第4話 港町の黒猫
港町ポルトフォードは、このあたりでも一番大きな港町だ。
色鮮やかな壁の家屋が多く建ち並び、町の外側は大きな岸壁がぐるりと町を取り囲んでいる。
帝国ミリエニオからウォーデール大陸にわたるには、ここから船に乗るのが一番早い。
そのため港は大きく、航行している船も帝国の技術を反映するような立派で、大きな船が多かった。
宿泊施設も充実していて、旅人を相手にした商店も多い。
「すごい、立派な街ですね……!」
ソフィアは半ば物珍しそうに、半ば人の多さに圧倒された様子で、きょろきょろと周囲に目をやることで忙しそうだった。
「やけに人が多いですな。前にここに来た時には、これほどではなかったよう思いますが」
背中の荷物を担ぎなおしながら、ベルンが首をかしげた。
確かにいつもはもう少しゆったりしたところもあるのに、今日はどうしたことか、お祭り騒ぎだ。やたらに露店が多いし。
ポルトフォードは有名な港町で、人が多いのはいつものことだが、それでも今日は特別、人が多かった。
「ソフィア! ちゃんとついてきてよ。迷子になるよ!」
「は、はいっ」
ふらふらとよろけるソフィアの手をがっちりつかみ、ベルンを盾にして、アレクは人混みの中を進んだ。
人混みをかきわけて、ようやくたどり着いた港にも、結構な人の行列ができている。アレクとベルンは、思わず顔を見合わせた。
「多いですね。これは、今日中には船に乗れないかもしれませんな」
アレクも半ばあきらめ気分で、ため息をついた。
「そうなったら、ここで一泊するしかないな。とりあえず、船の予約だけ取ってきてよ」
「わかりました。ちょっとここで待っていてください」
ベルンが長い列に並ぶ。
アレクとソフィアは、近くの露店で売っていた一口サイズの丸い揚げ菓子を買い求め、近くに無造作に積んであった木箱に腰をかけた。
「まるでお祭り騒ぎだね。何があるんだろう?」
「そうですね。なんだか少し、疲れました。まだ、ここに来てそれほど歩いていないのに」
行きかう人々を見ながら、ソフィアがつぶやいた。
「これだけ人がいればね。今日中に船に乗れないなら、宿をとらないと。予想外だったなあ。こんなに混んでるなんて」
ベルンが戻ってくる前に宿をとっておくこうかどうしようかと思案しながら、アレクは丸いお菓子をほおばった。
「あれ……? あの猫……」
「ん?」
人々が行きかう先に、この人通りをあてにしたのだろう、にわか仕立ての露店が軒を並べて立っている。
その露店の周りを、ほっそりとした黒猫がうろついていた。
「あの黒猫? 野良かな。食べ物でも、ねらってるんじゃない?」
他にも何匹か猫がいたが、黒猫はその猫だけだった。
「あの猫、なんだか変じゃないですか? 湯気のようなものが……。体が揺れて、かすんでいるような……?」
アレクはよくよく目をこらしてその猫を見たが、特に変わったところはないように見えた。ソフィアの言う湯気のようなものも、見えない。首をかしげかけて、ふと、アレクは思い立った。
「これ、ちょっと持ってて」
手にしていた唐揚げの袋をソフィアに渡すと、アレクは誰にも聞こえないような声で呪文をつぶやきながら人混みにまぎれた。
もしもソフィアの言う通りなら、あの猫の勘はおそろしくするどい。ベルンと同じくらいに。
それを捕まえるには、気配を消して、"姿は見えても、誰にも感知されない"ように、魔法を施して――。
そっと近づいて、アレクは黒猫の背後に回った。
「ンミャ!」
アレクは見事、黒猫の首根っこをつかんで、持ちあげた。
猫の体は細身で、まだ大人ではないようだったが、案外重い。
「なにする……! ――ンニャア?」
やっぱり。ふつう、猫はしゃべらない。
まして、予期せず人に捕まったからと言って「なにする」などと、文句は言わないのだ。
「今、しゃべったね?」
アレクが猫を持ち上げてのぞきこむと、猫は首をかしげて、可愛い鳴き声をあげた。
「ニャー?」
「なにするって言ったでしょ?」
「ニャオン?」
黒猫は、あくまでシラを切るつもりらしい。アレクと目を合わせないようにそっぽを向いて、今さらのように猫らしくふるまっている。
アレクは猫の耳元に顔を寄せて、猫だけに聞こえるように、小さな声で言った。
「ごまかしたって無駄だよ。まさか、こんなところで魔族に会うとはね」
猫の体毛がぞわっと逆立った。――うーん、面白い。
「――だからなんだ!? おいらはお前なんかに用はない。放せよ!」
「ふーん?」
黒猫はじたばたと暴れたが、アレクはがっちりと首根っこをつかんでいた。別にこれといって用はないが、面白そうなので、そのままソフィアのところまで持って行ってやる。
「はい、ソフィア。捕まえてきたよ」
「ええっ……」
黒猫をソフィアのひざにのせて、一言付け加えた。
「お仲間に会わせてあげるから、ちょっとそこで待ってなよ」
「ニャー!」
「あの……、この猫って……?」
アレクは少し声を落として、ソフィアに言う。
「――ベルンと同じ、魔族だよ。魔族にもいろいろいるからね」
それにしても、こんなところで魔族に出会うとは。それとも、今まで気づかなかっただけだろうか?
