえ。キミのリクエストで。まさか、そんなに気づかれるとは思わなかったんだけど、呪歌だと気づく人って、こんなところにも結構いるもんだねえ」
「自業自得ってやつだね」
冷めた調子でアレクが言うと、エドはちょっとおどろいた顔をした。
「よく言うよ。キミのリクエストが原因なんだぜ? ちょっとぐらいは、同情してくれよ」
「本性を出したのは、自分だろう?」
「まあね。ちょっと嬉しかったのさ。あんな曲名聞いて――、ああ、そういえば、キミ。あんなマニアックな曲名、よく知ってたな?」
「"呪歌使い"なら、外せない曲でしょ? ――って、昔聞いたことがあったからさ。エドは、どうなのかなあって」
エドはふふふっと笑った。
「キミみたいな年の子が、"昔"……って。そりゃ、幼児の頃ってことかい?」
普通に生きていれば、確かにそうだろうが、アレクはあいにく"普通じゃない"。
「物事っていうのは、見た目通りじゃないこともある」
すると、エドは複雑な表情で目を細め、アレクを見た。
「へえ……、それはなかなか、興味深い」
そこへ、ソフィアが朝食のトレイを持って戻ってきた。
「おっと、ごめんね。面倒なこと頼んじゃって。って、ああ、オレの朝食も冷めちゃったなあ」
「もう一人分、持ってきましょうか?」
ソフィアが気を利かせて、エドのトレイに手をのばす。
「いや、いい。もうそれなりに食べたし。ありがとうね。オレはこれで失礼するよ」
「あの……、さっきの男の人たちに聞かれたんですけど」
「ん? 何を聞かれたの?」
「仲間なのかって。どう言えばいいか分からなかったので、『同じ部屋です』って言ったんですけど……。それで良かったでしょうか?」
同じ部屋、というのは微妙な表現だ。
仲間という意味にもとれるし、たまたま相部屋だったともとれる。彼らはどちらの意味に受け取っただろう?
「ああ、ありがとう。気を遣わせて、悪かったね」
にっこり微笑んで、エドはソフィアの頭をぽんぽんと軽く叩いた。まるで、小さな子をほめる時みたいに。
そして、椅子から立ち上がったので、アレクはあわてて声をかけた。
「エド!」
「ん?」
「本当に仲間になるっていうのは、どう? ぼくたちもエドの力があれば、随分ありがたいんだけど」
おどろいた顔でエドは、アレクを見た。
「キミたちも狩人なのか? そうは見えないが。――どちらにしろ、オレはこれから古い知り合いに会いに行かなくちゃならないんでね。そういうのには付き合えない。悪いね」
「分かったよ」
そう言って、アレクは肩をすくめた。
無理に誘ったところで、この男は動かないだろう。さっきの男たちの様子を見ていても、それは明らかだ。
エドは「じゃあ」と言って、朝食のトレイを片づけに行った。
「あの方、何か特別な力を持っているのですね? 昨日、アレク様がリクエストした歌を聞いたとき、何だか胸がどきどきして……」
「あれは、呪歌使いだ。吟遊詩人というのは、ただ、歌ったりするだけだけど、呪歌使いは歌や楽器に魔力を込めて奏でることができる。そうすると仲間の能力に影響を及ぼしたり、獲物の動きを封じたりできるんだ。昔はそれほど珍しくなかったけど、今では、数もうんと減って、貴重な存在なんだよ」
「じゃあ……。でも、よろしいんですか?」
「無理に誘ったって仕方ないだろう? 彼には彼の事情があるようだしね」
古い知り合いに会いに行くと言ったエドは、とても複雑そうだった。ただの昔馴染み、というような雰囲気ではなかった。人には人の事情がある。
呪歌使いは欲しいが、今回は諦めるしかない。運が良ければまた、そのうち出会うこともあるだろう――。
そんな幸運などめったにないことは分かっていたが、アレクはそう自分を納得させることにした。