「こ、この猫が、ですか?」
おどろいた様子で、ソフィアが猫をまじまじと見た。ソフィアには、この猫が普通の猫とは違うように見えているようだが、アレクの目には普通の猫と全く変わらないように見える。
ベルンが魔族だと見破った時と同じように、ソフィアには、魔族が変化していても、その本質を見破る強い力があるようだ。
「お前、どうしてこんなところにいる? 魔族がこの辺でウロウロしてるなんて……」
「お前じゃないやい。おいらはテイルだ! おいらに……! もが……もがが……」
黒猫はアレクに堂々と反論しようとしたのを、アレクはあわてて黒猫の口をふさいだ。
猫がしゃべっているところを人に見られては面倒だ。アレクは黒猫を木箱の影に引きずり込んだ。
「その、テイル君は、こんなとこで、一体何をしているんだよ?」
テイルは一瞬しゃべっていいものかどうかと黙ったが、アレクの目におびえて、口を開いた。
「それは……。おいら、ジクレステスから逃げてきたんだ」
「ジクレステス……。アレク様、それって……」
そう、これからアレク達が向かおうと思っている国だ。
「逃げてきたって、どういうこと?」
テイルは少しためらったように目をそらしたが、やがて、あきらめたようにため息をついた。
「お前たち、『魔法研究所』の関係者じゃないよな?」
ぼそっと言ったテイルの言葉に、アレクはおどろいて目を見張った。『魔法研究所』とは。
「違うよ。全然関係ない人」
「――おいら、この国を旅してたんだ。そしたら、変な魔術師につかまって……。『魔法研究所』に連れてかれて、使い魔にされて、こき使われて。そいつから逃げてきたんだ」
ジクレステスにはいくつかの『魔法研究所』があって、古代魔法王国時代の研究や、近代魔法の開発などが行われている。
古代魔法の威力を弱め、誰でも使えるようにしたシンプルな近代魔法は、この『魔法研究所』が開発し、普及させたものだ。
ジクレステス国家自体が多くの魔法学校を運営し、莫大な資金を得ている。
『魔法研究所』の存在は、世間一般にも広く知られているが、その内部でどのような研究がおこなわれているか、詳細を知っている者はほとんどいない。
研究事項については極秘なのだ。
普通に『魔法研究所』に行っても門前払いだろう。しかし、逃げだした『使い魔』を連れていけば、その魔術師とやらと面識ができる。
(思っていた以上に、いい拾い物をしたかもしれないな)
アレクは内心、にやりとした。
「かわいそうに」
ソフィアは同情心いっぱいの顔で、テイルのあごをなでた。テイルが"猫らしく"ゴロゴロとのどを鳴らす。
「使い魔か。魔族を使い魔にするには、ちゃんとした契約が必要だろう?」
「そうだよ。でも、あいつ、ちゃんとした契約じゃなくて、変な魔術みたいなので、おいらをしばったんだ。ちゃんとした契約じゃなかったから、おいら、逃げてこれたんだよ」
「ふーん? そんな方法があるのか……」
ジクレステスの魔術師。魔族や使い魔についての知識があるとすれば、それなりの知識がある人物かもしれない。
そういう人間をツテにして、回復系の魔術師を探せないだろうかとアレクは思案した。
「最悪だよ。あんなやつと、二度と関わりたくない」
テイルはいかにも怖かったと言わんばかりに、その体をぶるぶると身をふるわせた。
そこに、ようやくベルンが戻ってきた。
「今日の分は無理でしたが、明日の午後なら空きが――」
そう言いかけて、ベルンはテイルの存在にはたと目をとめた。
「何ですか? これは」
ベルンが、アレクと同じように、テイルの首根っこをひょいとつまみあげた。
「わっ! な、なんだよ」
眉間にしわを寄せて、ベルンはテイルをじっと見る。その様子を見たアレクは笑って、ベルンに声をかけた。
「ソフィアが見つけたんだ。面白いだろう?」
「なんだって、こんなところに、こんなものがいるんです?」
「某国の『魔法研究所』から逃げて来たらしいよ」
テイルは必死にもがもがともがき、ようやくベルンの手から逃れると、するりとソフィアの後ろに隠れた。
「ほほう……」
ベルンもアレクの意図がなんとなくわかったらしく、にやりとする。
「テイル、ぼくたちと一緒にこないか?」
「にゃ?」
「逃げてきたってことは、どうせ行先は決まってないんだろう? 三食おいしい食事つき」
にっこりとアレクがアピールすると、テイルは警戒して、ますますソフィアの後ろに隠れた。
「お、おいらだって、ばかじゃないぞ。そうそうおいしい話には……」
「ソフィアの――、護衛をしてよ。こう見えて結構、危なっかしいからさ」
「え? わたし、そんな――」
言いかけたソフィアを制して、ベルンが声をかぶせる」
「そうですな。確かに。ソフィアさんはしっかりなさっているところもありますが、今日みたいに人が多いところには不慣れなこともありますし、何と言っても、女性。我々がいないとこ
ろで、誰かに絡まれないとも限りません。猫とはいえ、魔族がついているのならば、私たちも安心できますな」
ソフィアは戸惑ったように、アレクを見つめた。
「ほら、ソフィアも、テイルが一緒に来てくれたら、嬉しいって」
「え? ええ……まあ……」
しっぽを丸めて、ソフィアの影に隠れていたテイルがおそるおそるソフィアの顔を見上げた。もう一押し。
「その変な魔術師と違って、契約とかはしなくていいから。ソフィアのそばに、いてあげてくれないかな?」
契約をしなくていいと聞いて、テイルの心はかなり動いたらしい。さらに、そこにベルンの一言。
「私も由緒正しき魔族の一員。同族に無茶な真似は致しません。約束いたします」
ベルンの最後の一押しが利いたようで、テイルはそろそろと出てきて、ちょこんと木箱の上に座りなおした。
「わ、分かったよ。でも、ちゃんと約束が守られないとわかったら、その時には、おいら、抜けるからね」
それを聞いて、ソフィアはにっこり微笑み、テイルの額をなでた。
「よろしくお願いしますね、テイルさん」
「う、うん……」
照れたテイルの様子を見て、アレクは複雑な心持ちになった。
(意外と、ソフィアの方がうまく丸めこみそうな感じ……)
どちらにしても、アレクにとっては、『魔法研究所』に入り込む駒があれば、それでいい。
テイルは嫌がるだろうが、その時はその時でまた、うまく言って丸めこめばいいだろう。別にテイルに危害が及ぶわけでもないし。
「さてさて。そうと決まったら、早速食事にでも行きませんか? それに、宿もとらなければなりませんぞ。船に乗れるのは、明日の午後ですからな」
「そういえば、お前たちはどこに行くんだ?」
テイルが偉そうに、アレクとベルンを見上げながら首をかしげた。
「隣国のアヴィナスです。アヴィナスに行くには、船に乗るしか方法がないですからな」
そして、その先はジクレステスなのだが、それはテイルが知らなくてもいいことだ。
「そういえば、ベルン。何か聞いた? やたらと人が多い理由」
「え? はあ……いえ、まあ――」
あからさまに怪しげに、ベルンは目をそらした。
(なんだ? ベルンの奴、何か隠しているな)
どうやって口を割るように仕向けようと思った時、そばからテイルがさらりとその内容を暴露してくれた。
「アヴィナスの首都トレヴィナで、射撃大会があるからだろ? おいら知ってるぜ」
テイルが偉そうに胸を張る。ベルンがあわてたような顔をしたが、もう遅い。
「射撃大会! そうか、そういう時期だったんだ」
アレクはにんまりと笑った。
アヴィナスの首都、トレヴィナで行われる射撃大会は、ものすごく大きな大会なのだ。世界中から腕自慢が集まって、その腕を競う。
街道にはもともとある銃の専門店以外にも、この大会をあてにした露店が並び、珍しい銃や、弾丸などにもお目にかかれる。
一気に気分は急上昇、だ。
「ダメですよ。アレク様! 目立ちすぎます。ダメですからね?」
がしっと、ベルンがアレクの両肩をとらえた。ベルンの目がすわってる。コワイ。
「わかってるよ。出なければ、いいんでしょ? 見るだけ、見るだけ」
「アレク様、射撃大会がお好きなのですね?」
不思議そうに、ソフィアが首をかしげた。
「射撃大会っていうか――」
答えようとしたアレクにかぶせるように、ベルンがすごい勢いでしゃべりだした。
「射撃大会だけじゃありません! アレク様は、無類の銃好きなのです。マニアなのです。だから、魔法が使えるくせに、銃をかざしておるのです。趣味なんですよ、趣味。世界中の最新コレクションでも与えておけば、アレク様は一週間でも一か月でも、よだれを垂らして上機嫌で過ごせるという――」
「ベルン、言いすぎ」
全く、失礼な。
確かに、銃は好きだけど、よだれを垂らしたことはないし、射撃大会の時にこぞって集まってくる銃専門の露店をめぐっていると、一週間以上は上機嫌で過ごせるけど、実際にそうやって過ごしたことなんて、"数えるほどしか"ない。
「なー、早くメシ、メシ。メシ食べようぜー?」
テイルが、座っていた木箱の上でぐるぐると回り始めた。
「そうでした。では、行きましょう」
ベルンが荷物をよっこいしょと担ぎなおした。
しかし、アレクの頭の中は、今日の昼食のことよりも、射撃大会で目にすることができるであろう、最新の銃や、新しい技術、珍しい弾丸のことなどで、いっぱいだった。




